第2話 中庭で(1)sideテオドール
その日、テオドール・ライクスがエリシャ・オルダーソンを見かけたのは、昼休みのことだった。
「テオドール様、早く行きましょう」
「食堂が混んじゃいますよ!」
「はいはい、お嬢様方。仰せのままに」
キャッキャと纏わりついてくる四人の同級生に調子よく答えながら、中庭を歩いていく。代々宰相を務めるライクス侯爵家の次男である彼は、跡継ぎではないものの、秀麗な顔立ちと明晰な頭脳に陽気な性格、そして実家の地位と潤沢の資産から、学園内で絶大な人気を集めていた。
そんな彼の一番の関心事は……。
「あ」
視界を掠めた淡い赤金髪の巻き毛に足を止める。
「悪い、先に行ってて」
片手を挙げて謝ると、テオドールは一目散に駆け出していた。
「ちょっと! テオ様どこに行くの!?」
苦情を言う一人に、他の取り巻きが首をすくめる。
「しょうがないわ。『可哀想な親友の元婚約者』を見つけちゃったんだから」
彼女らの視線の先には、ベンチにポツンと腰掛けるオルダーソン公爵令嬢の姿があった。
「エリシャ様なら仕方ないわね」
「テオドール様はお優しいから放っておけないものね」
口々に諦観しながら、食堂へ向かう取り巻き達。
テオドールがエリシャに構うのはいつものこと。だってエリシャは『可哀想』だから。それ以上の特別な意味なんてない。……そう自分に言い聞かせながら。
『彼女』を見つけた『彼』は、浮かれていた。全力でピンクブロンドの後ろ姿に突進しかけて、
(いくらなんでもはしゃぎすぎだろ、俺!)
不意に冷静な自分が脳裏に囁き、慌てて足にブレーキを掛ける。
用もないのにいきなりハイテンションで声を掛けられたら、令嬢だってドン引きだろう。
一つ深呼吸して気を静めると、テオドールは近くのジューススタンドに足を向けた。学園内には購買部が充実していて、昼休みには敷地内に屋台が立つことも多い。
(彼女は確かキトルスベリーが好きだったな)
好みを思い出しつつ、王国特産の果実のジュースを二杯買うと、口の中で呪文を唱える。すると手の中のグラスに霜が降り、中身が冷え固まっていく。魔法学の成績上位の彼にとっては、このくらい簡単なことだ。
音もなくベンチに近づくと、彼は本に目を落とす彼女の頬に、ピトッとグラスを押し当てた。
「きゃっ!」
冷たさに驚いた彼女は、小さく叫んで飛び上がる。その仕草が可愛くて、テオドールの頬は緩みっぱなしだ。
「ジュースを氷魔法で凍らせてフローズンドリンクにしたんだ。飲む?」
できるだけさり気なく、警戒されないように。下心をひた隠しにして普段の口調で言う。
「テオドール様……。い、いただきます……」
戸惑ったように受け取るエリシャに、心の中でガッツポーズする。これで許諾されたとばかりにさっさと隣に座ってしまう。
拒否する間を与えるものか。だって、せっかくエリシャと話せる機会が巡ってきたのだから。
「何読んでるの?」
「えっと、ディグスターヴの新作です」
膝に広げた本の話題を振ると、エリシャはニコニコと人気作家の名前を口にする。その笑顔にテオドールは心和ませるが……ふと気づいた。彼女の目がいつもより赤くて腫れぼったい。
もしかして、泣いていたのか?
テオドールは焦って辺りを見回す。と、少し離れた向かいのベンチに、王太子ザカリウスと聖女ユキノが仲良く弁当をつついているのが見えた。
(ザカリウスの奴、
身体の血液が沸騰する。テオドールは憤慨にベンチを揺らす勢いで立ち上がった。
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