筋肉

あそうぎ零(阿僧祇 零)

筋肉

 アフリカ大陸の東の方に、国境線が妙に不明確な箇所があるが、そこには外から隔絶された、幻の王国がある。

 10年程前、商社員の私は、新たなコーヒー豆の買い付け先を探して、東アフリカの某国にいた。そこで、その王国の噂を聞いた。

 仮に「マルド王国」としておこう。

 私は現地のガイドを雇い、マルド王国を求めて密林の中に分け入った。


 一昼夜ほど密林の中を歩くと、開けた場所に土造りの粗末な小屋が点在している。

 一人の男が、こちらに向かって歩いてきた。身長は160cm位だが筋骨逞しい。彼の姿を見た途端、ガイドは逃げていった。


 私は、マルド王国に数日間滞在した。

 驚いたことにここでは、人の価値はその筋肉量で決まる。

 筋肉量は、脹脛ふくらはぎの外周の長さで計測する。長いほど、くらいが上だ。長さが同じ場合は、二の腕の外周により優劣を決める。序列は男女別で、高いほど衣食住などの面で優遇される。


 マルド王国は、一人の王によって統治されている。私は客人きゃくじんとして、王に会うことができた。王は長身ながら手足が細く、筋肉量による序列の埒外らちがいらしい。


 最も驚嘆したのは、毎年催される「謝肉祭」だ。私はそれに立ち会う機会を得た。

 謝肉祭では、男女一人ずつ、序列最高位の者が生贄いけにえとなる。

 夜、篝火かがりびが照らす中で、生贄は首を切断され、逆さ吊りにされる。滴る血は、かめに貯められる。

 その後、遺体から四肢が分離され、火であぶられる。

 

 程よく火が通ったら、最も肉の多い大腿部だいたいぶを、王が食らう。続いて王妃やその子供など、王族が舌鼓を打つ。

 あらかた王族が食った残りや内臓は、庶民に下賜かしされる。そうして夜を徹して、食らいかつ踊り続ける。


 私も食うように勧められたが、もちろん断った。

 村を離れる日、私は王に挨拶した。王は私の体を、何とも言えない表情で見つめていた。

 ボディビルで鍛えた私の体は、生贄となった序列一位の男より、はるかに筋肉量が多かった。


《完》



 

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