第8話 恋心

 オレア祭が無事に終わったすぐ後、私はマリエット侯爵家の令嬢として社交界に参加していた。

 かなり大きな社交パーティーであり、さらに夜に開催されるパーティーともあって令嬢や令息と共に様々な貴族の方がいる。

 もちろん聖騎士長であるリオネル様も招待されており、こっそりと私のことを離れたところから見守ってくれていた。


「王太子殿下はやはりしばらく帰っていらっしゃらないんですね」

「そうですね、手紙では勉学に励んでいて元気にしているとおっしゃっていましたわ」

「それはよかったですわ」


 もちろんそんな手紙なんてものはないから、私はその場のでまかせで乗り切るのだけど。

 侯爵令嬢、さらにマリエット家の人間であると、社交界でも結構話しかけられることが多い。

 もちろんそれは私個人に何か、というよりもお父様──マリエット侯爵への取次をお願いしたい、口利きをしてくれといったような内容のことがほとんどなのだけど。

 まあ、それを表立って口にするわけではなくなんとなくで、お父様によろしくといった感じで伝えてくる。

 もう慣れっこではあるから、それとなく受け取って一応お父様に報告はするのだけれど……。


 ただ、今日は一人全く違う内容、つまり私自身に話があるといった様子で声をかけてきた方がいた。


「マリエット侯爵令嬢」

「あら、はじめましてかしら」

「はい、僕は男爵の倅ですからなかなか社交界には出るお金がなく、今日初めて参加したのでご挨拶にと」

「ああ、そうでしか。ぜひ楽しんでください」

「あの、クラリス様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「え? ええ、よろしいですけど」

「ありがとうございます! 僕、クラリス様の舞のファンでして」

「そうでしたか」


 彼はいかにも好青年といった感じで服装も確かに男爵令息なのだろうという、少し質素な服を身に纏っている。

 今日のパーティーは様々な爵位の人間がいると伺っているから、特におかしくはないのだけれど、何か違和感を感じるのはなぜかしら。


「クラリス様は王太子殿下の婚約者様でいらっしゃいますが、寂しくはないのですか?」

「そうですね、寂しくないと言えば嘘になりますが、立派になって戻られると信じておりますので」

「素敵なご関係ですね」


 彼はテーブルにあったノンアルコールのシャンパンを二つ手に取ると、私にそっと渡してくる。

 ありがとう、と言って私は受け取るとそれを一口飲んで彼の話を聞く。


「先日の舞も素敵でした。こう、クラリス様の舞は心が揺さぶられます」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですわ」

「僕が見たのはちょうど5年前の祭での舞だったのですが、何年前から舞をされているのですか?」

「オレア祭で披露するようになったのは、7年前からですけども、舞自体は10年前からしております」

「そんなに前から……」


 彼は大きなリアクションを取って私の話を聞く。

 話をするのがうまい人だな、と思っていた矢先に、私は自分の身体に違和感を覚えた。


「──っ!」


 私はその違和感の正体に気づき、シャンパンをテーブルに置くと何事もないように振舞う。


「それでは、私は用事がございますので、失礼しますわ」

「え? あ、クラリス様……!」


 私を呼ぶ声がするが、急ぎ足で私は庭の方に出て草むらに隠れてしゃがみ込む。


「う……」


 何か薬を盛られた──

 そう気づいたのは彼との話の途中だった、薬の効能的に毒のような感じではなさそうだった。

 私は幼い頃から密かに毒殺などのリスクを少しでも回避するために、薄めた毒を飲んで身体に耐性をつけていた。

 大人になってからそれをすると、かなり危険性が高いのだが子供の内から数年かけて少しずつすると毒の耐性がつくのだそう。

 昔からこの国の王族の成人になるまでの通過儀礼の一つとして極秘におこなわれているものの一つだった。


「クラリス様っ!」


 意識がぼやっとしている私の耳にリオネル様の声が届く。

 彼は私の様子に気づくと、すぐさま私の健康状態などを確認して何か薬を盛られたのではないか、という予測をたてる。

 私の身体は火照って顔が赤くなり、そして目の前にいるリオネル様に触られた腕にビクリと反応してしまう。


「──っ!」

「これはまさか、クラリス様、もしや」

「ええ、おそらく媚薬の一種な気がします。おそらく先程のシャンパンに入っていたものかと」

「わかりました、部下に男爵令息の身柄を確保させますので、少々お待ちを」

「……はい」


 リオネル様は私を壁にもたれかけさせると、そのまま走ってパーティー会場へと向かって行く。




 私はしばらく目をつぶってゆらゆらと揺れる意識を保つために必死に耐えていた。

 誰かが私を抱きかかえている気がして少し目を開く。


「──大丈夫ですか?」


 そこにはリオネル様がいて、私の瞳を見つめている。

 青い瞳がこちらをみていて、月明かりに照らされたリオネル様も美しくて、思わず見惚れてしまう。


 毒の耐性があったせいか、もう媚薬の効果はなくなっており、意識もはっきりしていたが、それを言い出せずにいた。

 自分で歩けます、とただ一言そう言えばいいのに、どうしてもその一言が出ない。


「クラリス様、俺をもっと頼ってください」

「え?」

「俺はあなたの護衛騎士ですが、その前に──いや、なんでもありません。マリエット侯爵家に向かいましょう」


 彼は恥ずかしそうに私から目を逸らしてそんな風に言う。

 そんな態度を取られると、勘違いしてしまうじゃない。


 彼のことがちょっと気になってしまって、でもそれは恋なのかどうか。

 思わずディオン様に恋をして、想って、そして裏切られたことを思い出す。


 そうね、恋なんていいことないわよね。

 私には向いてないのかもしれない。

 そんな風に思いながら、月を眺めていた──

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