チョーカージョーカー

ウサ見 一人

第1話 チョーカーの謎

「――謎は解けました」

「「「本当!?」」」

 京都府某所――6月の空に夕日が沈み、橙色の光に包まれ始めた神薙かんなぎ高校本校舎。

その3階の図書室では、とあるが発生していた。

 一連の流れはこうだ。放課後、図書室で3人仲良くババ抜きをしていた3年生の女子生徒3人。

 しばらくしてゲームが終わって次はジジ抜きをしようということになったのだが、あらかじめ一枚抜いて机の上に置いてあったジョーカーが無くなっていた。

 その場にはその3人と図書委員の生徒が一人だけしかいない。更に言うとその図書委員の生徒は、リボンの色から見るに新入生で3人とも面識はなく、ジョーカーに触れることすらなかった。

 誰かが意図的にジョーカーを消したとすると、トランプの所有者でありババ抜きの提案者である風見先輩。トランプをシャッフルした九条先輩。そしてトランプをするまで本を読んでいた堀北先輩の中の誰か一人を断定する必要がある。

 さて、どういうことだろう。

 ――なんて謎は、すぐに解けてしまった。

 俺は小説のコーナーへと歩いて行って、一冊の本を抜き、パラパラとめくる。

 すると丁度真ん中あたりをめくった時、挟まっているジョーカーを見つける。

「はい、どうぞ。これであってますか?」

「わぁ!あってるあってる!なんでこんな所に!?どういうことなの!?説明!説明聞きたい!」

 風見先輩が興味津々といった様子で聞いてくる。

「まず、堀北先輩。あなたはこの本にジョーカーを挟みましたね?」

 今も尚机の上にしおりがあることから、本に挟まっているのはしおりではないことが想像できる。

 しおりを二つ持っている人間はあまり聞かない。

「っ!……本当だ……このしおりと……間違えてた……」

 そう言って堀北先輩が指すしおりは長方形のデザイン。

 しかもトランプの裏面と同じような柄だ。

「なるほど……だからあの本の中に……」

「でもなんで本は戻されてたの?」

「あそこの図書委員の子が戻したんです。しおりと間違えてジョーカーを挟んだ時に、堀北先輩は離れた場所に本を置いた。それでまだ図書委員に慣れていない新入生が、確認を取らずにその本を棚に戻してしまったんです」

「そういうことだったんだ……」

 この謎の全貌はこうだ。事の始まりは、本を読んでいた堀北先輩を風見先輩たちがトランプへと誘ったことから始まる。

 堀北先輩はババ抜きに参加するため、読んでいた本にしおりを挟んだが、そのしおりはあらかじめ一枚だけ抜かれていたジョーカーだった。

 そして図書委員の子がその本を棚へと戻し、行方不明のジョーカーという謎が生まれてしまった。

「ご……ごめんね?私が間違えちゃったから……」

「うぅん!凛ちゃんは悪くないよ!誰も悪くない不幸な事故だったんだよ!」

 俯く凛ちゃんこと堀北先輩を必死に励ます風見先輩。友達想いの良い先輩だ。

 何はともあれ、こうして謎は解けたのだが、九条先輩はどうも腑に落ちない点があるようで、一人浮かない顔をしている。

「そこまではまだわかるんだよ?でもね、なんで凛が読んでた本がわかったの?実際に見たわけでもないのに」

「あ、それ私も気になった」

 確かに、俺の導き出した結論は先輩たちに聞いた話だけで推理したものだ。

 しかしその説明をするには俺の持っていた小さな情報を説明する必要がある。

「教えてくれないかな?」

 俺は持っていた本を元に戻す。

「堀北先輩と俺は委員会が一緒なんですよ。その時にこの本を読んでいるのを何回も見かけたので、多分これだろうなと。学校の本である証拠のシールも貼ってありますし」

 それに、と俺はあたりを見渡して言葉を続ける。

「ここの図書委員は優秀ですからね。本が全て均等に押し込まれている。そんな中この本だけ少しだけ浮き出ている。つまりこの本は素人か、経験の浅い新入生の図書委員が入れたものだと考えました。これが、俺が解いた謎の全てです」

「……すごい……すごいすごい!話を聞いただけなのに、全部わかっちゃうなんて!」

「ほんっと、じゃない!?」

「記憶力も……普通他人が読んでる本なんか覚えてないのに……」

「それでは、俺はこれで。――〝謎〟の提供、ありがとうございました」

「うん!こっちこそごめんね?いきなり無茶ぶりしちゃって……」

 俺がここに来た理由はただ借りていた本を返すためだけだ。そして用を済ませて帰ろうと思っている時に声をかけられ、今に至る。

「堀北先輩も、さようなら。俺もあの本好きですよ」

「う、うん……ばいばい。ありがとうね」

「ありがと~!」

 笑顔でひらひらと手を振る九条先輩と風見先輩。そして小さく手を振る堀北先輩。

 俺はそんな先輩たちに会釈をし、図書室を出て上履きを履く。

『ほんとすごかったね!の生推理!』

『本からジョーカー出した時鳥肌立ったもん私!っていうか凛、もしかして……』

『っ!……ち……違うよ!……かっこいいとは思ったけど……好きとかそんなんじゃ!……ほんとに!』

『『ほんとかなぁ~~』』

 図書室の中からは何やら賑やかな声が聞こえるが、その内容までは聞き取れなかった。

 やがてその声は完全に聞こえなくなり、廊下には俺の足音だけがこつこつと響く。

 そんな居心地の良い静寂の中、俺は言葉を漏らす。

「……今日もまた、一つ謎を解けた」

 謎解きは良い。思考という行為を娯楽にまで昇華できる。謎が解けた時の解放感は心地よく、少し寂しい。何か、俺が苦戦するような謎が欲しい。

 この俺――火鉢ひばちさとるが頭を抱えるような、そんな謎が。


× × ×


 ピピピピピピ、というアラームの不快な音で、俺の今日は始まる。

(今日は火曜日か。土曜まであと4日……)

こうやって朝起きるたびに休日までのカウントを始めるのは人間なら当然のことだろう。

 まだ眠い目をこすりながら階段を下りて一階のリビングまで行くと、テレビの音声と共に朝食の香りが流れてくる。

「あ、おはよ悟!」

「……おは」

 真新しいスーツに身を包んでいるこの女性は俺の姉、火鉢ひばち天音あまね

 両親は海外での仕事が多く、年に一度家に戻って来るか来ないかという感じだ。

 なので基本的に俺の面倒は子供の頃から天音が見てくれている。本当に感謝してもしきれない。

「私今日早いから!ごめんけど食器片しといてー!それじゃねー!」

 天音は俺の通う神薙高校の教師をしている。教科は数学。まだ入りたてで忙しいのか、どたどたと慌ただしい朝を繰り返している。

 俺はそんな働き者の姉に作ってもらったご飯にいただきますをしながら、のんびと朝を始める。

 俺は自他ともに認める甘いもの好き。そんな俺の朝食には甘いレモンティーがつきものなのだ。

『――での都市開発は進んでおり……』

「ふわぁ……眠い……」

 そして特に興味のあるわけでもないテレビは消して、食事を済ませて支度をする。

「……学校行くか」

 窓から見える空は白一色。たまに灰が混じった曇天。高校2年生の6月に入って数日経ったが、そろそろ青い空が恋しくなってきた。

 本格的な梅雨入りがこれからくる。青空にはしばし別れを告げよう。

そんなことを考えていた俺に、未来の俺が言葉をかけるとするならこうだろう。

 ――さようなら青空アオゾラ。こんにちは青春アオハル


× × ×


「あ、見て見て、悟りくんだ」

「ほんとだ~!今日も無気力~」

 下駄箱で靴を履き替えていると、そんな会話が耳に入る。

 ……悟りくん、か。

「ぉはよ、隆二」

「よっ!悟!相変わらずダルそうな顔してんなぁ」

 朝から高いテンションで接してくるガタイの良いこいつは南雲なぐも隆二りゅうじ。俺の小学校からの親友であり、不思議なことに彼女持ちだ。

「んで今日も人気者だな。悟りくん」

「お前まで呼ぶか」

 悟りくん、というのは、俺のあだ名のようなものだ。俺の学年だけでなく、この学校共通の。

 なぜそんなに俺の名が知れ渡っているのかというと、俺の学校生活がからだろう。

 俺、火鉢悟は謎解きをこよなく愛している。そして学校生活というものには、意外と謎が多く存在する。

 無くしものの謎、恋愛感情の謎。果ては七不思議の謎なんてのもある。

 そんな不思議な謎なのだ。解くしかあるまい。

 そんなわけで、俺は高校2年生の今現在に至るまで、数々の謎を解いてきた。

 ある時は立ち入り禁止の屋上に出入りしているという謎の犯人捜しをしたり、ある時は廊下の窓ガラスが割れている謎の理由を特定したり、ある時は互いに恋愛感情を持っているのに一向にくっつかないという二人にある謎を解明し、ついでにカップル成立のキューピットになったりもした。

 そんな活動は人から人へ知れ渡っていき、今では1年生以外ではほとんどの生徒が俺のことを知っている。

 ちなみに何故と呼ばれているのかを隆二から聞いたところ、『何でも推理ですぐに謎を解いてしまう』という所から、名前のもじりで悟りくんと呼ばれるようになったらしい。

「なんだよ?嫌なのか?このあだ名」

「嫌だったけど……もう慣れた」

 楽しそうにしている人間にそう呼ぶのをやめてくれ、なんて、言う気にはなれなかった。

 謎解き以外のことに関しては、俺は無気力な奴だと自負している。いつもはだらーっとしているのに謎解きの時だけ生き生きとしているので、謎解き時の俺は悟りくんモードなんて呼ばれたりもしている。それは本気で恥ずかしいから言わないで欲しい。

「サトルー!グモーニーン!」

「あうっ」

 朗らかで透き通った声が聞こえたかと思えば、背中から感じる確かな体温。

幾度となく経験しているこの感覚は……

「ありゃ、元気無いデスか?」

「大丈夫……びっくりしただけだよ。シャロ」

「っ!ならよかったデス!」

 振り返ると、俺の視界を奪うのは生糸のような金色の長い髪。そしてそれを纏う人形のような女の子の屈託のない笑顔。

 この子はシャーロット・ニコ・イノセント。通称シャロ。すぐ近くの家に住んでおり、小中高と一緒に生きて来た、いわゆる幼なじみというやつだ。

 見た目は誰もが振り向くような美少女。性格は天真爛漫でとっても元気。もし辛くなったらまずこの子に相談してみよう。なんていう評価を受けたりもしている。心の湯たんぽのような存在だ。

 ちなみに生まれた時から日本にいるが、両親はイギリス生まれのイギリス育ちで、ハーフというわけではない。

その両親が日本に移り住んだのはシャロが生まれる3年ほど前だという。理由は居心地がよかったから。軽い。

 シャロは英語と日本語どちらもいけるが、家ではほとんど英語でしか話さないため、普段は若干カタコトの日本語となっている。でもまぁ周りから大好評なんだなこれが。

「おはようシャロさん。悟は朝いつもこんなんだろ?」

「……一応心配はするものデス。でも元気なら安心デス!」

「ありがと、シャロ」

「えへぇ……どういたしましてデス……」

 すりすりと身体を寄せるシャロ。小動物にも似た愛らしさに、俺の手が頭を撫でる形になるが、ぐっとがまん。親しき中にも礼儀ありなので、これが俺たちの距離感だ。

「……見せつけてくれるなぁ……それじゃな、授業中寝るなよ~!」

「ばいちゃ」

「バーイ!」

 隆二と俺たちは教室が別なので、三階の階段で別れる。俺達のクラスが三階で、隆二のクラスが四階。長めの階段ご苦労さまだ。

「おはよ……」

「グモーニーン!諸君!」

 対照的なテンションのあいさつで、俺とシャロは教室に入る。

そして視線が俺たちに集まり、すぐに皆に取り囲まれる。

 俺は良くも悪くも有名人。シャロもその容姿から、この学校ではかなり有名だ。

 おかげで友達がたくさんできて楽しい。

 これが、いつもの朝。何の変わりもない――俺のいつもの一日だ。


 × × ×


 午前の授業はつつがなく終わり、今は昼休み。

 天音特製弁当をシャロたちと楽しくお話ししながら食べ終えた俺は、と思って時計を見る。

「――来たわよ!!」

 突然教室内に響く大声。ざわざわと談笑にふけっていたクラスメイツたちも、皆何事かと扉に視線を移す――

「お、今日は早めだな。昨日と比べて」

 なんてことはなく、いつもの事だと聞き流している。

「昨日はなんか宿題してたって言ってただろ。だから遅めだったんじゃないか?」

「あ、確かに」

 そんなひそひそ話などなんのその。声の主は小さい体躯で周りのことなどお構いなしにずかずかと俺の席の前まで来て、

「勝負よ!今日こそあなたを負かして私のだってことをわからせるんだから!」

 と、声高らかに宣戦布告をした。

 ふん、と鼻を鳴らして俺を見下すこのちっこい女子生徒は吾妻あずま日和ひより。『吾妻探偵事務所』という夫婦経営の探偵事務所の一人娘で、いつか事務所を継ぐことを夢見て勉強中の探偵のタマゴだ。そしてある一件以来、やたらと俺を助手にしようとしている。なぜかもう助手と呼んでいるがなったつもりはない。

 その助手の件は、『俺との勝負に勝ったら考えてやらんこともない』的なことを言ってしまったせいで、毎日昼休みになったら俺の元へ勝負を仕掛けに来る。そして負ける。30連敗くらいから数えるのをやめた。

 それでもなお勝負を挑むその姿勢や、全体的にこぢんまりとした容姿なので、マスコット的なかわいさを持つ吾妻には、熱心な物好きファンもいるとかいないとか。

「それで?今日はどんなゲーム?……すごろくは時間がかかるからだめだぞ」

 前回のすごろくは昼休みまるまる使った大勝負となった。二人とも運が下振れて1とか2がほとんどだったからだ。結局勝てたけど。

「運に頼るだなんてことはもうしないわ!安心しなさい!あと覚悟なさい!」

 そう言って自信満々に取り出したのは二つに折られた一枚の紙。

「……なんこれ」

「これは私の考えた問題。今日は〝謎解き〟で勝負よ!」

「――っ」

 謎、という言葉に俺の本能が反応する。

 俺だけではない。クラス中がざわざわとし出す。

「あ……負けた。良かった賭けなくて」

「謎解きってことは……今日悟りくん見れるじゃん!ラッキー!」

「なぁぁ!今日こそ行けると思ったのに!」

「「「ありがとござまぁぁす!!」」」

「はぁ……俺金欠なんだからな?安いのにしろよ」

「へへへ……」

 なんて会話が聞こえてくる。まだ始まってもいないのに。

 昼休み恒例となっている俺たちの勝負は、よく賭けの対象に使われている。

 そしてさっき悲鳴を上げていた奴は俺が負けるという大穴を狙っていたようだった。ジュースをチップに。

 ちなみにそのオッズは吾妻の負けが1倍で俺の負けが10倍。舐められすぎだろかわいそうに。

 しかし負けてやる気など毛頭ない。なんせ今回は……

「謎解き……か、いいぜ。ちょっと本気で相手してやるよ」

「そ、そう来なくっちゃ……!」

「オゥ……サトルが本気デス……あぁ……ワタシのジュースがぁ……」

 いやお前も大穴狙いそっちかい。

「それで?どういう謎解きなんだ?」

「この紙を開いた瞬間から30秒以内に、この紙に書いてある問題を解くというものよ!準備はいいかしら?」

 30秒、という制限がかなり厳しいが、それに見合った難易度なのだろうか。

「30秒……もしかしたらもしかするデス……!」

 シャロがキラキラと目を輝かせながら俺と吾妻を交互に見る。ギャラリーも同じようにして俺の返事を待っている。

「いいぜ。乗ってやる」

「「「おおおお!」」」

 俺の謎解きと、こいつの謎。一体どちらが上か。しかも今回は時間制限付きだ。もしかすると俺が得意分野なぞときで負けるかもしれないという状況に、ギャラリー達は湧く。

「くっくく……言ったわね……なら勝負開始よ!」

 そう叫ぶが早いか、吾妻が二つ折りの紙を開く。そこに書かれていたのは、何かのアルファベットだった。


S……B

W……?

E……D

N……T・S

この?に入るアルファベットを答えなさい!回答は一度だけ!


「T」

「さぁじっくり考えなさ……ぇ?」

 ほぼ開くと同時。時間にして数秒もしないうちに、俺はそう答える。

「え?てぃー?え……け……結果は……?」

 静寂が支配した教室で、あの大穴狙いの男子がそう尋ねる。

「せ……正解……よ……」

「え――」

 一瞬の勝負に、声は途切れる。

「適当ってわけじゃないでしょうね!?もしそうなら――」

「――。だろ?」

「……ッ!」

 その単語で、吾妻は俺が適当に言ったわけじゃないことを確信したようだ。

「ふぅ……シャロ、自販機行こ……甘いの飲みたくなったから」

「待って待って悟りくん!どういうことなの!?私全然わかんないんだけど!」

「そうだよ!悟りくんモード終わらせないで教えてくれよぉ!」

「俺もだよ!教えてよぉぉ……!」

「詳細は吾妻から聞いて……んじゃ」

 今はとにかく甘いものなので、足早に教室を出る。

「……あ、サトル~!まって~!」

 俺たちが出ていった後の教室では、吾妻が取り囲まれて見えなくなっていた。

「ぬぐぐ~……!」


× × ×


「サトル……ワタシ、気になるデス!」

 なにやら古典部部長みたいなことを言ってくるシャロ。もう自販機で甘めのカフェオレを買って飲んだので、そのエネルギーを謎解きの説明へと変換する。

「まずあれ、一番上にNEWSって書いてあったろ?」

「うん、日本語で情報デス」

「そのまま読んだらその意味なんだけど、それはフェイク。あの問題での本当の意味はノース、イースト、ウェスト、サウスの頭文字なんだ」

「ワォ、そういう意味だったデスか……じゃあ下のTやらDやらはなんていう意味だったんデスか?」

「まず、シャロはって知ってるか?……方角を守護してるっていう朱雀とか青龍とかの、中国の伝説」

「知ってるデス!中二心をくすぐるでぇす……」

 うーん……まぁ認識としては合ってるか。

「そいつらの、例えば朱雀だったら鳥、青龍だったら龍って感じのモデルになった生物がいるだろ」

「ふむ」

「そのモデルになった動物の頭文字があの下のアルファベットだったんだ」

「あっ、なるほど!」

 あの謎の全貌はこうだ。まず、上のアルファベットは方角を表していて、その方角の下のアルファベットはそれぞれその方角を守護している四聖獣のモデルになった生物の頭文字だったというわけだ。

 そうして考えると、SのBは南の朱雀バード。EのDは東のドラゴン。NのT・Sは少し特殊で、北を守護する玄武は亀と蛇が合体した姿なので、タートルスネーク。そして答えの?が、

「WのT。西の白虎タイガーってことだ」

 答えの用意された謎解きとは、ただ法則を見つけ出すだけのゲームに過ぎない。暗くてまばらにしか見えない法則という道をたどって、途中で途切れたらまた別の道へ。そうしてしらみつぶしに探していけば、おのずと答えに続く道はある。

「はぇぇ……やっぱりサトルはすごいデス……そんな難しい事をあんな短い時間で考えるなんて……そんなサトルが負ける方に賭けた自分がうらめしいでぇす……」

 しょんぼりとしてしまうシャロ。相変わらず感情がよく表に出る。

「まぁ……そんな奴がいるから楽しいんだよ……ほらっ」

「え?……っわわ!?」

 俺は自販機で買ったジュースをシャロに投げて渡す。

「シャロ……それ好きじゃん。あげるよ」

「え……どうしてデスか……?」

「盛り上げてくれたお礼。だから、よかったらもらって」

 多分、シャロは皆が盛り上がるだろうと思って俺が負けると賭けたんだと思う。シャロはそういう子だから。

「……気づかれてたデスね」

「まぁね。何年一緒に居ると思ってるって話……」

「相変わらず、サトルは頭がいいし優しいデス……ずっと……ずっと前から……」

「優しいのはシャロだよ。……俺が優しいっていうんなら……多分、シャロの真似事だよ」

 俺はシャロの優しさをずっとこの目で見てきた。その優しさで周りの人を救うこともあれば、その優しさでシャロ本人が傷つくこともあった。だから、そんな優しいシャロを守るために、傷つけないために、俺はシャロの隣にいる。

「真似なんて……、私にはできないよ。だって、それで私は救われたんだもん」

「……そうだな。ありがとう」

 シャロは真剣な時になると、日本語のカタコトが取れる。俺はそれを知ってるから、こうして肯定してやる。受け入れてやる。

 ――もう二度と、あんな顔はしてほしくないから。

「ふふ……こちらこそデス!」

 やっぱりシャロは、笑顔が一番似合うから。


× × × 


 その後、教室に戻った時には、もう既に吾妻はいなかった。代わりに異様にテンションの上がったクラスメイツたちに囲まれてしまった。

 謎解きに関しては多少自信がある。しかし、改めて自分の得意なことを褒められるというのは結構嬉しいものだ。なぜか横にいるシャロが誇らしげにしていたのが気になるが。

 そんなひと悶着あって放課後。シャロは部活へ、隆二は彼女とデートへ出かけてしまった。他の生徒たちも忙しそうにしていたため、今こうして教室に残っているのは俺一人だけだ。

 なぜ帰らないのかというと、この後天音と一緒に買い物(荷物持ち)の予定があるからだ。

 5時には終わるから教室で待っててと言われ、大人しくそれに従って待っていたのだが、昼休みにかなり集中力を使ってしまったからか。あるいは体育の授業があったからか。あるいは天音の授業があったからか。今俺の瞼は鉛のように重い。

簡単に言うとめっちゃ眠い。

 時計を見ると4時丁度。約束の時間までは後1時間ほどある。

「よし……おやすみぃ……」

 少し寝よう。その決断をしてからの俺の行動は早い。すぐに腕を枕にして、体を丸めて机に突っ伏す。

 目を閉じてからの記憶は覚えてない。起きるまでに、も。


× × ×


「……と……い」

 ……ん?誰かの声が聞こえる。

「悟~、おーい」

「ん……んん……おはよ……天音」

「あ、やっと起きた。おはよ」

 目を開けると、俺の顔を覗き込む天音の姿が。カバンを持って退勤準備完了のようだ。

 曇りなので、空だけで時間はわからない。そこで時計を見ると5時14分。十分に仮眠は取れたようだ。

「じゃ……買い物行くか……」

 だんだんと意識がはっきりしてきた俺は、カバンを持って席を立つ。

「うん、早く行こう!今日セールだから……って、悟」

「ん?なに?」

 セールに向けて意気込んでいたはずの天音の不思議そうな目線が、俺の首元に止まる。

「――それ……何?」

「……?」

 天音は俺の首元を指さす。俺その時初めて自分の首の違和感に気づく。

 その違和感のある場所を手で触ってみると……

「悟……レザーのなんかしてたっけ?……いや、別に校則的には問題ないんだけど……」

 触った感じは革のベルトのような、そんなチョーカーがなぜか俺の首についていた。

「してなかった……」

「だよね。にしても……へぇ、黒いチョーカー似合うじゃん。誰かからもらったの?」

「いや……もらってもない」

 となると可能性は一つ。

(俺が寝ている一時間の間に誰かがつけたのか?)

 言動からして、天音はシロだ。そしてよく俺にいたずらをする隆二も帰ったのでシロ。

 容疑者は……俺の知り合いの誰かってところか……

「あらら……悟。また新しいおもちゃ見つけちゃった感じかな?」

「顔に出てたか?そんなつもりはなかったんだけど……ま、確かにそうかもな」

「ほら、悟りくんモード入ってる」

「それ天音も言うのかよ……」

「教師の中でも有名だよ。悟のこと」

 容疑者が増えてしまった気がする。

 そんなことは気にせず、まずは教室の中を見渡してみる。

 証拠なんてものは残っていないだろう。なんせただチョーカーをつけただけ……って、ん?

「なぁ、天音。あの手紙って天音が来た時にはもうあったか?」

 俺は黒板に磁石で止められている小さなピンク色の封筒を指さす。

「うん。あったよ?……それなに?」

「俺が寝る前には無かったから……わかんないけど、俺宛だ」

「へぇ、読ませて読ませて」

 〝火鉢悟君へ〟とだけ書かれた封筒の中を取り出し、天音と一緒に見る。

「――なっ!?」

「わぁあああ!さ……悟!これって……!」

 その手紙には、こう書かれていた。


火鉢悟君へ。私を見つけ出して、そのチョーカーと一緒に返事を返して下さい。

あなたが好きです。私と付き合って下さい。  神薙高校●年、クイーンより。


「「ラブレターだこれ……」」

 今まで、謎を解いて結果的に助けたことになった子の何人かにラブレターをもらったことはあった。

 しかし今回のケースは類を見ない。こんな形で貰うことになるなんて無かった。しかも天音に見られた。絶対いじられる。めんどくさいことになる。

 とはいえ、ラブレターはラブレター。もらって嬉しいしできるだけ早めに返事をしたいというのはある。

 ただ、今回はそれもイレギュラーだ。

「悟、そんな名前の子知り合いにいたっけ?クイーンちゃん」

「いや、多分偽名……」

「そっかぁ……じゃあ何にもわかる事は無いってことだね」

「確かに、今わかることは何にもない。……でも」

「でも?」

「……この子とは、仲良くなりたいな」

「――っ!まぁまぁまぁ!」

 〝謎〟の提供、感謝する。

 君を見つけたら、まず最初にそう言おうか。

 早く、会ってみたいものだ。

(……候補は俺に好意を持っていそうな女子生徒。学年問わず……いや、まだ入学したての1年の線は切っていいな)

 俺にはいまいち理解できないのだ。恋愛感情というものが。好きな人は沢山いるが、それが恋愛感情なのかと言われると、そうかもしれないという気もするし、違うだろうという気もする。

 ただ、ただ一つだけ……今は〝楽しい〟と、そう思えた。

「さぁ……推理してみよう」

 君を見つけるまで、このチョーカーをつけるようにしよう。怪盗からの予告状を受け取るのは探偵の習わしだ。

 君の謎(しょうたい)を、必ず暴いて見せよう。――クイーン。

「その前に、買い物行くよ」

「……はい」

 ……ごめん、探すの明日からで。

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