カイはあったのか

春雷

第1話

 筋肉ブームは落ち着いただろうか。僕は今更ながら身体を鍛えている。理由は、好きだった人に告白したら、私マッチョがタイプなのと断られたからである。単純な僕は、それならマッチョになれば彼女とつき合えるんだと考えた。振られたその日から、僕は早速ダンベルを買って鍛え始めた。

 腕立て伏せはもちろん、腹筋に背筋、スクワットをして、ランニングも行った。とにかくがむしゃらに、遮二無二、わき目もふらずに鍛えた。

 一か月経った。成果が出ない。どこの筋肉も盛り上がっていないし、腹筋は一つたりとも割れちゃいない。何故だ。鏡の中に立っている自分は以前と同じひょろひょろのガリガリだ。

 そうか食べる量が足りないのか、と考え直し、トレーニングメニューはそのままに、食事量を増やした。鶏肉を沢山食べるように心がけ、プロテインも飲んだ。

 そして一か月が経った。成果は出ない。全然マッチョにならない。何故だ。

 考えても原因が一向に分からないので、僕はマッチョなクラスメイトに相談してみた。

 彼は熊のように大きな体格を持つマッチョで、両親がジムの経営者だった。同じ高校生とは思えない威風堂々とした風格が、彼には備わっていた。

「なるほど。じゃあ、俺のジムで鍛えてみるか?」と彼に提案された。

 僕はその提案に乗った。彼は僕がクラスメイトだからということで、ジムの料金を少し割り引いてくれるという。ありがたい。

 僕は様々な器具を用いて自分を鍛えた。只管に自分を追い込んだ。毎日、毎日、毎日、ジムに通いつめ、マッチョになることを夢見て鍛えた。

 一か月経った。何の成果も出ない。体重は増えもしないし減りもしない。ガリガリのまま。マッチョクラスメイトに訊いても原因不明と言われるだけ。

 どうして僕はマッチョになれないのだろうか。僕はマッチョになれないと定められている人間なのか。……そんな人間いるか?

 病院に行って身体を調べてもらうことにした。身体に何らかの異常があるに違いない。

 どでかい総合病院に行って、それっぽい威厳のある感じの先生に検査してもらうことにした。血液検査をして、レントゲンを取った。すぐに結果が出た。

 診察室。白い部屋だ。二台のモニターの前に先生は座っている。ポニーテールに黒縁眼鏡をかけた先生だ。当然白衣を着ている。彼女は五十代くらいだろう。威厳がある。

 僕は椅子に腰かけるなり、

「先生……、それで……、結果はどうでしたか……」

 と訊いた。

 先生は難しい顔をして、

「非常に申し上げにくいのですが、あなたは通常の人とは異なる性質を持っているようです」

「通常と異なる性質……」

「ええ……。他の人とは、ちょっと……、いやかなり異なっているようです」

「先天性の病気、とか……、ですか?」

「いえ……、病気や疾患があるわけでは……。身体は極めて健康ですし、特に異常が見られるわけではありません」

「どういうことですか。僕は異常なんじゃないんですか」

「……言葉が悪かったようですね。あなたは異常というわけではありません。ただ、他の人とは異なる性質を持っている、というだけです」

「はっきり言ってください。何なんですか、その異なる性質とかいうのは」

 彼女は一瞬僕から視線を逸らし、再び僕に向き直った。

「私も眼を疑いました。検査する機械の方に異常があるのではないか、と。しかし、いくら調べて見ても機械に異常は見られない。となると、この結果は正しく検査された結果だと言わざるを得ません。それで、私どもはこの結果を信じるに至ったわけです。たとえその結果がどれほど信じがたいものだとしても、他に可能性が考えられないのであれば、それを信じるしかありません。それが真実というものなのですから」

「前置きはもういいです。結果を教えてください」

「ええ……、検査の結果……、あなたは……、


 アンドロイドであることが判明しました」


 僕は自分の耳を疑った。

「はい?」

「ですからあなたはアンドロイドです」

「は?」

「ですからアンドロイドです、あなたは」

「いや倒置法で言われても」

「アンドロイドですあなたはですから」

「もう滅茶苦茶ですよ。ええ? どういうことですか。僕がアンドロイド?」

「私も混乱しています。こんな精巧なアンドロイドは見たことがありません。しかしそう考えるしかないのです」

「いやだって……、血液検査したじゃないですか」

「あれはオイルでした」

「オイルって……、そんな……。昔のアンドロイドじゃん……」

「ええ……。古いタイプのアンドロイドのようです」

「最悪だ……。モダンな人間だと思ってたのに。モダンボーイと思ってたのに」

「その言い方をしている時点で既にモダンじゃない気がしますけれど」

「先生……、僕はこれからどうすりゃいいんですか」

「と、言われましても……」

 僕は先生に訴えた。

「僕はマッチョになりたいんですよ。マッチョにならなきゃ、好きな子と付き合えないんですよ。マッチョになるという希望が潰えたら僕の青春は真っ暗ですよ。闇春ですよ。暗黒春ですよ。ダークマター春ですよ」

「しかし……、アンドロイドですから……、いくら鍛えても筋肉は得られませんしねえ……」

「おかしいとは思っていたんだよなあ。筋肉ないのに百キロのベンチプレス上げられたから……」

「その時点で気づくべきだったと思います……」

「先生……、僕はどうすればマッチョになれるんでしょうか……」

「うーん……。ええっと……、たとえば、ですが、あなたを作った人……に頼んでみてはいかがでしょうか」

 なるほど、と思った。さすが先生。

「分かりました!」僕は立ちあがり、言った。「希望を捨ててはいけませんよね」

「……ええ、そう……、だと思います」

「先生! ありがとうございます!」

「あー……、まあ、うん……。お大事にぃ……」

 僕は早歩きで病院を出た。

 

 それにしても僕を作った人とは一体誰だろう。天馬博士? お茶の水博士? 駄目だ……。モダンで現実的な科学者が頭に思い浮かばない。えーっと……、ドクター・ベガパンク?

 とりあえず僕は両親の元に行った。両親ならきっと何か知っていることだろう。両親の元といっても、普通に帰宅しただけなんだけど。

 僕は玄関のドアを開け、

「ただいまちょっと話したいことがあるんだけどいい?」

 と言った。

「あいかわらず早いな。何だ? 話したいことって」と新聞を読んでいた父が言う。彼は五十五歳で、白髪が目立つゴルフ好きの男だ。

「母さんは?」

 僕はリビングを見渡す。母がいない。

「母さんは競馬」

 母はギャンブル好きなのだ。

「まあ父さんだけでいいや。僕、今日病院に行ったんだ」

「病院? どこか調子悪いのか?」

「調子悪いっていうか、知りたいことがあってさ。検査を受けたんだよ」

「大丈夫だったのか?」

「うん。身体状態に異常は見られなかった。ただ、僕はアンドロイドだって言われたんだ」

「アイフォーンじゃなくてか」

「いやそっちのアンドロイドじゃないよ」

「なるほどねえ。お前アンドロイドだったのか。何かおかしいなとは思っていたんだがな」

「え? 父さん何も知らないの?」

「うーん……。正直なことを言っちゃえば、お前母さんの連れ子だしな」

「マジかよおい」

「うん。考えてみれば、お前ずっとその身長なんだよな。百六十五センチ。十二、三年前から」

「おかしいと思わなかったの?」

「あんまり子どもとか詳しくないから。そういうものかなと思った」

「おかしいでしょ。おかしいよ父さん」

「だから母さんに訊けば分かるよ。たぶんそろそろ帰って来るから」

 噂をすれば影が差す。母さんが帰って来た。

「ただいまー今日百万負けちゃった」ドアを開けるなり、母さんはそう言った。

「嘘でしょ、母さん。百万? やばいよそれ。……いやそんなことより、ってそんなことでもないけども、その……、訊きたいことがあるんだけど」

「ええ? どうしたの藪からスティックに」

「僕、今日病院言ったら君はアンドロイドだって言われたんだ」

「アイフォーンユーザーじゃないものね」

「いやだからそういうことじゃねえって。何と言うか、ヒューマノイドってこと」

「ああ、そういう意味ね。あんた汎用人型決戦兵器だものね」

「いや僕兵器なの?」

「アシモみたいなものよ」

「絶対違うでしょ」

「で……、何を訊きたいの?」

 僕は落ち着いて言葉を探す。

「ええと、母さんは僕をどこで拾ってきたの? 母さん研究所とかに勤めてたの?」

「全然。そんな賢くないわよー、母さんは。あんたはねえ、パチンコの景品で貰ったの」

「景品!? え、僕、景品なの!?」

「アイボと一緒に並んでたのよ」

「嘘でしょ⁉」

「家族ロスがありませんよーって触れ込みで置いてあったわよ、あんた」

「知りたくなかったー!」

 父さんが会話に入って来た。

「母さん、今日の夕食何?」

「いや父さん、今はそれどころじゃ……」

「カレーよ」

「よっしゃあ」

 ガッツポーズする父さん。あれ、僕がおかしいのか? 自分がアンドロイドだって知って結構衝撃があったんだけど……。まあいいか。

「で、母さん。僕マッチョになりたいんだけど、それって可能かな」

「あー」と母さんは少し考えて、「パーツを替えればいけると思う」

「パーツ……」

「あんたプラモみたいなものだからね。あたしが組み立てたし」

「あ、僕バラバラの状態で景品になってたんだ」

「そうよー」

 母さんはキッチンに行って、夕食の準備を始めた。

「で……、どこに行けばそのパーツを貰えるの?」

「えっとねえ……、確か山梨県の山中にアンドロイド研究所があったはず。そこで貰えるんじゃない?」

「山梨かあ……。遠いなあ。ここ九州だよ?」

「あ、思い出した」と母さんは手を叩いて、「ここにも研究所あったかも。どっかの山中に。佐賀とかの」

「研究所は山中にある決まりなの?」

 母さんはとある山の名前を口にした。そこに研究所があるはずだ、と。

「そこに行けばマッチョになれるってわけか……」

 僕は休日にその研究所を訪れることにした。


 そういうわけで、僕は山を登っている。もちろん研究所にアポは取った。ネットで訪問の予約をすることができた。便利な時代である。

 木々が生い茂っている山の中腹に、その研究所は建っていた。装飾をすべて排した、シンプルなデザインの建物である。立方体コンクリート打ちっぱなし。硬い豆腐みたいなものだ。

 玄関らしきドアの横にあったインターフォンを押すと、「はい」と声がしたので、要件を伝えると、自動でドアが開いて、中に通してくれた。

 入ってすぐ、長い廊下が伸びている。壁や天井は真っ白。遠近感が狂いそうだ。左右にはドアがずらりと並んでいる。ドアの上にはアラビア数字が記されている。

「やあ」とどこからか声がした。天井辺りにスピーカーがあるのだろう。「2と書かれているドアを開けて、入ってくれ。そこに私がいるから」

 言われた通りに、「2」と書かれているドアを開けた。中に入る。

 やはり真っ白な部屋。真四角の部屋である。中央に白くて丸いテーブルと椅子があり、彼はそこに腰かけていた。

「やあ」と彼は片手を上げる。「よく来たね」

 彼は長くカールした茶髪に、分厚い紺の眼鏡をかけ、髭を生やしていた。格好はラフで、アロハシャツに黒の短パン。サンダルを履いていた。

「えーっと」

「早速本題に入ろう。時間は無駄にしたくないからね」

 手で促され、僕は椅子に座る。

「さて君は肉体をマッチョタイプに変更したいということだけれど、どういったタイプを想定しているのかな? 選んでくれる?」

 タブレットを渡された。そこには様々なタイプのマッチョが表示されている。僕はどうせならターミネーターになろうと思い、かなり大きめのマッチョを選択した。

「OK。で、どうする? 最終的にはこのタイプのマッチョになるわけだけれど、いきなりこんなマッチョになってしまっては、周囲を驚かせてしまうことになる。徐々にマッチョになる? それともすぐこれになる?」

「徐々に、だと……、料金とか時間とか結構かかります……、よね?」

「うん、その通り。倍以上違う」

「じゃあすぐにこれになります」

「OK。じゃ、早速改造に入ろう。ここを出て、7と書かれているドアに行って。そこにメカマニアの女の子がいるからさ。彼女が君を改造する」

「分かりました。ありがとうございます」

 僕は部屋を出て、「7」の部屋に行った。

 「7」の部屋は機材で溢れていた。モニターが壁一面にかけられていて、色々なコードが地を這って足の踏み場もない。ルーターやモデム(多分)がたくさんあった。

 奥の方から女性が出てきた。坊主頭で痩せた白衣を着ている女性だ。

「君か、例のマッチョ希望男子は」

「まあ……、そうです」

「すぐに改造するから、ちょっとスリープモードに入ってくれる?」

「眠るってことですか?」

「ここに布団あるから」と言って埃塗れの布団をどこからか出してきた。「ここでスリープ」

「その……」

 僕が口ごもっていると、

「強制でもいいんなら強制でやるけど?」

 と彼女が言った。

「あ、じゃあそれで……」

 と僕が言った次の瞬間に、僕の意識は飛んだ。一体何をされたのだろう。いや、多分、知らない方がいいな……。


 目覚めると、誰もいない部屋にいた。ベッドの上に寝かされている。

 起き上がる。鏡があったので、そこに自分を映してみた。

 マッチョになっていた。

 完全なるマッチョ。確実に名字はシュワルツェネッガーになっている。

 ようやく手に入れた……。

「よし!」

 これで彼女と付き合えるぞ!


 二日後。

 僕が登校すると、みんな僕を驚きの眼で見た。ざわざわしているのが肌で感じられた。僕は注目の的だった。

 教室では、クラスメイトが僕を質問攻めにした。「どうしたんだよ」「何があった」「どうしてそうなった」「やばい薬とかじゃないよね?」

 僕はそれらの質問に「まあ改造したからね」と答えた。みんな「いやどういうこと……」といった、釈然としない感じだったが、僕は気にしなかった。この小さなことは気にしないという能力、それこそがマッチョパワーである。

 放課後、僕は彼女を体育館裏に呼び出した。

 彼女は僕を見て、驚いた顔をしていた。

 よし……、いいぞ! いい感じだ!

 僕は勇気を出す。

「君好みのマッチョになったよ。僕と付き合ってください!」

 僕は彼女に告白した。

 よし! これでようやく付き合え――


「いや、無理無理」


「……え?」

「いや、怖いから、そんなムキムキな人。それに、マッチョがタイプだって断ったのは、断る口実だから。あんたがどんなマッチョになろうと、私あんたの性格が嫌いなんだから付き合うわけないっしょ」 

「いや……、え?」

「マジ怖……、何なの、あんた」

 そう言って、彼女は去っていった。

 ……え?

「マジか……」

 僕の両目から涙が大量に零れた。

「マッチョとかいう問題じゃなかったんか……」

 振られたのは、そこが原因じゃなかったのか……。

 どうやら、筋肉はすべてを解決するわけじゃないっぽい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カイはあったのか 春雷 @syunrai3333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説