放課後屋上クラブ

高見南純平

風のように

 放課後屋上クラブ、それは非公式の部活動である。

 だって活動内容、ここでたむろしてるだけだから。

 一応、俺が部長ってことになってるけど。


 春の涼しくも花粉を含んだ風が、屋上に吹き流れていく。なんか鼻がむずむずしてきた。


 特にやることもないので、俺は鼻をかみながら、部員たちに目をやった。


「暗黒神龍 ガエザルス! プレイヤーにダイレクトアタックじゃい!」


 坊主頭のカイバラが、ま~た大声でトレーディングカードゲームをやっている。【ギジンカシンカ】っていうやつで、モンスターを擬人化したり進化させたりして戦わせるゲームだ。

 特に俺はやっていないけど、カイバラの奴がハマってるからなんとなく知識だけはついてしまった。

 確か、夕方の六時ぐらいからテレビアニメがやってる。

 ちなみに、カードの対象年齢は小学生である。


 そのため、高校ではやってる奴がほとんどいないようで、部員であるシンジロウがよく付き合わされている。


「うわ~、また負けちゃった。やっぱ、カイバラくんは強いね」


「あったり前だろ。お前に貸してるデッキ、弱いもん」


 せこ。デッキを持っているのはカイバラだけなので、シンジロウはいつも弱い方のデッキを貸してもらって戦わされている。

 それに付き合うシンジロウも、シンジロウだけど。


 そんなセコイことをしているからか、カイバラに罰が当たった。


「やっぱり、俺の暗黒神龍 ガエザルスは最強だぜ」


 机に置かれた、いわゆるキラカードと言われる眩しく光るそのカードを手に持とうとする。

 すると、その時ちょうど、東の方から強い突風が吹きあれた。


 これにより、カイバラのキラカードを含むカード何枚かが、机から離れていく。そして誰かの手によって操られているかのように、カードたちは日が落ち始めた空へと向かっていった。

 そのまま屋上を飛び出していく。。


「あぁぁああああああ! 俺の暗黒神龍 ガエザルスぅぅぅううぅ!!」


 カイバラは咄嗟に手を伸ばすも、一枚も掴むことは出来なかった。彼のフェイバリットカードは、おそらく校庭の方に落ちて行った。


「屋上でカードゲームなんかするからだ。こうなることは予想できただろ」


 俺は哀れに思いつつも、当然の結果だと思っていた。

 なんなら何度かこんなことは起きてる。まぁ、屋上の柵を超えていくのは初だったけど。


「うっせぇ! おいシンジロウ! 探しに行くぞ!」


「分かった。虫取り網、いるよね」


「おぉう! 昆虫部の奴らに借りに行くぞ!」


 俺は2人が虫取り網を持ちながら、風に乗って過ぎ去っていくカードたちを追いかけていくことを想像する。

 ほんとうにこうなるかは分からないけど、こいつらなら再現できそうだ。


 カイバラとシンジロウは、何故か楽しそうにしながら、屋上を走って出ていった。高3っていうのに、ガキ丸出しだな、あいつら。


 この2人がいなくなったから、少し静かになるかと思いきや、そうでもなかった。い今、放課後屋上クラブではよくある展開が起きているからだ。


「部長、大変です!」


 そう切り出してきたのは、眼鏡をした後輩のアトマツリだ。手には双眼鏡を持っている。

 彼は屋上から学校の周囲を観察するのが好きなのだ。けど眼鏡で双眼鏡を覗いているせいで、眼鏡の跡が鼻の所に残りやすいらしい。


「な、なんだよ、今日は」


「野球部の連中が、水泳部の着替えを覗こうとしてます!」


「の、覗き??」


 覗き、って野球部の奴らも馬鹿だなぁ。確かにエロそうな連中が入部していた気がするけど。自分で女性用の下着を買うサンノとか、女性専用車両の隣の車両にいつも乗っているコウメとか。おい、俺の同級生ろくでもねぇな。


 そのセンシティブな反応に俺はもちろん反応したが、人一倍反応したのは、この非公式クラブの顧問だ。


「アトマツリ君、それ本当??」


 顧問のニイバシ先生。それなりに美人なんだけど、母親みたいに口うるさいことで有名。のわりに自分も校則をやぶりがちという、「お前が言うな」を象徴する先生である。

 この非公式クラブの顧問になった理由は、「屋上にいる俺らを監視する役目」ということで、部活動の顧問を援助できるから、らしい。一生懸命なのか怠け者なのか、よく分からない人だ。


「はい、先生! だから僕、ちょっと言ってきます! 混ぜてくれ、って!」


 純粋無垢な顔でこちらに笑いかけると、アトマツリは先発の2人同様の俊足で屋上を走り抜けていった。

 そうだった。あいつもエロがっぱだった。


「ちょ、ちょっと! 校舎を走るんじゃありません!」


 ニイバシ先生は慌てて、アトマツリを追いかけていった。怒るとこそこかよ。てか、先生もめっちゃ走ってるし。


 はぁ、平常運転だ。


 こうして、俺以外の部員と顧問が全て姿を消した。


「はぁ~、なにが放課後屋上クラブだよ」


 俺の想像では、屋上で優雅にだべったりする集団になる予定だった。まぁそういう面はもちろんあるんだけど、だいたい部員たちがどっかに飛び出て行ってしまう。

 ここに来ると開放感が出るのか、皆じっとしていられない。あとは寒かったり暑かったりで結局教室に移動したり。もともと落ち着きのない奴らが多い、ってのはあるけど。


 少しあくびをしながら、俺はカイバラたちがセッティングした机に近づく。これはカイバラが3年D組から持ってきた、シンジロウの机である。あいつ、自分の持ってこいよ。


 机には散乱したカードたちと、それを収納するデッキケースが置かれていた。


 【ギジンカシンカ】か。


 実は夕方にやってあるテレビをチラッと見たことがある。弟が視聴していたのが、たまたま目に入った。

 それが意外と面白かった。登場人物の多くは、モンスターの擬人化なので、すぐに人を食おうとするなど、ハチャメチャ具合が嫌いじゃなかった。


 俺は机に置かれたキラカードを一枚とる。

 天竜 マゴロミア。

 竜って書いてあるけど、イラストは美少女だった。


 一昨日ぐらいに見たアニメを思い出した。


「て、天竜 マゴロミア プレイヤーにダイレクトアタック! ……」


 めっちゃ恥ずかしい。

 けど、叫ぶとなんだかアニメのキャラになった気がして楽しかった。実はこのゲームに、少し興味が湧いてきていた。


 って、何やってんだが俺は。


 急に冷静になって俺は机から後ずさりした。


 すると、屋上の扉の方から「ピコン」と変な音が鳴った。


 俺は音のなる方を振り返ると、そこには虫取り網を持ったカイバラの姿があった。昆虫部、貸してくれたんだな。


「っな、なんでお前が」


「いや、カード置きっぱなの思い出してさ。また風で飛んだら嫌だし」


 まっとうな理由を述べながら、こっちに近づいてくるカイバラ。一旦虫取り網をっ机に立てかけて、散乱したカードを綺麗にカードケースに入れた。


「そっか。な、なぁ、今の見た?」


 俺はそのことが気になって仕方がなかった。俺もこの屋上の魔力にやられたのか、かなり思いっきり叫んでしまった。


「見た。なんなら、撮った」


 カイバラは嫌な笑みを浮かべながら、顔に近くにスマホも持ってきた。


「と、撮った!? おい、消せよ!」


「消してほしかったら、俺の暗黒神龍ガエザルスを探すんだな。見つけなかったら、皆にばらまくから」


 こいつ、期末テスト学年最下位のクセに、こういう悪知恵は働くんだな。


「っち。分かったよ。待ってろ、暗黒神龍ガエザルス!」


 仕方がないから俺は虫取り網を手にして、屋上を後にした。

 すると後ろから「おまえ、このゲーム好きだろ」っと、ツッコミを喰らった。


 はぁ、俺も俺で馬鹿だな。


 こうして、放課後屋上クラブ 総勢8名のメンバー(顧問を含む)は、全て屋上から姿を消したのだった。


 もう、意味合ってんの「放課後」の部分だけじゃん。


 っと、俺は自分で自分の作った非公式部活名にケチをつけたのだった。





【補足・先に出ていったメンバー】


 ・日直の仕事を忘れていたナゴミさん


 ・サッカーがしたいから、という理由でサッカー部に交じりにいったトウジマちゃん


 ・道端でミカンを落とした老婆を見つけて助けに行ったワダヤマくん



 以上、放課後屋上クラブでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後屋上クラブ 高見南純平 @fangfangfanh0608

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ