第13話 綱


 少し不満そうな表情をした教官は、ジューネスティーンとシュレイノリアを交互に見た。


「なんだ?」


 ジューネスティーンは、先程、コテンパンにやられた事もあり威圧感を感じていた。


 その様子が表情に出ていたのを教官は感じ取っているようだが、教官は自身の表情は崩さずジューネスティーンを見ていた。


 ジューネスティーンとしては、威圧されているように感じていたが、ここで逃げる訳にはいかない。


 すぐそばには、保護者のように付き添っているシュレイノリアが居る事もあって、仕方なさそうに言葉を続けるしかなかった。


「格闘技は、大変興味深いと分かりました。武器が無くなったとしても戦える力を持てたら、どんな状況でも奥の手を持っていると思える事で、心に余裕を持てると思いました。ですが、本当の格闘技の強さを持つなら、もっと、力をつける必要があります」


 教官は、何を当たり前の事を言うのかと思ったようではあるが、そんな事より練習しろとでも言いたげな表情をした。


「言わんとしている事は分かる。そのためにも練習する事が大事なんだ」


 教官は、練習もせずに、話をしに来た事が少し不満そうに答えた。


 ジューネスティーンとしたら、ここで引き下がりたいと思ったようだが、そんな訳にはいかない。


「はい、ですが、自分には、筋力が足りません。ですので、必要な筋力をつけるための方法を考えたのです。筋力を付けるだけなら、授業を受ける時間以外でも練習は可能です。技術は授業で習得できますが、筋力は授業だけでは付けられないと思いますので、休憩時間等を使って効率的に筋力をつけたいと思います。それが出来れば、格闘技の能力向上につながると思います」


 それを聞いて、教官は少し興味を持ったのか表情を変えた。


 格闘技の練習以外の方法で強くなれる方法が有るなら聞いておきたいと思ったようだ。


「教官に投げられた時の事と、さっきの解説を聞きながら考えたのですが、実際に格闘技が必要になった場合、技術は知っていても、それを実行するためには、弱い筋力では無理があると思いました。ですので、空いた時間を使って、効率よく筋力を付けたいのです」


 同じような事を続けられたが、その意見には、教官も納得できた。


 過去の生徒達の事を考えると、冒険者として素手で戦う可能性の低さから本気度が低いと思っていたが、ジューネスティーンには、過去の生徒達とは違い本気で格闘技に取り組もうとしていると判断し、その方法が気になった。


「ほー、お前には、いいアイデアが有るみたいだな」


 話に乗ってきた教官に対して、ジューネスティーンはホッとして、少し肩が下がったように見えた。


「はい、相手の重心を崩す時は、力と力の鬩ぎ合いになるはずです。その時の力をつけるには、こうやって相手を引き付ける力をつける必要があります」


 ジューネスティーンは、そう説明をすると、腕を引き付ける行動をしてみせた。


 それは、格闘技における崩しで一番大事な部分であって、崩しが上手くなければ技はまともに掛かることはない事を、長年指導に当たっていた教官にとっては、当たり前の事として理解されていた。


 それが、初めての授業で、コテンパンに倒されていたジューネスティーンから、授業以外にも練習したいと言われて、格闘技の有効性を理解してくれたと思えたのだ。


 昨年までの生徒達は、より実践的な授業として、剣、槍、弓、魔法等、冒険者として有用だと思われている武器を使った授業に対しては、積極性が見えていたが、素手でとなる格闘技は、誰もが単位を取れれば良い程度に出席するだけだった事もあり、教官としてはあまり面白くは無かった。


 今年もそうなるだろうと思っていたのだが、教官は思わぬところから格闘技の授業の地位を上げられるのではないかと思えたようだ。


 教官は、話しかけた時とは別人のように表情を変えた。


「そうか。だったら、授業以外の時間にする練習とは、どういったものなのかな」


 これなら、要求も通る可能性が高いとジューネスティーンは考えたようだ。


 実際、それほど高額な設備の追加にはならないだろうと思っていた事もあり、教官が許可を出せば学校側としても、予備費などの何らかの予算から設置してくれる可能性が高いだろうと思っていた。


「はい、引き付ける力を付けるために、腕を使って登ることを考えてました。ですが、ここは格闘技場ですから、壁に登るための物を付けるのは不味いはずです。それで、天井の梁から綱を下ろして、その綱を登る事で腕の筋力をつけたいのです。ですが、ここには、綱が無いので、天井の梁に綱を付けて欲しいのです」


 教官は、ジューネスティーンの言う綱上りが、筋力を付けるために有効な手段だと理解したが、自分自身は、筋肉も多く、体も大きい事から自身の体重も重い。


 腕力があるのに、自身の体重を支えて綱に上るだけの力は無かった。


 腕力以上に体重を付けていたので、自身は綱に上る事ができなかった事もあり、効果が高いとは思っていたが、綱の設置は見送っていたので、ここには、その綱が無い。


 その提案は、腕の筋力を付けるためには有効な手段であり、そして、腕の筋力と同時に上半身の筋力強化にもつながる。


 それは、他の剣技、弓等を使うにしても必要な筋力となる。


 ならば、生徒達の筋力強化のために、綱を設置する事となれば、学校としても許可は容易になるはずである。


 教官は、天井の梁を見てから床を見た。


 それは、必要な綱の長さを目測で測っているようだった。


「なるほどな、……」


 教官は、自身で使う事ができなかった事もあり、綱の設置を見送っていたが、ジューネスティーンの要請を聞いて設置しようと思ったようだ。

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