第5話 ジューネスティーンの思い


 レィオーンパードが教官と戦っている最中に、ジューネスティーンも体力が戻ったのか、寝転がった状態から体を起こしていた。


 10代半ばのジューネスティーンは、体力の回復も早く、足を曲げて、その足を両手で覆うようにして、膝に口を隠すようにしつつ、レィオーンパードと教官の戦いを鋭い眼差しで見ていた。


「クソォ! クソォ! クソォ!」


 ジューネスティーンは、顔を近づけなければ分からないような小声で呟き、視線だけは、2人の動きに集中していた。


 だが、レィオーンパードが教官に捕まってしまい、ジューネスティーンと同じように一方的にやられ始めても、観察する事を止めずに、その様子を目を皿のようにして見ていた。




 その時、レィオーンパードの攻撃が当たった瞬間の見て様子が変わっていた。


「そうか、教官は自分の力だけで投げ飛ばしていないのか」


 教官は、レィオーンパードの顔面への攻撃を受けたが、それは教官がレィオーンパードに顔面への攻撃を誘い、腕を取って投げ飛ばし、床に叩きつけた様子を見て呟いていた。


 レィオーンパードの拳は、教官の顔面にヒットしたのだが、教官は拳が当たった瞬間に首と体を拳の動きに合わせて動かすことにより、拳の威力を半減させつつ、その拳を掴んでいたのを見て何かを掴んだようだ。


 そして、ジューネスティーンは、その後の動きも注意して見ていた。


 教官の動きは、レィオーンパードの拳を、そのまま送るように、殴ってきた力を押し潰すのではなく、その力を利用して投げ飛ばしている事を見逃さなかった。


 タイミングを合わせ、そして瞬時に相手の力を利用するという高等テクニックを見たのだ。


 その後は、立ち上がった瞬間にレィオーンパードは投げ飛ばされていたが、それも立ち上がり際に技を掛けて投げ飛ばしていた。


 しかも、片手を握った状態で逃げられないようにしつつ行われていたので、レィオーンパードが立ち上がる瞬間に、その腕を投げる方向に振っていたのだ。


 教官は、レィオーンパードが立ち上がる様子から、次に投げ飛ばす方向も技も決めて投げ飛ばしていたようだが、教官としたら頭で考えてというより、無意識に反応して投げているように見えていた。


「あの攻撃を成立させるって、……」


 ジューネスティーンは、教官がレィオーンパードを投げ飛ばしている様子を見つつ独り言を呟いた。


 ジューネスティーンとレィオーンパードは、冒険者としてのスタートを切っていたが、魔物と対峙するにあたり、一般的な冒険者と同様に武器による戦いだった。


 そんな一般的な考えからしたら、素手による格闘技など考えも及ばなかった事もあり、ジューネスティーンは、教官にあっさりと一方的に倒されてしまい、その後に挑戦したレィオーンパードも同様だった。


 自分が簡単に負けてしまったが、それだけで終わらすつもりは無く、レィオーンパードの様子を確認して簡単に倒された理由を見ていた。


 それは、反撃するための対策を施す事を考えていたのだ。




 負ける事を良く言わない人も居るが、負ける事は悪いことではない。


 それは、負けても良い場所で負ける事は、問題点の洗い出しを行える事になる。


 負けた原因を明確にする事で、その原因を取り除く事になり、対策を施すチャンスだと言える。


 そうやって、絶対に負けられない状況の時に勝つことを考える。


 どんな技にも弱点というものはある。


 技に対する返し技というものも存在する。


 力だけで技を受けるなんて事は、圧倒的な力差がなければ受けられるものではないのだ。


 しかし、教官は、圧倒的な力が有りそうな屈強な体をしているが、力任せで技を掛けるような事はせず、相手の力を利用しつつ、バランスを崩しながら最小限の力で投げるようにしていた。


 それは、力だけで何とかするのではなく、相手の力を利用して倒すことを生徒達に見せるつもりでもあったようだ。


 相手の力を利用したら、自分の力以上のことができると生徒達に見せる事が目的だったが、それを初めて格闘技を見た生徒達には伝わってはいなかっただろう。




 レィオーンパードも動けなくなるまで程投げられたので、ジューネスティーンと同じように連れてこられ、体育座りをしているジューネスティーンの横に放置された。


 ゼエゼエと荒い息をしつつ、大の字になっているので、少し可哀想だと思った様子でジューネスティーンはレィオーンパードを見た。


「レオン。大丈夫か?」


 レィオーンパードは、答えようと口を動かそうとするが、呼吸が整っていないこともあって言葉にならないようだ。


 だが、それも徐々に戻ってきた。


「に、い、ちゃん。……。あれ、何だ、たん、だ?」


 レィオーンパードには、何であんなに簡単に投げられてしまったのか理解できないと思った事を話していた。


「ああ、何も出来なかった。あんな、素手で、人を倒す方法が有るなんて、知らなかったよ」


 お互いに、教官から、コテンパンにやられてしまった。


 ジューネスティーンは、最初に晒し者にさせられるように前に出されて、なす術なく倒されてしまった事が悔しかったが、その後に弟分であるレィオーンパードも同じようにやられていた事から気持ちが落ち着いてきた。


 そして、レィオーンパードを倒す教官を見ていた事で、おぼろげにヒントが見えてきていた。


「にいちゃん。あの教官を、ギャフンと言わせたいよ」


 その言葉にジューネスティーンも同じように思ったようだ。


「ああ、そうだな。せっかく、一緒に入学できたんだ。卒業までに、あの教官を倒せるようになりたいな」


 お互いに、簡単に倒されただけでは終わりたくはないと思ったようだ。

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