第3話 来訪者は由緒正しいお坊ちゃん

「婚約者の無実を晴らして、本来の婚約者と結婚とはどういうこと?あなたの婚約者は元々は違う人の婚約者だったって事かしら?」


「あ――はい、そうです。僕の現在の婚約者は由緒正しい家柄のヒルデガルド・クリングヴァル公爵令嬢です。この国イクイルール王国を建国した王を献身的に支えた妃の実家です」


「ええ、私ですらクリングヴァル公爵家は知っているわ。でもあなたはオーケシュトレーム子爵でしょ?家格が合わないわね」


「僕は本当はレーヴェンヒェルム公爵の息子で、今は近衛騎士団の団長をする為に一時的にオーケシュトレーム子爵を名乗っています」


うーん、どうして貴族ってのは無駄に苗字が長いのか……ではなくレーヴェンヒェルム公爵も知っている。


確か元々はイクイルール王国に隣接していた国家で、建国王の思想に感銘して自ら属国化を申し出た王の末裔だ。かつてあった王国名を苗字とし、レーヴェンヒェルム公爵と言うんだった。


その息子だとすれば正真正銘のお坊ちゃんだ。そして12歳にして、王国の花形である近衛騎士団の団長とは……将来を約束された様なものじゃないか。

そう考えると公爵家同士の政略結婚もあり得るが……。


「それで?現在はあなたの婚約者だと言うヒルデガルド嬢は誰の婚約者だったの?」


「第一王位継承権を持つ王太子であらせられるターヴェッティ・イクイルール様の婚約者でした」


また、名前が長い……。しかもこれまた舌を噛みそうな名前だ。どうしてこんなに貴族の……以下同文。


「では冤罪と言う根拠は何?王太子の婚約者を降ろされるのだもの。よっぽどの事をしたんじゃないの?」


「それは……」

アウグスティン(もう名前が長くて面倒臭いから、お坊ちゃんと呼ぼう!)は重い口を開いた。


この国の王太子の婚約者としてヒルデガルド嬢は王太子妃教育を幼い頃から受け、誰もが認める美しい淑女として成長した。だがそれでもこの世の中には足を引っ張ろうとする輩も多く、貴族間で開かれる昼の交流会や、夜会などで常に注目の的となっていた。


そんなある日、ヒルデガルド嬢はマリア・アッカネン伯爵令嬢(短い名前で良かった!)に故意に熱湯をかけ、火傷を負わせてしまった。

マリア・アッカネンは常日頃からあからさまに王太子にアプローチをし、王太子もまんざらでもなさそうだった。その為、貴族間でも第二婦人候補かと噂されていた。


「ふ〜ん、それでヒルデガルド嬢は嫉妬して熱湯をかけたと言うわけね?令嬢に火傷までさせてしまたったのならヒルデガルド嬢が悪いわね。未来の王に嫁ぐんだもの、愛人のひとりや、ふたりや、3人や10人位許さなきゃダメでしょう?」


「じ……10人⁉︎ オルガ嬢はなんて事を言うんですか!いえ――そもそもヒルデガルド嬢がそんな事をするわけがないでしょう!」


「だって、それってガーデンパーティーでの出来事でしょう?目撃者はたくさんいるんでしょう?」


「王妃主催のパーティーで男性は入れませんでしたから、僕――あ、私は知らないのですが、大勢の人が目撃したと聞いています」


どうやらお坊ちゃんは、一人称『僕』から『私』に変更中かぁ。かわいいわね。


ではなく!目撃者が大勢いるなら、お坊ちゃんには悪いけれど冤罪とは考えにくい。本当に腹が立って熱湯をかけたかもしれない。もしくはなんらかの理由があってそうしたのかもしれない。穿った見方をすると目撃者全員が何らかの理由で嘘をついているのかもしれない。


どちらにしろお坊ちゃんの願いの一部が『婚約者の無実を晴らす』となると、罪を犯していなければ良いけれど、犯していたら私は願いを履行できなくなる。


『魔女の施し』は来訪者の願いを完璧に叶える事が必須だ。逆に言うと叶えられるまでは契約に縛り付けられる。そういう意味では簡単に願いを受諾するわけにはいかない。これが魔女側の切実な事情だ。


「そう……では『婚約者の無実を晴らす』を『マリア嬢が火傷を負った(もしくは負いそうになった)原因を調べる』……に言い換えて良いかしら?」


「――?えっと、そうですね。ぼ……私の言っている事と何が違うのか分からないですが、それで大丈です」


同じかも知れないけれど、言い換える事で変わるのよ!と叫びたいけど、相手は子供……にこやかに笑って、「ありがとう」と言ってあげたわ!


私はこれができる魔女!さて、次は……私は思考を巡らせる。

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