第2話 訪問者はかわいいお坊ちゃん
「初めまして僕……あ、私の名前はアウグスティン・オーケシュトレームと申します。爵位は子爵です」
ちょこんと椅子に掛けた坊やにミルクを差し出すと、それでも
「僕はこう見えて12才です。子供扱いはやめてください」
いや……12歳は子供でしょう?って突っ込みたいところだけど、大人気ないからやめておこう。
指を鳴らして、ミルクをふくよかな香りを鼻に届ける紅茶に変える。するとアウグスティン(どうでも良いけど名前が長いし、舌噛みそう)は瞳をキラキラと輝かせた。
やっぱり子供じゃない……。
ミルクから紅茶に変わった飲み物を怪しむことなくアウグスティンは口につけ、私の部屋をキョロキョロと見回している。少し背の高いオーク色の椅子に座る彼の足はブラブラしている。……やっぱり子供だ。
「オルガ嬢のお部屋はハーブがいっぱいですね。とても良い香りで落ち着きます。まるであなたの優しい心を表すかの様ですね」
「あら?ありがとう」
とは言えど腐っても貴族らしい。まずは褒めることから会話を始めるようだ。
私は彼の対面にどっこいしょとは言わないで、すらりとドレスを翻しながら掛ける。椅子は浅く掛けて背筋を伸ばす。これが美しい所作というものだ。
魔女である私の部屋は異空間にいくつもある。何LDKとか忘れた。そもそも汚部屋だってあるし、実験途中で暴走した何かをそのままなかった事にした部屋もある。正直作りすぎて覚えていない。そして今、アウグスティンと私がいるこの部屋は『魔女の施し』用の部屋。魔女の部屋ってこんなのかしら?と人間が思うであろう部屋を、魔女達みんなで妄想で作り上げたものだ。つまりどの魔女の部屋に行ってもこんなものだ。
ちなみに大樹の
そしてこの部屋は天井からここぞとばかりにハーブが吊り下げされている。内観はログハウス風の丸太を組み合わせたような部屋だ。そして部屋にはオーク調の丸いテーブルがひとつと椅子がふたつ。『魔女の施し』は原則ひとりしか受けられないから、椅子は2脚で良いわけだ。
向かい合わせて座る子供扱いはやめてと言う男の子を改めて見る。
ミルクティのような髪はスモーキーべジュ色で子供特有の柔らかさでサラサラとしている。短い髪で男の子だと分かるが、ぱっちりした瞳は女の子のようにも見える。ミルク色の肌はもちもちしていて触ったら気持ち良さそうだ。そして印象的なのはその瞳の色だ。夜が朝に変わる時の空のような濃い紫と鮮やかな青のグラデーションの瞳に吸い込まれそうだ。
「オルガ嬢はお若いのですね。美しい妙齢の女性とふたりきりなんて落ち着かないです」
「あらお上手ね?」
うん、子供に言われても、なんの気も起こらない……むしろマセガキとしか思えないわ。
それにしても貴族というのはまどろっこしい。これが平民だったらすぐに願いを言うのだけれど、貴族は本題を出すまでに相手を探るように、色々と話題を出してくる。正直、天気の話とか時世の話とか色々でてきたら面倒臭い。確かに私は暇人だけど、暇じゃない。
「ねぇ、坊や……私には色々やることも多いのよ?だからさっさと本題に入ってくれる?」
「坊やと言うのはやめて下さい。僕にはアウグスティンと言う名前があるんです」
ぷくっと膨らんだ頬は子供の証じゃないかしら?とは思うが、無視して本題を進めよう。
「ではアウグスティン……あなたの望みを言いなさい。魔女オルガがなんでも叶えてあげるわ」
「なんでもと言うのは交渉ごとに置いて一番の悪手ですよ。僕が悪者だったらどうするんですか?」
「あら、言うわね。でも大丈夫よ……『魔女の恩返し』を受けるものが悪者であるはずがないもの。それともアウグスティンは私に何かするのかしら?」
「な――何もしません!なんてことを言うんですか⁉︎」
「あら?何を想像しているのかしら?困ったわね」
くすくす笑ってみせると、アウグスティンは真っ赤な顔を腕で隠した。やっぱり子供ね。
200歳を舐めんな!
「う……願いを……言います!言えば良いんですよね?」
「そうね、的確に簡潔によろしくね?」
すると一呼吸しアウグスティンは真剣な目つきをした。やはり人が願いを言う瞬間が一番ドキドキする。
「僕の婚約者の無実を証明して、本来の婚約者と結婚できるようにしてください!」
「……………………は?」
簡潔すぎると魔女ですら分からないらしい。私は頬杖をついていた顔をずるっと落とした。
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