第16話
ルミエール対ゴドリックの試合が始まる直前のこと。
ルミエールの姉であるセリシャは、騎士団長のケルッソと共にスタジアムを訪れていた。
スタジアム来訪の目的は、ネンドウ少年を守ることにある。
と言うのも、学園都市に集まった邪教徒が大挙して少年を襲うのなら、春の武闘大会というイベントを利用する他ないと考えたからだ。
騎士団の団員たちが他の業務で忙しかったため、トップの2人が少年を防衛するべく足を運んだ形になる。
セリシャとしては、妹の活躍を観戦したいという目的もあったため二度美味しい展開である。
「……団長。敵はいつ動き出すのでしょうか」
「さぁな」
フードを深く被り直し、2人は観客席に潜む怪しい人物を探す。
「……スタジアム内をくまなく探し回ったが、不審物は無し。邪教徒と思しき不審者も見当たらない、か……」
「相手の出方が分からないと、こちらとしても動きにくいですね」
スタジアムのあらゆる場所を歩いたが、『HIDDEN STONE』に値するような不審物はなし。
何よりネンドウ少年を暗殺しに来るような邪教徒の姿が見えないとあって、2人はただの観戦客と化していた。
「ネンドウ君は派手にやってるな」
「相手のモブエー・デバンナシも、やれば出来る魔剣士だと思うのですが。こうもあっさり決着するとは、流石英雄ですね」
ネンドウとモブエーの試合を普通に見届けたケルッソは、昔は自分もあんな風に剣を振っていたものだと感傷に浸りそうになる。
(……神聖な戦いの場である武闘大会を舞台に、ネンドウ君を暗殺するだと? そんなことは断じて許されない。邪教徒共め……必ず尻尾を掴んでやる!)
試合は進み、いよいよゴドリック対ルミエールの試合が開幕した。
そしてゴドリックがルミエールの異変に気付くと同時、セリシャも妹の異常に気付いた。
「団長。妹の様子が――」
錯乱したルミエールと、彼女を説得しようと試みるゴドリック。遠い観客席からでは彼らが何を話しているか分からない。
ケルッソとセリシャは嫌な予感を感じて立ち上がった。
ほとんど同時、陰で試合を見守っていたフェイドがアーティファクトを起動してしまう。
「「!!」」
2人は知らないことだが、ゴドリックがルミエールの洗脳を解いてしまったことで、邪教徒の作戦は大幅な変更を余儀なくされていた。
元々はネンドウ対ルミエールの試合中にアーティファクトを起動し、それからスタジアムを一斉占拠する手筈だった。
そのため、予定よりも遥かに早いアーティファクトの起動は全くの予想外。一般客に紛れていた邪教徒は激しく戸惑い、もたついてしまった。
ケルッソとセリシャは百戦錬磨の騎士だ。
言わば、戦況を把握する凄まじい直感を有する。
魔封領域が展開されると同時、2人は周囲の教徒にバレる前に屋内へと飛び込んだ。
そして彼らが屋内に隠れた直後、屋外スタンド席に紛れていた邪教徒がスタジアム内を占拠してしまった。
彼らは次々に『ヴァイオレット教徒』のシンボルたる
スタジアムの占拠が完了すると同時、ほぼ全ての人間は魔封領域の影響を受けて動けなくなった。
「……セリシャ。そっちは無事か?」
「はい。時間に限りはあると思いますが、問題なく動けます」
セリシャとケルッソは現状把握のために短い会話を交わす。
強靭な肉体と精神を持つ2人は、魔力を即座に奪われても一定時間動けるだけの体力があった。
無論、魔封領域下においてはしっかりと魔法は使えなくなるし、ずっと領域内に留まり続ければ衰弱してしまうのだが。
「英雄暗殺計画が始まったみたいだな。オレ達は運良く隠れられたけど、これからどうしようか……」
「確認できる敵は……100名程度でしょうか。あまり統率は取れていませんが、等間隔で観客を監視しているようです」
ケルッソはスタジアム外の団員に連絡を取ろうとするが、魔力を封じられていて魔法を飛ばせなかった。
彼はセリシャに対して力なく首を振る。
「魔法は使えない。『魔呪封印器』と似た効果のアーティファクト領域だろうな。それで……スタジアム中央にいるのは誰だ?」
「確か……フェイドという男ですね。学園の講師を勤めています。アーティファクト研究の最先端を行く優秀な研究者だったと記憶していますが」
ケルッソとセリシャは敵に見つからないようにしながら、スタジアム中央に現れたフェイドを目で追う。
なるほど、敵としてもイレギュラーな事態が起こっているらしい。焦ったようなフェイドの様子を見て、2人は視線を交わした。
「隙を見て邪教徒と成り代わるぞ。そして屋内に少しでも多くの人を避難させる」
「了解です」
邪教徒はフードを被っている。
それを逆手に取ってやろうという魂胆だ。
だが、のんびりしている暇はなさそうである。
フェイドがステージ中央に立ち、地面に倒れたゴドリックを踏みつけたのだ。
「皆さんこんにちは! 我らはヴァイオレット教団! 世界を救いに来た救世主ですよぉ!」
倒れ伏した観客に向かってフェイドが演説を始める。
「暁ネンドウという少年をご存知ですか!? 彼は『無力な英雄』の生まれ変わりです!!」
ケルッソはしまったと口に手を当てる。
この瞬間まで、暁ネンドウが復活した英雄と知る者はほとんどいなかった。
だが、フェイドの言葉によってスタジアムに押しかけた数万の人間が彼の正体を知ってしまったのだ。
何故彼の正体を明かす必要があるのかは不明だが、とてつもなく嫌な予感がする。
(奴らは何を考えている!? すぐにでも動かなければ! だがオレ達の隠密がバレた瞬間、人質に取られた一般人の命が……!)
(っ……動けない……!)
「さぁ!! 暁ネンドウは何処ですか! ヤツが現れなければ、スタンド席の観客を1人ずつ殺して回ってやる!」
踏み躙られるルミエールとゴドリックを見て、2人は奥歯を噛み潰す。
そしてフェイドの思惑通り、ネンドウ少年がスタジアム中央に登場してしまった。
「……!」
少年の表情は穏やかだった。
まるで己の死を悟っているかのよう。
「奴らに……力を……! 力を見せてやれ……! 邪教徒共に……報いを……!」
血みどろのゴドリックの掠れた声が、静寂の支配するスタジアム内を流れていく。
見ていられなかった。
聞いていられなかった。
ケルッソは通路の出口付近を通りかかった邪教徒を闇の中に引きずり込む。誰にも見られていない。腰から抜き放ったナイフを思いっ切り振り下ろす。
声を上げる暇もなく、邪教徒の喉元にナイフが突き立てられる――
――寸前で、止まる。
「お待ちなさい、御二方」
女性の声だった。
はっとして、セリシャが剣を抜く。
(屋内通路には誰もいなかったはずなのに……!)
「貴様、何者だ!」
セリシャとケルッソの目の前に、妙に肌面積の多い服を纏った少女が立っていた。
基礎色は黒。肩や胸、脚や腋などが惜しみなく露出されている。妖艶な褐色の肌と、フードから僅かに覗く真っ白い髪。顔は見えないが、セリシャは彼女の正体に思い当たった。
「まさか……ダークエルフ……?」
「……私の種族など大したことではありません。そんなことより、周りをよくご覧になってください」
謎の少女は指を鳴らす。
すると、屋内の闇の中から、邪教徒のフードを被った人間が新たに現れた。
「ど……どういうことだ……!?」
「ケルッソ様、セリシャ様。我らの目的は同じなのです」
「……!?」
謎の少女はケルッソとセリシャに向かって続けた。
「我らは邪教徒にあらず。……貴方達の作戦を一手先に遂行していたのですよ」
ケルッソは驚愕に目を見開いた。
ナイフを振り下ろす寸前で止まっていた邪教徒のフードを取り払うと、そこには過呼吸寸前になった歯の欠けた青年の顔があった。
(な……なに……!? 彼はいつかの大通りで見た顔だ! まさか、こいつらは既に本物の邪教徒と成り代わっているのか!?)
セリシャも同様の考えに至ったらしく、唖然と口を開いてしまう。
「今お考えの通りです。スタジアム内に配置された100人余りの邪教徒のうち、我々は20名程の入れ替えに完了しています」
「い……いつの間に……」
入れ替えを敢行したのは、フェイドがアーティファクトを起動する前のこと。
事前に誰が邪教徒かを察知した『
邪教徒の作戦を読み切り、数手先を進んでしまうとは。ケルッソは脂汗を頬に伝わせた。
「……アインスは酷いですよ、ワタシに作戦を伝えないなんて。……相当焦ってたんですよ?」
「ノインは単独行動で輝くタイプだと思っていたから、あえて今日のことは話さなかったのよ。すぐに助けに行ったんだから、許して欲しいものだわ」
アインス、ノインと呼ばれる少女達が軽妙な調子で会話する中、2人は置いてきぼりだ。
何より、そろそろ魔封領域の疲労が積み重なって苦しくなってくる頃合だった。
セリシャが力尽きて膝を折ると同時に、遂にケルッソも地面に崩れ落ちてしまう。
「ケルッソ様、セリシャ様、ここで倒れている限りは安全ですから、少し休んでいてください」
「……き、君達は……何者だ……?」
「我々は『
2人が動けなくなったのを見届けて、アインスとノインは姿を消した。
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