第14話



 時は数十分前に遡る。

 モヒカン先生とフェイド先生の揉め事が気になっていた俺は、スタジアム内を散策することにした。


「モヒカンせんせ〜フェイドせんせ〜」


 スタジアム内に臨時設置されたフードコートを含めて先生2人を探す。


 全然見つからない。


 もしかしたら人気のない場所にいるのかも、と思った俺は関係者用ゾーンを歩き始めた。


「ゴドリック君とルミエールさんの試合、もう始まっちゃってるかな……」


 そんなことを呟きながら歩いていると、ある部屋を通った時に鉄錆のような臭いを感じた。


 疑問に思って引き返す。


「先生? いるんですか〜?」


 扉をノックする。返事はない。

 ドアノブに手をかけると、妙な臭いが強くなった。


 その部屋の中は暗闇だった。

 明かりを探りながら足を踏み入れる。


 すると、水溜まりを踏むかのような感触が足裏に走った。


「うわっ! 水漏れか!?」


 慌てて明かりを灯す。

 その瞬間視界に入ってきたのは、血溜まりの中に倒れるモヒカン先生だった。


「おわあああぁぁぁ!?」

「……どうされました?」

「のっノインっ! 先生が死んでる!!」

「……落ち着いてください、まだ息はあります」


 俺の悲鳴を聞きつけたノインが、モヒカン先生に回復魔法をかけ始めた。

 一瞬で傷が癒え、青白かったモヒカン先生の顔色が戻ってくる。


 あれ、そういえばフェイド先生の姿がないぞ?

 ノインが先生を手当する間に机の下などを探し回るが、フェイド先生の姿は見当たらなかった。


「……ね、ネンドウ君……か……?」

「あ、モヒカン先生! 大丈夫ですか!?」


 モヒカン先生の意識が回復し、彼は気だるげに上半身を起こした。


「一体ここでなにがあったんですか!?」

「…………? ――そ、そうだ! ネンドウ君は無事だな!? ルミエールさんは今どこにいる!?」

「ちょ、ちょっと! 急に動くのは良くないですよ!」


 先生は俺の言葉を無視して立ち上がる。

 彼はとても焦っているように見えた。


「……ルミエール・ハーフストーンなら今ゴドリック・ヴェンダーと試合中です」

「話は後だ! 彼女は邪教徒の手先のフェイドに洗脳されている! 今すぐこのトーナメントを中止しなければ……!」


 フェイド先生が邪教徒の手先?

 ルミエールさんが洗脳されている?


 なるほど、全て理解した。

 つまり「モヒカン先生とルミエールさんが怪しい」という俺達の認識は間違っていて、実はフェイド先生がアッチ側だったわけだ?


 そうと決まれば後は早い。

 ノインにはルミエールさんの洗脳を解いてもらった上でフェイド先生を倒してもらおう。


 俺は先生をおんぶして医務室に向かった。

 彼は大丈夫と言って聞かないけど、抵抗する力があまりにも弱くて心配が勝る。


「お、オレは平気だ……教師の威信にかけてオメーらを守らなきゃいけねんだ……!」

「大丈夫ですよ。俺達が何とかしますから」


 そう。ノインとかアインスが何とかしてくれる。


「だけどよ……!」

「怪我人は休んでてください」

「わ、分かったよ。ただ……ひとつだけいいか? 奴らはこのスタジアムの何処かに魔法石のアーティファクトを隠している! そいつは魔封の領域を作り出す装置だ! どうにかしてぶっ壊さねぇと、みんな殺されちまう! ネンドウ君、どうにか止めてくれよ!」

「なるほど、分かりました」


 全然なにも分からなかったが、医務室のベッドに先生を寝かせ、俺はスタジアムへと向かった。

 その最中、一瞬だけ視界が歪んだ。


「ん?」

「……この感覚――まさか魔封の領域が展開された……!?」


 ノインが急に動きづらそうに身を捩り、顔を苦痛に歪め始めた。


 俺は何も感じないが、魔封の領域が展開されたらしい。

 ノインは仲間とコンタクトを取れなくなり、魔法による攻撃手段を失ってしまったのか。


 こっそり懐の中でスプーンを曲げてみると、ぐにゃりと問題なく湾曲した。

 やっぱり俺のスプーン曲げは魔力と何ら関係ない超能力らしい。


 とにかくスタジアムの中心部に向かおう。


 魔力枯渇に苦しむノインを支えながら階段を上り、回廊を進み。そして景色が一気に開けたその先。


 そこで俺は衝撃的な光景を目の当たりにすることとなる。


 静まり返ったスタンド。

 魔力欠乏により倒れて呻く観客達。

 動けない人々の周りに居座る、フードを被った集団。


 衆目の視線を集約する中央部には、地面に倒れた2人の学生の姿があった。

 ルミエールさんとゴドリック君だ。2人ともノインのように、かなり辛そうな顔をしている。


 だが最も目を引くのは、彼らを足蹴にする1人の男。

 豹変したフェイド先生の姿だった。


「暁ネンドウは何処ですか! ヤツが現れなければ、スタンド席の観客を1人ずつ殺して回ってやる!」


 フェイド先生を止めないとまずい。

 邪教徒の狙いは俺の命。とにかく俺がステージ中央に行けばなんとかなるはずだ!


「……ま、待って……ネンドウくん……行っちゃダメ……!」

「フェイド先生や邪教徒の狙いは英雄の命だ。俺さえ犠牲になればみんなは助かるはず……」


 急に血みどろの様相になってきて、正直精神が追いついてない。口ではこう言ってるけど、死ぬ覚悟なんて全然できちゃいない。


 だけど、フェイド先生に踏みつけられるゴドリック君やルミエールさんを見ていると、いてもたってもいられないんだ。


「ノイン。君は何とかここを脱出して助けを呼んで欲しい」

「……そ、そんな……!」

「マジで頼んだ。こっちはこっちで何とかする」

「……ネンドウくん――ネンドウくんっ!」


 悲痛な声を上げるノインを置いて、俺はスタジアム中央部に向かって走り出した。


 フェイドの待つステージ中央に辿り着くと、彼は仰々しい仕草でこちらに振り向いた。


「おやおやおや? 英雄様じゃないですかぁ! 嬉しいなぁ、仲間を助けるために駆けつけてくれたのかなぁ?」

「……英雄英雄って……マジに受け取ってる人間がこんなに多いなんて。本気で呆れるよ」

「ゴチャゴチャ言ってないでこちらへ来たまえ。友人が待っていますよ」


 地面に項垂れたゴドリック君を踏みつけるフェイド先生。

 目の前で友達を傷つけられ踏み躙られて、平和ボケしていた俺の精神がいよいよ煮え立ってくる。


 こいつら……俺のスプーン曲げの力をスゲー力だと勘違いしている間抜けではあるけど、人殺しを何とも思わないやべー奴らなんだ。


「ね……ねんどう……来るな……」

「!」


 途切れ途切れに言葉を漏らすゴドリック君。

 彼の言葉はフェイド先生の足裏によって踏み潰された。


 ゴドリック君の口から血が飛び散って、いよいよ俺は思考が沸騰するかのような激情に襲われた。


 この外道共は、俺を殺せばそれで満足してみんなを解放するのだろうか?

 いいや、皆殺しにされるのがオチだ。


 ……こいつら邪教徒は倒すべき。

 でも、どうやって?


 ……スプーン曲げで、一体どんな感じで倒せばいい……!?


「ネンドウ。早く来てください。これ以上血を見たくはないでしょう」

「う……っ」


 そ、そうだ……。

 ゴドリック君やルミエールさんが傷つくのは見たくない。


 何も考えるな、俺。

 とにかく懐に潜り込んで、スプーンを針みたく捻じ曲げて首にブスリと行けばワンチャンあるかもしれん。


 その考えに思い至り、懐に手を突っ込もうとした瞬間だった。


「……うふっ。うふふふっ……」

「……あ?」


 ルミエールさんが、笑い始めた。


「フェイド先生……貴方はおバカさんなのですね」

「……なに?」

「貴方は英雄の力を侮っている……。何故ネンドウさんが魔封領域の中で自由に動けているのか……何故わざわざ先生の前に姿を現したのか……その理由がお分かりにならないのですか?」


 ……ルミエールさん?

 多分その理由は違う。


「そ、そうか……ククッ、クハハッ! そういうことだったのかっ!」


 何かに納得して笑い声を上げるゴドリック君。


「!? 何がおかしいのです!」


 こればかりはフェイド先生に同意。


「……ネンドウ……! 力を使え……!!」

「えっ」


 ん?

 ゴドリック君が突然おかしなことを。


「奴らに……力を……! 力を見せてやれ……!」

「えっ……えっ?」

「邪教徒共に……報いを……!」


 いや、ゴドリック君?

 どういうこと?


「ネンドウさんっ、力を使ってくださいっ!! 貴方の力なら……このスタジアム内にいる敵を殲滅できるはずですっ!!」


 せ、殲滅!?

 っ……スプーン曲げでっ!?


「――は、ハハハッ! 面白い! 魔法を使えぬこの空間で! このスタジアム内にいる邪教徒100人とこの僕を倒せるとでも!?」


 いや、普通に無理です!

 そこまでの秘策はないです!


 ゴドリック君、ルミエールさん、そんな希望の眼差しを向けられても……っ!


 どどど、どうしよう。


 なんか……秘策で敵を蹴散らさないといけない雰囲気になってる。


 普通に無理なのに。


 フェイド先生を一突きするのも無理かもって感じなのに。


「ねんどおおおおお! 力を使えぇぇえ!!」

「ネンドウさんっ! 英雄の力を今こそ見せる時ですっ! 力を解放してくださいっ!」

「ハハハハッ! 見せてみろ英雄! その上で叩き潰してくれる!」


 や、やばい。やばいやばいやばい!


 どうするどうする――どうするっ!?


 期待。不安。恐怖。


 後がない。死にたくない。友達を助けたい。


 騎士団、邪教徒、『アルマみちびき』。


 ブラフ。勘違い。あわわ。


 あわわ、あわわわ……――






 …………ぷつん。


「――仕方ない、か」


 ――思考が爆発した。


 俺は懐から一本のスプーンを取り出し、天に掲げた。

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