第12話
いよいよ迎えた武闘大会当日。
学内外の来客が入り乱れる学園のスタジアムにて、俺は1回戦の相手であるモブエー・デバンナシ君と打ち合わせをしていた。
「モブエー君、手筈通り頼むよ」
「そっちこそネンドウ君。限定パフェの引き換えチケット、本当に貰えるんだよね!」
「もちろんさ。全ては君の演技力にかかってる。演劇部の実力を見せておくれよ」
「よし分かった! じゃあ手筈通りに!」
そう言って小太り金髪の少年は控え室へと消えていった。
モブエー・デバンナシ君。戦いに不慣れそうなわがままボディの気弱な少年だ。
彼は罰ゲームで武闘大会にエントリーさせられたらしく、その噂は俺の興味を引いた。
話してみると、痛いのが嫌だ、早く負けたい……と。
そんな調子だったので、スイーツをチラつかせて買収してみたわけだ。
「……ネンドウくん、英雄の力を見せつけてください」
「あぁ。ノインは俺の勇姿を焼き付けておけよ」
「……はいっ」
ほら、こういう怖い人達が見てるから派手に勝たなきゃいけないのよ。
俺はノインに見送られて、光の中のスタジアムへと歩き出した。
『いよいよ始まりました、第79回武闘大会!! みんな盛り上がってるかぁい!?』
実況の煽りと共に、鼓膜が破れるかと思うような大歓声が湧き上がった。
殺せ! 死ね! という応援の声が俺の背中を押してくれる。
『第1回戦を戦うのはこの2人!!』
『赤コーナー、モブエェェデバンナシィィィ!! 青コーナー、ネンドォォォォアカツキィィィ!!』
ものすごい巻舌と高音の実況。
実況席のテンションに吊られて、腹の底が震えるような大歓声が響き渡る。
スタジアムの中央で立ち止まった俺とモブエー君は、雰囲気を盛り上げるために睨み合って胸をぶつけ合う。
「いいかい2人とも。どちらかが戦闘不能になるかリングアウトしたら戦いはお終いだ」
俺達の間に立ってルール説明してくれるレフェリー役の先生。
「はじめぇぇぇ!!」
遠くに行ったレフェリーが開戦の合図を上げると、俺達が登場した時以上の声がスタジアムを包み込んだ。
「うおおおおおお!!」
「うおおおおおお!!」
即座に始まる素人同士の演武。剣をキンキン言わせてお互いにローリング。あまりにもかっこいい。
『土の魔法でほとんど見えませんが、凄い打ち込み合いのようだぁぁ!!』
肝心なところは土煙で隠しつつ、戦いを派手に盛り上げるモブエー君のアシストが光る。
剣戟のテンポが上がると共に、観客のボルテージもうなぎ登りに上がっていく。
しかし戦い始めて1分。
互いの体力が限界を迎え始めた。
「ハァ、ハァ」
「やるな、ネンドウ君……!」
「そっちこそ……!」
迸る青春の汗。「うおおおおかっけえええ!」「この戦いアツすぎる!」と観客から惜しみない歓声が降り注ぐ。
そろそろ終わりだ。俺達は視線を交わして頷いた。
「土の精霊よ、岩盤を浴びせよ!」
この詠唱は決着の流れをやるぞという合図。
俺は剣を鞘に収め、腰を沈める。
「来るぞ……!」
ゴドリック君の声が鋭い飛ぶ。
『こ、これは! モブエー選手の魔法はかなり大きい! これで決着を付けるつもりだぁぁ!!』
ザワつく会場。
モブエー君が会心の雑魚役セリフを口にした。
「この包囲殲滅攻撃を避け切れるかなぁ!? 死ねぇ! 《スライドロック》!!」
地面から持ち上がってくる10メートル超の壁。
その土塊は俺を囲むようにドームを作り始め、巨大な手で握り潰すように小さくなり始めた。
普通に予定と違ってびっくりなんだが?
『動かないネンドウ選手!! まさか諦めたのでしょうか!?』
『いや、違う! あの構えはイアイギリと言って――』
真面目に戦ったら良い所まで行けるんじゃないかと思いながら、俺は剣を握り固めた。
「お前の罪を数えよ……」
モブエー君は言った。
いつでもケチャップを飲めるように持ち歩いてるんですよ、と。
「ネンドウ七大奥義……《
その言葉がスタジアムに響いた瞬間、モブエー君が胸ポケットに隠したケチャップを握り潰しながら後ろに飛び上がった。
「ぐ――ぐああああああああっっ!!」
『い、一体なにがっ!?』
『ネンドウ選手のイアイギリが炸裂したあっ!!』
飛び散る赤い液体と酸味のある香り。
俺は微動だにせず、渾身の演技でやられ役を遂行するモブエー君を見守り続けた。
やられ役。映画やドラマを彩る名脇役だ。
殺陣には彼らの名演技が欠かせない。
モブエー君がたたらを踏みながらリング外に向かっていく。
もう限界だと言うように空を見上げたモブエー君は、力尽きるように地面に倒れリングアウトした。
ありがとうモブエー君。
あぁ……。
あまりにも……完璧だ……。
「しょ、勝負あり! 勝者は暁ネンドウ!」
『一撃必殺! 2回戦が楽しみですね!』
『ウオオオオオオ!!』
拍手喝采の観客たち。俺は踵を返してその場を後にした。
「……お見事な一撃でした」
「うむ」
俺は真顔で興奮しているノインに一声かけた後、乱れた制服を整えながら椅子に腰かける。
これで英雄ポイントはしばらく貯める必要が無くなるかな。
あとは『
「邪教徒はどうなってる?」
「……今のところ怪しい動きをしている者はほとんどいませんが、気になる点がありまして」
「話してくれ」
「……フェイド教諭がモヒカン教諭と行動を共にしております。……2人は何やら剣呑な雰囲気でして、今まさに争いが起こりそうな様子でした」
俺は身を乗り出してノインの話に聞き入る。
「その話、詳しく」
先日、ルミエールさんとモヒカン先生が邪教徒に操られているという話が浮上した。
ノイン達に2人のことを調べてもらっていたが、特に何が分かるわけでもなく1週間が経過していた。
ただ、フェイド先生に関しては名前すら挙がらなかった普通の教師だ。
邪教徒とはなんの関係もなかったはず。
フェイド先生とモヒカン先生の間に何かあったのだろうか。
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「おいフェイド。ちょっとツラ貸せよ」
「……モヒカン先生。僕に何か用ですか」
武闘大会が始まった。その舞台となるスタジアムの観客席で、フェイドとモヒカンは睨み合っていた。
「ギャハハ! 大したことじゃねぇよぉ。ただ……ここじゃ人目がある。移動しようぜぇ」
「僕は試合を見たいんです。別の時間にしてくれませんかね」
「……ルミエールさんを変えたのはテメーだな?」
「!」
その言葉に目の色を変えるフェイド。
モヒカンはその反応を見て満足そうに唇を歪めた。
「フェイド、ついてきな」
「…………」
2人が行き着いた先は、誰もいないスタジアムの控え室であった。
フェイドが扉を閉めたのを確認すると、モヒカン男は怒りを顕にしながら語り始めた。
「テメーだろ? 前々からちょこまか動き回ってる蛆虫はよぉ……」
「なんのことですか?」
「しらばっくれてんじゃねェ! オレぁ分かってんだよっ、テメーがルミエールさんに催眠の魔法をかけて洗脳したってことがよぉ!」
モヒカン先生は懐からモーニングスターを取り出した。
フェイドは全く動じない。
「ふむ、なにか証拠があるのですか? モヒカン先生」
「おうよ……」
モヒカンが1枚の紙切れを放る。
そこにはルミエールの筆跡で「“
今度こそフェイドの顔色に変化が生まれる。
「あの子はなぁ、入学式が終わった後にオレんとこに相談しに来たんだよ。『センセー、変な石を見かけませんでしたか?』ってな。ところが、テメーに話を聞きに行った翌日にすっかり変わっちまった」
「…………」
「特定の単語に反応できなくなる暗示。それに加え精神支配をかけたんだろ?」
――話は、ネンドウのドラゴンの置物を回収して数日経った頃に遡る。
騎士団が「HIDDEN STONE」の暗号を解読しようと動く中、ルミエールもまた図書館で暗号の意味を探るべく本を読み漁っていた。
そしてある時、ルミエールは古代文字に似た文字があったことを思い出す。
彼女には古代文字の知識があったため、暗号の意味が紐解かれるのに時間はかからなかった。
彼女は偶然にも、スプーン製作会社のロゴである「HIDDEN STONE」の真の意味に辿り着いてしまったのだ。
「……
暗号を解読した彼女は、教師を頼ることにした。
最初に声をかけたのはモヒカン先生だ。彼は元騎士団員にして考古学・古代魔法に関する研究の第一人者。彼こそ頼るに相応しいと考えたのである。
ルミエールは経緯を話しつつ、モヒカン先生に協力を求めた。
「ほぉ……ネンドウ君がこの古代文字の暗号を君と騎士団に託したのか」
「はい……」
「んん、つまりネンドウ君は何かしらの『石』を見つけてほしいってことなんだよな?」
「恐らくは」
モヒカンとルミエールは顔見知りで、姉であるセリシャとは親友と呼べる間柄である。
つまり信頼できる相手ゆえ、ネンドウ少年が『無力な英雄』であると打ち明けていた。
「状況を整理しよう。まずこの学園都市に邪教徒が集まり始めていて、ネンドウ君を暗殺しようとしている。そして邪教徒に監視されているネンドウ君は、その暗号で何かしらの助けを求めた。……これで合ってるな?」
「その通りです」
モヒカン男は油で固めた髪の毛を撫でる。
「……もうすぐ武闘大会が開催される。春先のビッグイベントだから、学園内外の見物客がたんまり訪れる。ひょっとすると、ネンドウ君はそこで狙われるんじゃないか?」
「し、しかし……学園の警備は相当厳重ですよ? たとえ数十人の襲撃者がいても抑え込めますし、何なら生徒自身で自衛できてしまうのでは?」
「確かにな……」
数年前、セレシア学園に侵入した不審者を生徒が撃退してしまったという有名な話がある。ルミエールはその話を言っているらしい。
「そこで例の暗号なんじゃねぇのか?」
「でも、『石』と言われてもよく分かりません……」
「『石』か……ふむ。そう言えばこんな話を聞いたことがある」
彼は指を立てて、とある魔法学研究を例に挙げた。
「『魔法石』は知ってるよな? 強い魔力が込められた石だ」
「ええ、もちろん」
「……その魔法石をアーティファクトとして利用すると、すげぇ効果が生まれるらしいんだ。例えば『魔呪封印器』の魔封領域を広げることすら可能なんだとよ」
「!」
ルミエールは目を見開く。
モヒカン男は考察を進めた。
「『魔法石』のアーティファクトで魔封の領域を展開して、抵抗できない民衆の前で英雄を血祭りに上げるとか。どうだ? 奴らが好きそうなやり口だし、『石』と邪教徒を絡めるならこんな感じじゃないか? ……ハハ、まぁ有り得ねぇか! いや、忘れてくれ!」
モヒカンは笑ったが、ルミエールはわなわなと震えていた。
「……そ、それです。それですわっ! それなら敢えて武闘大会でネンドウさんを狙う意味が分かりますっ!」
「な、なんだ? 役に立てたか?」
「ええ! とにかくわたくしは『石』のアーティファクトを探します! 先生も不審物を見つけたらすぐにご連絡ください!」
そう言って、ルミエールは走っていった。
「待てよルミエールさん! アーティファクトのことならフェイド先生が詳しい! 奴を頼ってみても良いかもしれん!」
しかし、彼はフェイドが邪教徒の手先である可能性を言いそびれた。
――翌日。ルミエールは変わっていた。
暗号や『石』のことを聞いても全て無視するようになったのだ。
フェイドが邪教徒に取り込まれているという予感はあった。
疑いが確信に変わったのは武闘大会の前日だ。
爆発から修復された学園長室で、爆発の原因となった『盾』のアーティファクトの欠片を偶然発見し、そこに込められていた魔導回路に僅かながらフェイドの回路の癖を発見したのである。
気付いた時には遅かった。ルミエールはフェイドの操り人形になっていた。
モヒカン男はモーニングスターを握り締める。
「フェイド……未来ある学生に手ェ出してんじゃねぇよ。彼女の洗脳を解け。そしてすぐに『石』の在処を吐け」
「フッ。てっきり脳筋だと思っていたのですがね……全て正解です。素晴らしい考察ですね、モヒカン先生」
フェイドはくつくつと笑って杖を取り出した。
「諦めろ、フェイド。無駄な抵抗だ」
「ン〜? それはどうでしょうか……?」
「なに……?」
フェイドが杖をひと振りすると、後方の扉が開いた。
そこから現れたのは、虚ろな目をした金髪の少女――ルミエール・ハーフストーンだった。
「るっ、ルミエールさん……! クソッ! 腐れ外道が!!」
「なんとでも言いなさい。僕は計画を完遂して金を得るんです」
「な、何故だ。何故テメーは邪教徒と手を組んだ!? アンタのアーティファクトに関する知識は素晴らしいものなのに……!」
ルミエールが剣を抜き放つ。
フェイドは壁に追い詰められたモヒカン先生に向かって舌なめずりした。
「……僕はねぇ、非常勤講師なんですよ」
「ひ、非常勤……?」
「アーティファクトの研究を続けるには何もかもが足りなさ過ぎた。だから邪教徒に協力したんです」
「そ、そんなことでっ――そんなことで可愛い子供達に手を出したのか!?」
モヒカン男の一言に、フェイドは薄ら笑いを消し去った。
「――そんなこと!? 非常勤がそんなことだって!? ハハ、ハハハッ! やはり常勤講師の貴方は何も分かってない!! クソ喰らえだ!!」
フェイドは無造作に杖を振る。
それと同時に剣を抜いたルミエールが動き出し、モヒカン先生に近づいていく。
「フフ。モヒカン先生、1週間前に『盾』のアーティファクトを爆破させたのは貴方の仕業なのでしょう?」
「……!?」
「アレはルミエールに作らせたアーティファクトでね。英雄を殺した後に学園も破壊し、民衆の心を破壊するという演出に必要な物だったんですけどねぇ」
「ごっ……ゴミクズがぁっ!!」
悲痛な叫びが響き渡る中、フェイドは踵を返した。
襲いかかるルミエール。
反応せざるを得ないモヒカン先生。
闇の中で、一瞬。
モヒカン先生の太い薬指にはまった指輪がきらりと輝いた。
二度、三度、金属が弾け合う音が響いて。
そして止まる。
「モヒカン先生、貴方は良い人です。計画が終わるまで眠ってもらいますよ……って、もう聞こえてないか」
地面に横たわるモヒカン男。
その脇腹からは大量の血が流れ出していた。
「ルミエール、1回戦の相手はすぐに倒してしまいなさい。問題は2回戦の暁ネンドウだ」
血溜まりの中央に立つルミエールは無言で頷いた。
「2回戦が始まると同時に僕はアーティファクトを起動し……それを合図に邪教徒がスタジアムを占拠する。その混乱の中、貴女はゆっくりと英雄を嬲り殺しにするのです……そして未来ある生徒を次々と……! ああぁ、楽しみだ。非常勤、非常勤と僕をバカにしてきた連中が絶望する姿が見える!!」
控え室の扉を閉めると、モヒカン先生の呻き声は一切聞こえなくなった。
「幹部のタバーレス様も喜んでくれるだろうよ! ハハッ、ハハハハッ!!」
フェイドは闇の中を歩き、そのまま消えた。
その場に取り残されたルミエールは、血に濡れた己の手を見下ろした。
その手は、僅かに震えていた。
ルミエールの1回戦の相手は、『
誰もルミエールの洗脳に気付いていない。
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