異世界でスプーン曲げの超能力を使った結果、色々と深読みされてしまっている件

へぶん99🐌

第1話


 エルフやドワーフ、人間が入り乱れる異界の街。

 地球とは全く違う雰囲気を醸し出す街の大通りで、俺は数十人の民衆に囲まれてスプーンを擦っていた。


「皆さんこのスプーンにご注目……」


 マジックで使われるようなのあるスプーンではない、本物の食器。常に持ち歩いていたそれをとにかく擦って、観衆を焦らしに焦らす。


 とんがり耳のエルフの兄ちゃんが、ごくりと生唾を呑み込む。ドワーフの気難しそうな爺が眉間に皺を寄せる。他の観衆もその瞬間を今か今かと待ち受けていた。

 そして次の瞬間、俺は張り詰めた緊張と期待を解き放つように――


 右手に持ったスプーンを粘土細工のようにぺしゃんこに折り曲げてやった。


 硬質な合金がいとも容易く折り畳まれ、見る影もないほど小さく湾曲していく。それを見た観衆から歓声が上がると同時、微かなざわめきと拍手の入り交じった余韻が訪れた。


「おおっ!?」

「な、何たる奇術……! お主、何をしたのじゃ!?」

「それは営業秘密ですよ。凄いと思ったらおひねりくださ〜い」

「兄ちゃん若いのに凄いねぇ! 今のはどんな魔法なんだい!? オレの予想だけどオリジナルの魔法だよね!?」

「営業秘密で〜す。おひねりありがとうございます」


 エルフの兄ちゃん、ドワーフの爺、その他の観衆から俺の足元にコインが投げ込まれていく。

 俺は観衆の質問をのらりくらりと躱しながら、異世界の通貨を稼げたことに安堵していた。


 ――どうしてこんなことになったのか、少しだけ時を遡ろう。


 俺の名前は、アカツキ念動ネンドウ。超能力者だ。

 ただし、超能力の内容がゴミすぎてスプーン曲げしかできない。そのため、家族や友達からは「スプーン曲げが得意な男」程度にしか見られていない悲しき超能力者である。


 ある日散歩をしていたところ、街中で暴走トラックに居合わせた。

 咄嗟に超能力を使おうとしたが、俺の力がクソザコすぎてトラックは止まらなかった。結局回避することも適わず、俺はトラックに轢かれてしまった。


 だが、話はここで終わらない。

 目が覚めると、俺は知らない森の中にいた。


 運命のイタズラというか、神様のイタズラというか。事故に遭ったはずなのに、俺は生きていたのだ。

 色々と引っかかることはあったが、とにかく俺は森を抜けるためにひたすら歩いた。歩き続けた。


 そうして命からがら森を抜け、街に辿り着いた瞬間――俺は違和感の正体に気付いてしまった。


 街の中を歩くエルフ。ドワーフ。リザードマンらしき何某。そして荷車を引く奇妙な四足歩行の動物。地球上に存在しない生物のオンパレード。

 鈍い俺でも直感した。俺は……異世界に迷い込んでしまったのだと。


 ……回想終わり。

 今は超能力を使ってこの世界のお金を稼ごうとしてる最中だ。この世界には魔法があるらしいけど、俺の特技はスプーン曲げしかない。もし現地の人にとって『スプーン曲げ』が簡単なことなら、この試みは失敗だけど……一か八かの試みが上手くいった形になる。


 魔法と超能力の違いとか全然分からんけど、俺の超能力が現地民にウケてくれて助かった。多分スプーンを曲げるような魔法はないんだろう。オリジナルの魔法が〜って言ってたし。

 おひねりくれるし、褒めてくれるし、みんないい人だなぁ。


「おい、兄ちゃん。この棒を曲げることもできるかい!? 世界で最も硬いとされるアダマンタイトのスプーンだ!」


 歯の欠けた兄ちゃんが人垣を割って前に出てくると、そんな言葉と共に「お願い」のポーズをしてきた。

 何で世界一硬い鉱石のスプーンを持ってるんだ? サクラかな? まぁいい。異世界なんだしそういうこともあるでしょ。


「曲げ方に指定はありますか」

「え? 特にないけど……」

「じゃあ、そのままスプーンを持っててください。遠隔操作で曲げます」

「……!?」


 俺は兄ちゃんにスプーンを持たせたまま、唸り声を発しながら人差し指に力を込める。

 そのまま……眉間に溜め込んだ力を解放するように――


「ハァァァァァァァ〜〜ン!」


 ぐにゃん。

 世界で最も硬いらしいアダマンタイトのスプーンでもこの通り。「ん」の文字のみたいにへし曲がった。


「うお……!? す、すげぇ……押しても引いても元の形に戻らねぇ!」

「遠隔操作の魔法……?」

「この子、本物だ! どんな魔法使ったんだよアンタ!」

「あ、元の形に戻したかったら戻しますよ」

「え? できるのかい?」

「はい。人様の物を曲げたままなのは、さすがにちょっと気が引けるというか」


 俺は「ん」の字に曲がったスプーンを元の形に戻す。

 もちろん、兄ちゃんの手に曲がった食器を持たせたまま。


「おりゃああああああああ!」


 ぴーん。はい、これで元通りです、と。


 うおお、と感嘆の声を上げる観衆たち。元に戻ったスプーンの硬さを確かめた持ち主は、アッパレと言わんばかりに一枚の硬貨を投げ込んでくれた。


「いいモン見せてもらったぜ。取っときな」

「わぁ、ありがとうございます」

「やばっ、お前太っ腹だな!」

「よっ、男前!」


 この世界の貨幣価値、全く分からんのだけど。周りの反応からして結構な値段の金貨みたいだし、素直に喜んでおこう。

 これで今日の寝床くらいは確保できるかな?


 見たことない果物とかパンの入った袋を置いていってくれる人もいたし、ご飯も確保できたな。ここらで一旦切り上げておくか。

 このまま続けちゃうと、通行の妨げになりそうだし。


「はい、今日のところはおしまいです。みんな見に来てくれてありがとう。明日もやるから、また見に来てね」


 俺はパンパンと手を鳴らして観衆に解散を促す。

 それを聞いて「え〜」という反応をしていた人々だが、次第に彼らは俺の元から離れていった。


 時間にして数十分の大道芸。手元に集まったのは、2日分くらいの食料と、どれくらいの価値があるかは分からないけど沢山の硬貨。

 数十分でこれは十分すぎる成果だろう。俺は荷物をまとめて硬貨をポケットに押し込んだ。


 ……こうして異世界に転生してしまったわけだが、俺には成し遂げたい夢がない。強いて言うなら可愛い彼女が欲しいことくらいだが……当面の目標は満足な衣食住を達成できる暮らしを手に入れることだな。


 あと、こっちの文字と常識を勉強するために学校にも行きたい。

 話し言葉は何故か通じるけど……識字できないんじゃ、異世界生活はいつかどん詰まりになるだろうし。


 俺は超能力者だが――能力がしょぼいせいで――根っからの現実主義者なのだ。


「ふぅ。……あの、そこの御二方。もう大道芸は終わりましたよ?」


 荷物をまとめて解散しようとしたところ、武装した2人の男女が俺の方をじっと眺めているのが分かった。


 男性の方は、甲冑を着込んだ中年の男性。恰幅がよく、黒髪を後ろで束ねて如何にも武人ですといった風体である。腰には使い込んだ剣が携えられており、警察と似た匂いを感じる。やましいことをしたわけじゃないが、正直言って近付きたくない。


 女性の方は、同じような格好をした金髪の女性。高身長でかっこいいタイプの人で、美人すぎて怖い。何となくこの人とも近付きたくないと感じてしまう。


「……ケルッソさん。あの子の先程の奇術を見ましたか? ……」

「……馬鹿なことを言うな、セリシャ。魔力を一欠片も漏らさずに魔法を使うなど不可能だ……オレも見ていたが、何かの勘違いに決まっている」


 よく聞こえないが、俺の大道芸に興味を持ってくれたのは間違いないだろう。さっきから俺の方を睨んでくるくらいだし。

 でも今日は解散だ。スプーン曲げってちょっと疲れるんだよね。どれくらい疲れるって、シャトルラン10回目に差しかかるくらい。ということなんで、この2人にも帰ってもらおう。


「あの、御二方。俺、帰ってもいいですか?」


「……彼、帰るつもりですよ。このまま放っておいて良いのですか?」

「……いや、最後にもう一度アレを見せてもらおう。間近で。あの魔法のタネが気になる。アダマンタイトのスプーンを捏ねるように曲げる魔法など……聞いたことがない」

「街の見回りのつもりが……とんだ収穫でしたね」

「あぁ。この少年、百年に一度の逸材かもしれんぞ」


「おふたりさん? 聞いてますか?」

「――ちょっと、君!」

「あ、はい! 何でしょう」

「もう一度見せてくれないか? お礼は弾むから」


 男性の方に、先程貰った硬貨と同じものを見せびらかされる。

 やっぱりアレは高価な硬貨だったのか!

 スプーン曲げるだけでお金を貰えるなんて久々だ。やるしかねぇ……!


 俺は喜んで首を振ると、常に胸元に忍ばせているスプーンを取り出して口上を始めた。


「おふたりさん、このスプーンにご注目。いいですか? タネも仕掛けもありませんよ? 間近で見ても構いませんからね……っ!? で、では曲げますよ? 曲げますよ!?」


 間近で見ても良いと言った瞬間、俺の間近にガン詰めしてくる2人。そんなに俺のスプーン曲げを見たいのかよと嬉しくなってしまう。


「はぁぁぁぁぁ……」

「「…………」」


 両腕の袖をまくり、眉間に力を込める。もちろんパフォーマンスの一環で特に意味はないが、気合を入れると良く曲がってくれることがあるのでバカにできない。


 俺はピンと伸ばした人差し指と親指で摘まれたスプーンをガン見する。曲がる……曲がるぞ! そう思うと同時、俺に肉薄していた2人が限界まで両目をかっぴらいた。


 そして、スプーンを曲げるっ!


「アッー!」

「「!!」」


 メリメリッ! 俺が持っていたスプーンは時計回りに捻じ曲がり、やがて一本の細い糸のように伸び切ってしまった。

 ぽかんと口を開く2人。彼らは顔を見合せた後、何度も首を傾げて高速で瞬きを繰り返していた。


 こんなに反応がいいとくすぐったい。

 まぁ、目の前でCGみたいにスプーンが曲がったり伸びたりするのはビックリするよな。魔法があるらしい異世界でも、余程の新感覚だったと見える。


 やがて正気に戻ってきたのか、男性の方が俺に硬貨を手渡してくれる。


「…………し、信じられない……」

「……す、凄いな。これはお礼だ……」

「あざす。こんなに貰っちゃって嬉しいなぁ。サービスしちゃおうかな」

「サービス?」

「はい。どうですか。この捻じ曲がりスプーン、今なら無料であげちゃいますよ。家へのお土産にどうっすか?」

「っ! も、貰ってもいいのか!?」

「え? そんなに欲しかったんすか? 何か驚きだなぁ……はい、どうぞ」

「ありがとうっ! 大切にするよ!」


 俺はがっついてきた男性にスプーンを手渡す。

 これ普通のスプーンですよ。そんな宝物を見るような目で見られても……そんな大層なもんじゃありませんから。


 繰り返し「信じられない」と呟いて壊れてしまった女性の方はさておき、男性の方が続いて謎の棒を取り出して見せつけてくる。

 金属に包まれた謎の器具。似たような見た目で言うと、棒状の温度計みたいな謎の道具だった。


「つっ……次はこの棒を曲げて欲しい。金はさっきの倍額を出そう。やってみてくれないか」

「だっ、団長!? その機械は――!!」

「……今は黙って見ていてくれ、セリシャ……」


 男性はそう言うと、滝のような汗を流しながら俺に乞うてきた。先程までボーッとしていた女性が突然正気になり、機械がナントカと彼を止め始める。

 変な機械が出てきた上に、お礼は倍額とか……何? 俺なんかやっちゃいました? スプーン曲げただけだぞ? 話が大きくなってることだけは分かるから、何か変な焦りが生まれてきたな……。


 お金は欲しかったが、俺は一呼吸置いてから頭を下げた。


「俺の力を買ってくれるのは嬉しいんですけど、そのお願いにはお答えできません……申し訳ないです」


 俺の返事を聞いて唇を横一文字に結び、震える手で謎の器具を握り締める男性。彼の口から、拍子抜けするくらい表情のない声が投げかけられる。


「……何故だ? この金があれば5年は遊んで暮らせるのだぞ?」


 えっ、金貨2枚あったら5年も遊んで暮らせるの!? どんな大金だよ!! このオッサンやべぇ!!

 つーかさっきこの金貨くれた兄ちゃんもやべーじゃん! なんなんこの世界、みんな金持ちなの?


 一瞬手が伸びかけたけど、俺はぐっと堪えて引き下がった。


「すんません。企業秘密っす」

「…………」


 肩を落とす男性。

 企業秘密ともったいぶってみたが、実際の理由はかなりしょうもない。


 俺の超能力は、しょぼいくせに謎の制約がある。

 それは……スプーン『しか』曲げられないという制限だ。

 逆に言えば、スプーンであるならどんな素材でもことができる。木製にせよ、石製にせよ、合金にせよ、のだ。


 だからアダマンタイトとやらも曲げられた。

 まぁ、どこまで行っても『スプーンのみ』という制限が付きまとうせいで、『しょうもない』の領域から脱することができないんだけどね。


 そういうことなんで、ごめんねオジサン。

 もうお金は充分稼いだっぽいし、おいとまさせてもらいま〜す。


 俺はもう一度頭を下げてから、甲冑を着込んだ2人の男女から逃げるように街の喧騒へと身を隠すのだった。

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