ほっといてくれよ……俺の筋肉!

ディメンションキャット

筋肉日和

国語の授業、つまらなさそうに頬杖をついて窓から外を見る彼女。

春特有の優しい暖かな陽光が射す。彼女はそれを自分専用のスポットライトにする。

きらきら、と太陽を反射する艶やかな黒髪。ボブカットの隙間から見える瞳と、あどけない口元。

全てが俺の心を締め付けた。


高校一年、まだ彼女、佐藤かりんと隣の席になって一ヶ月も経っていない。それでも俺はゾッコンだった。


(フォッフォッフォッ、そんなに見つめていて大丈夫なのか?)


「っ!?」


急に立ち上がった俺に、クラス全員が一斉に注目した。


「あっ、すみません……っと、あ、、」

「虫がいたんだよね!」

「あ、そうなんです」


たたでさえぼっちの俺に、変な行動をしたせいで冷ややかな目が注がれ何も言えなくなっていると、佐藤さんが助け舟を出してくれた。


「……ありがとうございます」

「いいの、いいの。どうしたの?いつも落ち着いてる雰囲気なのに、さ」


いつも落ち着いてる。いつも、という言葉に俺はドキッとした。


「いや、なんか声が聞こえた気がして……」

「声?ふふっ、廣瀬くん面白いね」


「そこ、うるさいぞ」


先生に注意され、人生最高の時間は終了した。

でも、許そう。


だって!!俺、落ち着いててクールらしいから!!!

その上、おもしれー男認定されちゃったから!!!


(我のおかげだな!)


また聞こえた、威厳のあるこの声……誰なんだ?

気が舞い上がりすぎて、幻聴でも聞こえてるのか?


(幻聴ではない!我はお前のだ!)


うーん、幻聴だな。そうに違いない。


(おいおい爺さん、信じられてねぇじゃねえかよ)


今度は軽い口調で違う声が脳内で話す。


(あー、名乗っとかねえとな。俺はアンタの……今後ともよろしく頼むぜぇ)

(よろしくせんで良い!こんな若者の言うことなんて戯言程度に思っとれ)


脳内で威厳のある爺さんボイスの右大胸筋と、チャラそうな若者ボイスの左大胸筋が言い争ってる。

何だこの状況は。めちゃくちゃに煩い。


(あら……うるさいってよ)


また増えたぞ……今度はお嬢様ボイスだ。


(わたくしは、かしら。エレガントな私には相応しくないわぁ)

(うるせえ!筋肉にエレガントなんてねえよ!)

(ふっ、我もそれには同意じゃ)


くそっ、こいつらうるせぇ。

佐藤さん観察が落ち着いて出来ねえじゃねえか。こちとらクールキャラで売ってんだぞ。


(クールキャラ……俺もそう言われていたな)


今度はナルシストっぽいちょっと声の高い男。


(おっと、自己紹介をしておこうか。俺はだ)


内転筋?どこだそれ?


(おっほっほっほ、マイナー筋なんて覚えなくていいのですわ〜)

(ま、生きるのには重要だが、あいつは中身が、な)


というか、これ一体何人いるんだ?一人一人自己紹介してたら時間がかかって仕方ない。


(あるじのお達しじゃ。皆の者一気に出て来い!)

(じじぃの指示に従うのは癪だろうが、そういうことだ。残りの全員集まれ!)


二人の掛け声で一気に名乗りが始まった。


(オイラはハムストリング。ご主人様、よろしく頼むぜ)

(うちは臀筋。よろしゅうな)

(おいどんは腹筋でごわす!)

(あーしは上腕二頭筋〜。よろしくね〜)

(んでんで、あーしが上腕三頭筋だよぉ)

(三角筋、それ以上でもそれ以下でもない)

(俺は前腕筋だ。お前を支えよう)

(わ、私は大腿……四頭筋です。よ、よろしくっお願いします……)

(拙者は下腿三頭筋でござる)

(ボクは広背筋。よろしくね)

(脊柱起立筋とはわしの事ぜよ!)


多すぎるだろ……。


(それだけ、お前を支えるものは多いって話だ)


前腕筋が深いのか深くないのかよく分からないことを言って、授業終了のチャイムが鳴った。





「はぁ〜、変なことになったなぁ」


学校が終わって帰り道、俺はつい愚痴ってしまった。間違いなく今日が人生最悪の日だ。


(変なこととは失礼じゃな。これは神様のご意思じゃ)


右大胸筋が俺の独り言に答える。


「神様?」

(そうだぜ。俺たちはとっくの昔に死んだ亡霊だ)

(天国で安らいでいましたら、神様に頼まれたのですわ〜)

(憐れな少年の恋を助太刀せよ、とのご達しでござった)


どこの神様か知らないが随分余計なことをしてくれたもんだ。こんな具合じゃいつノイローゼになるか分かったもんじゃない。


(ご主人様!悪いことは言わねぇ、右を見てくれ!)


ハムストリングの要求通り、右を見ると信じられない光景が広がっていた。

佐藤さんかヤンキーに襲われている!


「やめてっ!はなして!」

「へへ、良いじゃねぇかよ。ほらこっちこいよ」


ヤンキー二人はそのまま佐藤さんを路地裏に連れ込もうとしている。

助けないと!


気付けば俺は、ヤンキーの前に立ち塞がっていた。


「廣瀬……くん?」

「あー?誰だテメェ、邪魔だな」


思ったよりもでけぇ、高3か?俺を不機嫌そうに睨む一人は既に指をボキボキ鳴らしてるし、もう一人はポケットから煙草出てるし、怖ぇぇ!!

くそっ、身体が動かない。歯も脚もガタガタと恐怖で震える。


(情けないのぉ。ほれ、手助けしてやろうぞ!)

(よっしゃ、俺たちの出番だ!)


大胸筋二人の掛け声で一斉に身体が動き始めた。


(背筋のボクと)

(脊柱起立筋のわしが姿勢を作ろう!)


背筋がピンと伸びる。


(も、もうすこし腰を下ろしますねっ!)

(オイラも身体を支えるぞ)

(拙者たちが居る!存分にパンチを放ちなされ!)


今度は脚に力が篭もる。


(……ふっ、助けてやる)

((あーしたちも手をかすよ〜))


肩と、腕の筋肉が働くのが感じられる。


(ほれ、あとはお主がパンチを打つだけじゃ)


筋肉たちの必死の働きに、いつの間にか俺の恐怖は消えていた。

集中……前の輩の罵声も聞こえない。力はこもってる、でも適度にリラックスも出来ているのは、筋肉たちのおかげだろう。


そして俺は全力でパンチを放った。

拳がヤンキーのみぞおちに沈み込む。


(仕上げだ。ここに回転を加えてやるぞ)


前腕筋と共に拳をめり込ませたまま、回転させる。


「かはっ……くそっ、」

「おいおい、マジかよ。西高で敵なしのマサキがやられちまった!」

「うるせぇ、早く逃げるぞ」


無傷の方のヤンキーは俺に殴られたヤンキーを抱えて逃げていった。


「大丈夫?佐藤さん……」


心配する俺を彼女は、目をうるわせながら見上げる。


「怖かったよぉ……怖かった」


泣きながら恐怖を訴える彼女に俺は手を差し伸べる。


「大丈夫。もう大丈夫だから……帰ろう」

「うん、ごめんね。ありがとう、廣瀬くん……かっこよかったよ」


間違いない。今日は人生最高の日だ!


もう筋肉たちの声は聞こえなかった。


それでも俺は感謝を述べることにした。


右大胸筋、左大胸筋、僧帽筋、内転筋、ハムストリング、臀筋、腹筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、三角筋、前腕筋、大腿四頭筋、下腿三頭筋、広背筋、脊柱起立筋。


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