仲良し?兄妹漂流記

舞波風季 まいなみふうき

漂着した島にて

「お兄ちゃん、お腹減ったぁ〜」

 妹の璃々香りりかが砂浜にへたり込んで半泣きで訴えた。

「俺も減った……」

 と言いながら俺も砂浜にへたり込んだ。


「なんとかしてよぉ、お兄ちゃんでしょ!」

「無茶言うな……お前だってもう十六歳だろ、自分で考えろ」

「お兄ちゃんのが一つ年上じゃん。何とかして!」

「たった一つ違うだけでエラそうにするな」

「それ、私のセリフ!!」

「ああ、もう、うるせぇ――」


 こんな感じで、あいも変わらずのやり取りをしつつも、さすがに俺もなんとかしなければとは思っていた。


 乗っていた船が沈没して俺たち兄妹は運良く近くに浮いていた浮輪にしがみつき、潮に流されるまま漂ってこの島に打ち上げられた。

 両親は沈没の時に船の別のところにいたため無事だったのかもわからない。


「とりあえず、あの林に行ってみるか」

 砂浜はそれほど広くはなくすぐに林になっていた。その林を指差しながら俺は言った。


「じゃあ、お兄ちゃん見てきて」

 璃々香が砂浜に体育座りしたままで言った。

「いつ戻るかわからないぞ。ここで一人で待ってるか?」

 そう俺が言うのを聞いて、一瞬璃々香の動きが止まった。

「……私も行く」

 俺は何も言わずに璃々香が立ち上がるのを待って林へと歩き始めた。


 林の木々はくねくねと曲がっていて、蔦があちこちにぶら下がっていた。

 横を歩いている璃々香を見ると、満面に嫌悪感を浮かべている。

「なんか気味が悪いな……いきなり絡め取られそうだ」

「嫌なこと言わないで!」

 そう言いながら璃々香は、俺のTシャツを引っ張った。

「引っ張るな、伸びるだろ」

「お兄ちゃんが変なこと言うからじゃん!」

 璃々香の表情には心なしか恐怖も見て取れた。


「お兄ちゃん、喉乾いた」

 しばらくして、璃々香がボソッと言った。

「ああ、とりあえず水場を見つけなきゃだな」

 そう言っている矢先、木々の間にキラキラと反射する光が見えた。


「水だ!泉が湧いてるかもしれないぞ」 

「水ーー!」

 まとわりつく蔦ももどかしく俺たちは水のきらめきに向かって進んだ。


 それは、大きめのバスタブほどの泉で、湧き出る水で水面が揺らめいていた。

 早速水を飲もうと二人で水辺にかがみ込んだ。


 するとにわかに水面が盛り上がって水中から何かがせり上がってきた。

「うわっ!」

「なになになに?!」

 俺たちは尻餅をついたまま泉から後ずさった。


 泉から出てきたのは白いローブを着た白髪の女性だった。

 白髪ではあるが老婆ではない。それどころかかなり若く美しい女性だった。


「よくぞ参った、選ばれし者よ」

 女性がいかめしい調子で言った。

「「?」」

 あまりにも予想外のことで俺たちは馬鹿みたいに口を開けて彼女を見つめた。


(選ばれし者?何だそれ?)

(てか、よくぞ参ったとかちょー偉そうなんだけど)

 俺たちがボソボソと内緒話のように話していると。


「そなたたち、水を欲しているのであろう。まずはこの泉の水で喉を潤すが良い」

 泉の女性が言った。


(潤すがよいって……この人が入ってた泉だよねぇ……)

(……だよな)

(なんか、ばっちくない?)

(しっ、聞こえるぞ……)


「ばっちいとは失礼な!われは精霊ぞ、汚れとは無縁じゃ!」

 泉の精霊を自称する女性が気色ばんだ。


「わっ、聞こえてた」

「ほら見ろ」

 俺たちはつい普通の声になって言った。


「まあ、良い。とにかく泉の水を飲むがよい。喉を潤すだけでなく精もつくからの」

 俺たちの振る舞いをやり過ごしながら泉の精霊が言った。


 そして、俺たちが水を飲んで一息つくと泉の精霊は話しはじめた。

「ところで、そなたたちは獣人というのを聞いたことはあるか?」

 多少改まった調子で精霊が言った。


「ジュウジン?」

「聞いたことないなぁ」

 俺たちは答えた。


「獣人とは獣の力を身につけた人のことじゃ。特に筋力じゃな」

「で、その獣人と俺たちと何が関係があるんだ?」

 俺が聞き返した。


「うむ、そなたたちを獣人にしてやろうと思っての」

「「え?」」

 俺たちの反応を無視して精霊は続けた。


「そなたたち、今のままではこの島で生きていけない。この島はいわゆる魔物が湧き出るのじゃ」

「「魔物?!」」

 これまたとんでもない展開だ。


「うむ、この島にいる間だけでも獣人になって我が身を守らなければならぬ」


 なるほど、というほど納得した訳ではないが、泉から精霊を名乗る者が湧き出てきたのだから、この島には魔物がいてもおかしくないのかもしれないと思えなくもなかった。 


 そうして、それとなく獣人を想像しようとした俺の頭の中に『霊長類最強』という言葉が浮かんだ。


 その途端、体中がムズムズして、痛くはないのだが関節や筋肉が変な動きを始めた。

「な、なんだ?」


 驚く俺の横で璃々香にも異変が起きているようだった。

「なにこれ、やだ……気持ち悪い……!」

 見ると髪の毛のところどころが白く縞模様になってきている彼女の頭に二つの尖った突起が現れていた。


「おい、璃々香、頭に何か出てきてるぞ!」

「え?」

 彼女は両手で頭の上を触った。

「やぁー、なにこれ?!」

「耳……じゃないか?」

 そう、それは、耳だった。動物の……。


 彼女の変化はそれだけではなかった。手も人間のものからネコ科の獣の手に変わっていき、Tシャツの袖から出ている腕とショートパンツから出ている脚は白い毛で覆われていった。

 元は細身の璃々香であったが、その腕と脚は毛で覆われていてもわかるほど力強い筋肉質になっていた。

 その姿は二足歩行するネコ科の猛獣と言ってよかった。


「璃々香、おまえ……白い虎になってるぞ」

 俺の言葉にこっちを向いた璃々香の顔は明らかに怯えていたが、俺の姿を見た途端に吹き出した。


「ぷーーっ!きゃははははっ!」

「なんだよ、何がおかしいんだよ?」

「だって、お兄ちゃん、ゴリラなんだもん!」

 そう言って璃々香は一層大笑いした。


「ゴリラ?まじ?」

 両腕を代わる代わる見ると茶色い毛がびっしりと生えていた。

 そして、元はお世辞にもたくましいとは言えない俺の腕も璃々香と同じように厚い筋肉で覆われていた。


(はっ……顔は?)


 璃々香は毛深くなったとはいえ顔は元のままだ。

 俺は泉にかがみ込んで自分の顔を映してみた。


「……ゴリラ……だな」

 元の顔の名残はあるものの、繋がった眉、上向きに広がった鼻の穴、やや突き出し気味の口元は類人猿のそれだった。


(そうか、あのとき霊長類最強なんて考えたのが悪かったか)


「お前はあの時何か頭に思い浮かべたのか?」

 と璃々香に聞いてみた。

「う〜ん……猫耳とか可愛いかもって思ったかなぁ……」

 そういうことか。


「うむうむ、なかなかたくましい姿ではないか」

 泉の精霊は満足そうに俺たちを見て言った。


「ねえ、お兄ちゃん、試しに戦ってみようよ」

 璃々香が不敵な笑みを作って言った。

「なんでだよ」

「だって私達強くなったんだよ?試してみたいじゃん」

「しょうがねえなぁ……」


 俺が最後まで言う前に璃々香が跳躍しながら右ストレートを俺の顔面めがけて繰り出してきた。


(食らう!)

 そう瞬間的に覚悟した俺だったが、両腕をクロスしてガードした。


(やるじゃん、俺)

 などといい気になるまもなく、璃々香にパンチの雨あられを浴びせられた。


(くそっ!)

 俺は反撃すべくガードと同時に踏み込んだ。

 それを読んでいたのか、璃々香は素早く右にかわし、俺の背に右回し蹴りをブチ込んだ。


「ぐあっ!」

 凄まじい威力の蹴りを受けて俺は数メートル吹き飛ばされた。


「やったぁ!ゴリラ兄に勝ったぁ!」

 璃々香は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。


「お前なぁ……ちょっとは加減ってものを……でも痛くはねえな」

 そう、衝撃は凄かったのだが腕も背中もほとんど痛くない。


「えっ?あんなにボコボコにしたのに痛くないの?」

「ああ、痛くねえ」

 璃々香は不満そうだか、実際痛くないのだから仕方ない。


「てか、お前結構本気だったんじゃねえか?」

「当然じゃん!小さい頃プロレス技とかでいじめられたお返しだよ!」

 璃々香はがニカッと歯を見せた。


「うむ、ゴリラの兄貴は防御向きかのぉ。もちろん攻撃力も高いだろうが敏捷では虎の娘にはかなわんだろう」

 泉の精霊がしたり顔で説明した。


 というわけで、しばらくはこの島で過ごすことになった俺たち兄妹。

 いずれ島の魔物とも闘うことになるのだが、それはまた別の話。

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