恋人は私を裏切ったが、筋肉は決して私を裏切らない!
下等練入
第1話:恋人は簡単に裏切る
「
「え、今なんて言ったの?」
「もう佳奈とは付き合えないって言ったの。もう連絡してこないで」
このセリフを聞くのは何度目だろう。
私と付き合った人は最後にみんなこのセリフを言う。
中学校の時初めて付き合った彼女も。
私はそういうところも含めて好きだよと言ってくれた彼女も。
大丈夫、私がずっと佳奈のこと支えるからと言ってくれた彼女も。
そしてつい一週間前、一生一緒に居ると言ってくれたこの人も……。
「皆、皆、みんな! なんでいなくなっちゃうの……」
通話の終わったスマホからは静寂が鳴り響いている。
「いやだよ……、全部直すから、独りにしないで……」
そう問いかけても、返事をしてくれる人は誰も残っていない。
「もういいんだ、誰も私のことなんか、助けてくれない。支えてなんかくれない。必要とされないなら、私なんかいらないよね」
全く面白くなんか無いはずなのに、不思議と笑いがこみ上げてくる。
「やだ……、さっさと死のう」
あふれ出る乾いた笑いとは真逆の言葉を口にすると、不思議と落ち着いてきた。
なんとか糸一本で繋がっている精神を無理やり奮い立たせながら私は駅へ向かう。
電車に飛び込むと賠償金がすごいらしいけど、そんなこと私は知らない。
賠償金の心配なんか生きる気持ちのある人が心配すればいいし、私から取り立てたいなら地獄までくればいい。
道中頭の中で今までの元カノとの別れ際が吹き荒れていたが、もう新たに落ち込めるほどの余裕はない。
私はゆっくりと生気のない動きで駅までたどり着くと、ゆっくりと顔を上げた。
(ああ、もうこれで終わりにしていいんだ)
すると、目に白い歯をきらりと輝かせた筋肉質の女性が目に飛び込んでくる。
「『筋肉は裏切らない』?」
その広告にはそのキャッチコピーと共に、女性今なら一か月無料と書かれていた。
「裏切らない? 嘘でしょ、みんな裏切るんだよ」
自嘲気味にそう呟きながらホームに続く階段を上がり始めると、後ろから声を掛けられた。
「あのすみません、フィットネスに興味がおありですか?」
振り返るとあの女の人が写っていた広告の背景と同じ、黄色い法被を着た人がそこにはいた。
「……私に言ってます?」
「はい! お姉さんに言ってます」
その人は全身生気で出来ているんじゃないかと言うぐらい元気のいい声でそう返事をする。
「ないです、筋肉とか健康とかもう関係ないので」
「そんなことないですよ! 適度な筋肉や日々の運動は生きる上で非常に大事です、若いときから運動することで老後も怪我無く過ごせますよ」
「老後とかももう関係ないですから」
「そんなことないですって!」
「うるさい、今から死ぬんだからほっといてよ!」
そう言いきってから私は口を塞いだ。
(やば、言うつもりなんかなかったのに)
大声を出したせいか、周りにいた人達がみんな私たちのことを見ている気がする。
遠巻きに聞こえる声の中に、「え、自殺?」、「警察とか呼んだ方がよくない?」などの声が聞こえてきた。
まわりが好奇の眼差しを向けてくる中、私を勧誘したお姉さんだけは全く驚いた様子を見せず話し続ける。
「そんな人を待ってたんです、大丈夫筋肉が付けばそんな考えもすぐなくなります! さあ行きましょう!」
そう言ってお姉さんは私のことをぐいぐいと引っ張り歩き出した。
「だから行かないって!」
「今ついてこないと自殺しそうってことで保護されちゃいますけど、それでもここに留まりたいですか? 少なくとも今は私について来た方が得じゃないですか?」
こちらを飲み込みそうな視線を向けたがお姉さんはそう尋ねてきた。
確かに辺りはさっきよりざわついて来たし、拒否権はなさそうだ。
「……わかりました、行きます」
◇
お姉さんに黙ってついて行くと、本当にフィットネスクラブに連れていかれた。
彼女は私に座るよう促すと、目の前に何枚かの書類を並べだした。
「それで今日なんですけど、パーソナルトレーナーの一か月お試しコースのご契約ってことでいいですか?」
「だから私は――」
思わず立ち上がってそう言うが、お姉さんは「まあまあ座ってください」と適当になだめながら話をつづけた。
「大丈夫、一か月も通えば死にたいなんて気持ちも消えますし、振られた恋人のことも見返せますよ」
「なんで、それを」
「まあ捨てないでとか、恋人っぽい名前を言いながら歩いていたので、振られたのかなと。普通に考えたらわかりますよ」
(え、私そんなこと言いながら歩いてたの……)
「そんなことより、一か月後もし死にたいという気持ちが消えなかったから死んでもらって構いません、ただどうせ死ぬながら私と一緒に元カノを見返しませんか?」
「なんで私がそんなこと」
「いいんですか? 貴女を振った人は貴女のことなんか忘れて今後幸せに過ごすんですよ。そんなのずるくないですか?」
彼女は悪魔が
そうなのかな。
振られた私だけ不幸で、みんな幸せなのかな。
不思議とその言葉を聞いたあと、私は自然と契約書に名前を書いていた。
「じゃあこれで、大丈夫ですね!」
お姉さんは私の名前を見て満足そうにうなずくとそう言った。
「今更ですけど、貴女のパーソナルトレーナーになった、
私のこの選択が合っているかはわからない。
ただダメだったら一か月後に死ねばいい。
裏切らないなら、証明して見せてよ。
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