筋肉に裏切られる

鮎河蛍石

筋肉に裏切られる

「鬱に筋トレが効く」

 私が嫌いな言説だ。

 小学三年生から中学を卒業するまで剣道を習っていたが、常に抑うつ状態と憂鬱感に苛まれていた。

 いい加減なこと言ってんじゃねえと。


 さて筋肉でこんな話を聞いたことがある。

 話者を仮にBと呼ぶ。

 Bは合コンに参加した。

「私、筋肉質の人が好みなんです」

 好みの女の子がそんなことを言うのだ。

 当時Bはボディーメイクを趣味にしており、スポーツジムに足しげく通っていたのだ。

 自分に気があると思った。

 連絡先を交換しデートを重ね、付き合うようになった。


「可愛い顔で笑うんですよ彼女」


 なにより彼女の笑顔に惹かれたのだと言う。

 明るい性格で、いつもニコニコしている彼女と過ごす日々は、幸せそのものだった。


 しかし付き合って一年、関係が拗れた。

 些細な口喧嘩が激化し、冷戦状態に移行。お互いに口を利かない期間が三週間続いた。


「気まずくってこっちから謝り倒して何とか口を聞いて貰える

 ようにはなりました」


 しかしギクシャクする。

 二人の間に見えない壁のようなものを感じるようになった。

 

「デートに誘いました」


 登山デート。

 Bが彼女に想いを告げた、五回目のデートで登った山だ。


「やり直せないかな出会った時みたいに」

「虫の良いこと言ってんじゃねえ!」


 彼女はキレた。


「人が飯つくってやったら炭水化物はダメだ? これじゃ筋肉が喜ばない? 意味わからねえこと言ってんじゃねえ! こちとら休みはゆっくりしてえのに、サイクリングだのボルダリングだのクソだりいデートばっかりぶっこみやがってよ! それになんだ登山デートだ? こっちは生理中でクソしんどいじゃボケ! あとな上半身裸の写真送ってくんな! てめえの筋肉がどうなろうと興味ねえんだわ! 気色わりい! ベンチプレスに潰されて死ね!」

 

 一気にまくしたてた彼女は一人で下山した。

 

「筋肉に裏切られた気分ですよ」


 彼女と破局した彼は過食に走り肥満体となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

筋肉に裏切られる 鮎河蛍石 @aomisora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ