夜風は人を詩人に変える。結果、比喩表現でバトルが始まりました

@yayuS

第1話

 サァー。


 夜風が草原を掛ける馬の毛並みが如く、爽やかに俺を通り越す。

 真夜中三時。

 俺は一人、夜の街を散歩していた。


「道路を走る車もない。まるで、俺がこの街を支配しているみたいだ」


 なんて、絶対に有り得ぬ妄想をしてしまうのは、深夜だからだろう。


「いや、深夜だけじゃないか……」


 何故、俺がこの時間に歩いているのか。

 それは、会社の先輩に合コンなるモノに誘われたからだった。20年生きていて初めての経験。

 緊張しすぎて何も覚えていなかった。

 初めて女性と向き合ってお酒を飲む。

 ただ、それだけで緊張した自分が恥ずかしいと感じたから、どこか、感傷的になっているのかも知れない。


 俺は少し前の自分から目を逸らすように空を見上げる。

 空には月も星も浮かんでなかった。


「空さえも、俺を見たくないから、雲で覆ってるのかもね」


 街だけでなく、空すらも自分だけのものだ。

 俺がそう錯覚した時、現実を突きつける存在が現れた。それは、正面から歩いてくる女性だった。

 随分と変わった格好をしている。

 言うなれば――異世界の騎士のような――そんな姿。顔立ちも日本人離れしており、ハリウッドスターみたいに綺麗だ。

 深夜に衣装を着て撮影会でもしていたのだろうか? もしかしたら、芸能人かも。そんなことを考えながら、足を動かした。


 ザッ、ザッ、ザッ。

 

 互いの足音が、深夜の街に響く。まるで、互いに呼び合う獣のようではないか、後、数歩で身体が重なる。

 そんな距離で、彼女はピタリ、と、足を止めた。


 正面。

 彼女の美しい顔が、視界にはっきりと映る。

 剣呑的な美麗さに思わず、俺は、足を止めて呟いていた。


「まるで、吸血鬼みたいだ」


 そんな感想を抱いたのは、数か月前に見た映画が関係しているだろう。夜中に、街を散歩していた少年が、吸血鬼と出会い恋に落ちていく物語。


 だが、それはあくまでも物語だ。

 深夜に出会ったくらいで、恋は発展しない。彼女が足を止めたのも、きっと、何か忘れ物をしたとかだろう。

 俺は止めていた足を動かそうとした。

 その時――、


「貰ったぞ。お前の比喩を――!」


 美麗な女性が牙を剥き、俺の首元に噛みついてきた。

 それこそ、吸血鬼が如くだ。


「がっ!!」


 首筋から吸いきれない血が、地を這う蛇のように垂れていく。

 一体、何が起きているんだ?

 理解が追い付かぬ頭。

 だが――このままじゃ、危険だ。俺は彼女を引きはがそうと力を込めるがビクともしない。

 俺よりも全然、細いのに、どこにこんな力があるんだろう。

 まさか、本当に吸血鬼なのか?


「……」


 血を吸われているからか、意識が呆然としてきた。

 靄が掛かった視界に映るのは、首筋から垂れた血が、衣服を染めていく光景だった。

 まるで、真っ赤なアメーバだ。

 じわじわと、広がり蠢く液状の生物。

 どうせなら、俺じゃなくて彼女を覆ってくれればいいのに。


 俺は自分で助かることを諦め、妄想に逃げ込んだ。

 昔からそうだ。

 なにか不利なことが起こると、現実に目を背けて妄想へ逃げる。だが、この時ばかりは、俺の悪癖が功をそうした。


「……え?」


 俺の願った通りに、衣服に染み込んだ血液が、液状の生物となって彼女に覆いかぶさったのだ。

 突然の光景に、僅かに意識が戻ってくる。

 血液に巻き付かれ、地に膝を付いた彼女。

 俺は残された体力を使って、その場を後にした。


「何が……起きたんだ?」


 血が勝手に動いた?

 まさか、俺にはそんな能力でもあるのか?

 逃げながら、首筋に手を触れる。牙で貫かれた肉体から流れた血液が、手に付着する。俺はもう一度、血を操ろうと試みるが、何の変化も現れなかった。


「どうして……? いや、とにかく今は逃げないと」

 

 だが、走るほど体力は回復していない。

 牛歩が如く足取りで逃げる。

 彼女との距離は10メートルほど。すぐに追いつかれる距離だ。


 彼女は身体に巻き付く血液に齧り付き、「ツル、ツル」と、猫がゼリーを喰らうように胃に収めていく。


「……え?」


 猫みたいだと思った俺を馬鹿にするかのように、血液を食らい終えた彼女は、身体を『猫』に変化させた。

 夜道に生える白猫。


 タタタ。


 猫となった彼女は、軽やかな足取りで俺を追い抜いた。

 猫から人間に戻る彼女。顔をゆがめて笑う彼女は、人の死を弄ぶ死神みたいだ。

 そんな俺の考えを見抜いたかのように、彼女は自分の背丈よりも長い鎌を具現化させる。


「ふふ、いい考え方だ。気に入ったぞ」


 何が気に入ったのか。

 彼女は大きな鎌を振り上げる。


 なんだ、これは。

 夜中にすれ違った女性が『吸血鬼』で、訳もなく襲い掛かってくる。

 まるで、悪夢だ。

 悪い夢を見ているようではないか。


 俺が夢だと自分に言い聞かせると――景色が一変し、自宅のベッドで天井を見つめていた。


「え……?」


 まるで、さっきまでの光景が本当に夢だったかのように。



この時、俺はまだ知らなかった。

『比喩』を武器に争いを繰り広げている戦士たちがいることを――。

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