『シス・コンビニエンスストア』

龍宝

「シスコンビニエンス・ストア」




「イラッシャイマセー」




 このご時世に非自動のドアを押し開けたのとワンテンポ遅れて、片言のあいさつが返ってくる。


 日付が変わって間もなく、私――友永ともなが三香みかは近所のコンビニエンス・ストアにきていた。


 昔ながらの、二十四時間営業な店である。


 煮詰まっていたレポートを放り出し、気分転換にでもなればと深夜の散歩に出たまではよかったのだが、いかんせん時間が時間だ。


 開いている店など限られて、結局は通い慣れたこの店へ足が向いていた。


 スマホのメッセージアプリは、沈黙を保ったままだし。


 雑誌コーナーから新作のスイーツ棚までぐるりと一周し、少し戻ってアイスを物色する。


 三月も半ばに差し掛かろうかというこの頃、かなり温かくなってきたとはいえ、さすがにまだ夜は冷える。


 冷たいものよりは、温かいものを。


 次に私が足を止めたのは、売れ残りの弁当やスパゲッティなどがまばらに並んでいる一角だった。


 端の方に、肉厚なカツサンドを見かけて、思わず手に取る。


 実のところ、こうした深夜の衝動買い――いや、衝動食いというべきか――は、これが初めてではない。


 元来、友永三香という女は不規則な生活を苦にも思わない不健全者なのだ。


 中学生の頃から、夜更かしは日課であり、休日は丸々寝るものだと心得ていた。


 それが大学も三回生になれば、とっくに朝からの講義とはした身である。


 ただでさえ健康的とはいえなかった生活に、昼夜逆転という致命的なカードが加わって、私の生活リズムはナポレオンのロシア遠征より具合に仕上がっていた。


 それでもこうして生きていられるんだから、モラトリアム万歳と喝采を上げるしかない。


 あと十年は大学にいたいものだ。




「すみませーん」




 カツサンドと新発売だというスイーツをふたつばかり抱えて、レジに並ぶ。


 並ぶ、といっても客の姿は私以外に皆無だし、何なら店員すらいない。


 先ほど入店のあいさつをくれた留学生は、いつの間にか奥に引っ込んでしまっていたようだ。


 〝御用の際には〟と書いてある卓上ベルをひと押し、店内に流されている有線放送を聞くともなしに聞いていると、がちゃりとバックルームのドアが開いた。




「お待たせしました、お客様」




 小柄な店員少女が、ぱたぱたと早足でレジにく。


 これには、私の驚くまいことか。


 このどうみても高校生な少女と外国人留学生のコンビが、この店の夜勤組らしい。


 産業革命の時代から続いている老舗コンビニなのかな?




「こちら、温めますか?」




 レジ打ちの合間に、カツサンドを持ち上げて店員が言った。


 一瞬だけ迷って、お願いすることにした。


 歩いている間に冷めてしまうかも、と思ったのだが、家に帰ってから家族が起きてませんように、とおっかなびっくり電子レンジを回すよりはいいだろう。


 業務用レンジらしい、たくましいうなり声が響く。




「お客様。お待ちの間に、少し話をしませんか」




 精算を終えて突っ立っていると、店員がそう切り出してきた。


 サービス精神が旺盛すぎて教会に懺悔さんげしに来たのかと錯覚しそうになる。




「実は、わたしには将来を誓い合った仲の人がいるんですけど。双子の妹が、その人に彼女ができたって言うんです」




 あれ? これもしかして私が神父役させられてるかな?




「何度も一緒にいるのを見かけたって。でも、わたしにはそんなの信じられないんです。だって、その人と付き合うのは私のはずなのに。おかしいじゃないですか」




 おかしいのは店員さんの眼だと思う。


 なんでそんなに真っ黒なんです?




「こっちは生まれた瞬間から一緒にいるんですよ? 昨日今日知り合った人と、お姉ちゃんが恋人だなんて。……あっ、その人っていうのは、わたしのお姉ちゃんなんです。五つ上の」




 やっぱり、アイスは買わなくて正解だった。


 こんなにも肌寒いし。背筋とか。


 早く温め終わってくれ。カツサンドよ。




「だから、絶対メイカちゃんの勘違いだもんって、昨日ケンカになっちゃって」


「……仲直りの方法を、一緒に考えてほしい、とか?」


「いいえ。それには及びません。仲直りするには、やっぱりどちらかが自分の非を認めないといけないわけじゃないですか。でも、それには正しい情報を、真実を知らなきゃですよね。だから、わたしも自分なりに調べてみたんです。、調べました」




 感情の読めない――あるいは、はなから込められていない――声で淡々と話す店員に思わず息を呑む。


 と、ちょうど電子レンジから甲高い音が鳴った。


 びくり、と肩をねさせたのは私だけだった。




「はい、お待たせしました」




 ほかほかを通り越して熱々になったカツサンドを別の袋に入れて、店員が差し出してくれた。


 とにかく、受け取ってさっさと店を出よう。


 そう思って伸ばした私の右手を、ビニール袋の取っ手越しに、店員さんが〝ぎゅっ〟と握った。






「味わって食べてね、。――別れるまで、ごはん抜きだから」






 オー・マイ・イエス。


 にっこり笑った店員さんの胸元には、「友永」のネームプレートがあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『シス・コンビニエンスストア』 龍宝 @longbao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ