13 魔王様と儀式


「じゃあ儀式をやっちゃいましょうか」

 元王妃改め魔王様は気軽に言って立ち上がる。

「その儀式はどういう趣旨で……?」

「君の身が危ないから、死なないように契約をする」

「神殿でやるからね」

 魔王様のあとをヴァンサン殿下は僕の手を取って、そのまま手を繋いで行く。

 嫌と言う選択肢は無いのか。そりゃあ死にたくはないけど。


 広間から出て宮殿の階段を下りたあと、右に曲がって左に曲がって、回廊をぐるぐる歩き回って階段を上がったらそこが神殿だった。

 煌びやかな長い衣を着て冠を被った白髭の男が恭しく迎えに出る。後ろに女官を何人か従えていた。


「あちらの殿舎でお召し替えを」

 女官に案内されてヴァンサン殿下と違う場所に連れて行かれる。

 そのまま広い浴場に放り込まれて、身体の隅々まで綺麗に磨き上げられた。

 いやもう恥ずかしいのなんの、だって僕は立派な男子だし。


 そのあと寝転がって、クリームを塗りたくられてマッサージやら何やら。やっと椅子に座ったと思ったら、化粧水をはたかれて眉と口紅だけの化粧をした。髪は綺麗に結われて、簪やらリボンやらで飾られる。

 それから衣装を着せられる。白い下重ねに水色の着物、上に瑠璃色の袖なしの着物を重ねて帯を巻かれ、薄物の羽織を羽織り裳をつけて終わりだ。

 王国の衣裳じゃないな。


 やっと終わって殿舎の入り口に出ると、ヴァンサン殿下が待っていた。

 僕と似たような格好だけど、殿下は袴というズボンをはいていた。こっちの衣裳は女性用だろうか。着せ替えにくたびれ果てて僕は仏頂面で睨んだ。

 殿下はそんな僕を蕩けるような目で見て、にっこり笑って「綺麗だ」と囁く。


 そのまま殿下に連れられて神殿の奥に進んだ。


 シンとして空気が冷たい。

 奥に白い翼の像と黒い翼の像が並んで立っていた。

 真ん中に立っているのは魔王様だ。白い下重ねに黒い上掛けを着て、綾錦の帯を締め、薄い紗にとりどりの色の宝石を縫い付けた豪奢な上掛けを羽織っている。片側に先程の白髭の男が控え、厳かに呪文を唱えると床に魔法陣が浮かび上がった。


 殿下に手を取られて魔法陣の真ん中に進んだ。

 女官が三方を運んでくる。上には赤い液体の入ったグラスが二つと大きな針が二つ。殿下が針を取って、薬指の先に刺す。盛り上がった血をグラスに一滴ずつ注ぎ、魔法陣に一滴落とした。真似をして僕も薬指の先に針を刺し、グラスに一滴ずつ、そして魔法陣に一滴落とした。グラスのお酒を掲げて飲み干す。魔法陣が眩く輝く。


 ヴァンサン殿下が僕の身体を抱き寄せた。見上げると真面目な顔をしていて、顎を持ち上げてキスを寄越す。魔法陣の輝きが二人の身体を包んでひときわ輝いた。光はゆっくりと僕たちの身体の中に収束して消えた。

「儀式は滞りなく終了いたしました」

 白髪の男が厳かに宣誓する。

 魔王様が先に退出し、そのあとを追って僕たちも神殿を退出した。




  * * *


 その格好のまま、またぐるぐると歩いて広い宴会場に着いた。

 そこに居た連中に拍手喝采で迎えられる。

 正面の魔王様の隣に座ると乾杯の音頭を取ってそのまま宴会となった。

 賑やかで先程の儀式とはえらい違いだ。


 何か気になる事が多すぎる。取り敢えず思い付いたものから聞いてみよう。

「ねえ、魔王って世襲なの?」

「そうだな、まず血筋、そして実力だな。伯父上が身罷られて、正当な血筋で力のある母上が後を継いだのだ」

 にっこり笑ってお酒を飲んでいる魔王様は若々しくて美人で色っぽい。

 殿下がこの人の子だという事は、魔王になる可能性もあるのか?


「人は自分たちと違う異形のものを排除する。排除されたものは行き場を失い賊になり下がり治安が乱される。国はそういう輩を追い払い追い出す。あぶれた者たちはここに流れ込んで棲み処とした。ここには様々なものがいる。力が無くては抑えられない」


 僕は魔力が多い方じゃないし、魔法も得意じゃない。殿下の役に立たない。

 こんな場所にいていいのかな。場違いじゃないのかな。

 水色の髪の女性の顔が浮かぶ。貴婦人マドレーヌ。ヴァンサン殿下は彼女をどうするつもりだろう。

 結婚……するんだろうか、彼女と。

 ヴァンサン殿下はバルテル王国の王にはならないと言った。しかし、公爵令嬢が魔境に来るというかしら。王妃になる為に頑張っていると彼女は言う。魔王の奥さんになったら一応王妃だろうけど。


 食事をしてお酒を飲んだら眠くなった。

 疲れた、寝てしまおう。そうしよう。



  * * *


 ヘクチッ!

「寒い……」

 上掛けどこ? うん? 何かいる。温かい。

「エリク……?」

 くうくうくう。

「私の忍耐力を試しているのかな」

 何か聞こえたような気がしたが夢の中だ。


 朝起きて顔を洗って着替えていると、ヴァンサン殿下がラフな格好でテラスから入って来た。

「おはようございます」

「やあおはよう、君はよく眠れたようだな」

「はい?」

 なんかイヤにとげとげしい言い方だな。


 そういや、森にいるトゲトゲスライムと白蛇の抜け殻で『脱出』が出来ないかな。抜け殻を砕いて中身のスライムと魔法で接着して、細くゴムのように伸びる輪っかを作る。トゲトゲの殻で固定してダンジョンを探索して伸びるのを解除すればシュパンと固定したところに戻るっと。よっしゃ。

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