09 公爵令嬢と魔道具商会


「私は君を守ろうと思って来た」

 少し素面に戻ったヴァンサン殿下は腕を組んで弁解する。

「エリク、婚約者のマドレーヌのことも、聖女のアリアーヌのことも問題ない。いつか話すから」

 真っ直ぐに僕を見て言う殿下。

 問題ないって──? 僕の方が彼女らにとって問題にもならないと思うんだが。何の身分も能力もない僕は、彼女らにとって片手で捻り潰すくらい造作もないことだろう。

 殿下の言葉に僕は頷くしかないんだけれど。僕にも秘密があるし、大した秘密じゃないんだけれど。


「じゃあ守って下さい」

 弁解なんか聞きたくないんだ。

「君には敵わないな」と溜め息。

「それって、惚れた弱みってヤツですか?」

「まあな」

「僕もソレがあると思う」

「え」

「僕、手が早いんだ。ぶん殴ってる」

 そしてまた殺される。

 命がいくつあっても足りないな。


 多分、僕はこの人と恋愛したら殺されるんだ。


「そうか」

 殿下は片手を口元に持って来てそう言った。ちょっと殿下の白い頬が染まっているような気がするけど、多分僕の頬も負けずに赤いだろう。

「うん」

 そうだ。困った、どうしよう。自分がそっち側だと思っていなかった。


 男同士の恋愛はこの国でもよく聞くし、学院では女性相手の恋愛の前に模擬恋愛みたいな感じで遊んだりするやつも多いと聞く。貴族は下手に異性と遊んだり出来ないとか色んな事情があったりして。


 ただそういう模擬恋愛で本気になったりする奴もいるし、喧嘩になったり、殺し合いになったり、一生結婚しない奴もいるという。

 高位の貴族は愛人として囲っていたりもするとか。この国ではあまり大っぴらではなくて、黙認されているという感じか。

 今まで他人事だったんだけど──。


 取り敢えず食堂に行ってお茶を飲んで、何か食べよう。そうしよう。

 まだ生きているし。


 ありがたい事にヴァンサン殿下と一緒にいると、誰も近付いてこなかった。

 僕たちはしんみりと食堂の一等席で食事をした。



  * * *


 僕と殿下の噂は瞬く間に広まった。


 ニコラとジュールは相変わらず一緒にいてくれる。僕は本当にありがたいと思っている。クラスの者たちは、前よりちょっと遠巻きにして僕らを見ている。

 まあ彼らには関係ない事だし。面白がってそう。


「僕の一番上の兄が今度結婚するんだ。ニコラとジュールも来ない?」

 この前、田舎から送って来た荷物の中に手紙が入っていたのだ。

「え、俺ら行っていいの?」

「うん、すごい田舎だけど良かったら。学校休みになるし」

「そうだね、行こうか」

「わーい、いっぱい遊ぼうね。近くの森にも行こうね」

 そんなことを話していたら呼び出しがかかった。



 そしてまた上位貴族の立派な校舎のサロンに呼び出された。

「あなたがエリクさん?」

「はい」

 お呼びになったのは公爵令嬢のマドレーヌ様。

 後ろに侍女やら侍従やらを従えて、サロンで優雅にお茶を飲んでいらっしゃる。

 僕は立ちん坊で給仕をするわけでもなく、いささか手持無沙汰だ。


「わたくしはこの国の王妃になる為に、たゆまぬ努力をしたわ。厳しい王妃教育に耐え、何カ国もの言葉を操り、貴婦人の微笑みを作り、感情を殺して」

 うん、マドレーヌ嬢は誰が見たって貴婦人だ。

「このわたくしの努力を無価値にしないで頂戴」

 どう答えればいいのか、でも答えはいらないのだろう。


「もういいわ。結局あなたはわたくしの身代わりなのね」

 しばらく僕を立ちん坊させた令嬢はそう言った。令嬢の髪は水色だった。

「はい、では失礼いたします」

 僕はさっさと逃げ出した。


『あなたはわたくしの身代わりなのね』

 その言葉はひどく僕の心を傷つけた。

 僕の魔道具みたいに替えでしかないのか。

 本物の魔法には勝てないのか。

 僕は偽物なのか。



  * * *


 殿下の護衛のクレマンさんが迎えに来たのはそれから何日か経ってからだった。

 クレマンさんは学院玄関の車寄せに案内した。立派な馬車が待っていてそれに乗るとすぐ走り出す。


 ヴァンサン殿下は僕が馬車の座席に座るとすぐ隣に座った。

「商会に行くぞ」

「はい」

 側に座った男を見上げる。殿下の手が伸びて僕の肩を抱いて引き寄せる。透き通った銀の髪が頬を掠める。僕の頭にちょっと手を置いてポフポフと撫でた。

 猫みたいに甘えたい気分だ。


 小一時間で馬車は王都の中心部にある商会に着いた。

 馬車を降りると中年の髪を後ろに撫でつけた男と、眼鏡をかけた少し若い男が出迎えた。大きな魔道具のお店だ。


「お待ちしておりました。こちらへ」

 男が先頭に立って案内する。三階の奥にある来客用の広い部屋に行った。

「この子がエリク・ルーセル」

 殿下が紹介してくれる。

「こちらがノイラート商会バルテル国総支配人のウルリヒ・ルックナー氏だ。彼が秘書のヘルミク・ルーマン氏」

「こんにちは、初めまして」

「よろしくお願いします」

 ルックナー氏は用意した用紙を取り出して説明した。

「これがこの前の商品の登録用紙です。あとエリク君のサインだけですね。利益の配分はこちら」

 てきぱきと説明してくれた商品からサインしていく。僕も今回作った物の仕様書を書いて持ってきた。


「これは?」

 仕様書と現物を見ながらルックナー氏が聞く。

「防音と少し防御が出来る結界です」

「こちらは?」

「こっちがライトで、こっちが閃光玉、それが氷玉。これが『少し下がる』」

「ふむ、面白いですな」

 うん、まあ大したものは無いんだ。

「こちらも商業ギルドで商品登録して、我々の商会で生産し、冒険者ギルドを中心に販売していきたいと思います」

 僕一人じゃ十かそこらくらいしか作れない。たくさん作って国中に広がれば、魔力が少なくて魔法の使えない人も防御が上がったり結界が張れたりするのだ。


「あのスライムジェルで作る玉がとても面白いんです。様々なものが出来るでしょう。是非ともあのボールの製造販売を我々だけに出来るように契約していただきたい。我々の手で規格を定め、粗悪品が出回らないよう管理したい」

「こちらの商会は元々帝国で手広く仕事をされているんだ」


 帝国は魔道具の開発も優れている。この国の魔道具の製作は、帝国の商会の下請けみたいな感じで作っていて、自国ではほとんど開発していない。

「だから君とも取引があるといいと思うんだ。君はまだ伸び盛りだ、君の才能を使い潰すのではなく、育てて欲しいと私は思っているんだ。その為に帝国へ留学することも視野に入れて考えて欲しい」

 僕はしばらくあんぐりと口を開けてぼんやりと聞いていた。ヴァンサン殿下はそんなことまで考えてくれていたのか。


「うん。僕、今度田舎に帰るんだ。お兄ちゃんの結婚式で。だからその時にお父さんたちに相談する。それから返事してもいいですか」

「分かりました。いい返事をお待ちしています」

「はい。あの、ありがとうございます」

 僕の作った物を認めてくれて。

 商会のルックナー氏は少し驚いた顔になって、それから笑って握手してくれた。


 そのあと僕たちはお店の中の沢山の商品を見て帰った。僕にはまだこんなものは作れないけれど、作りたい気持ちは沢山あるんだ。

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