魔道具士になりたい僕に愛を囁く王子には婚約者がいる
綾南みか
一章 王都の魔術学院
01 誘拐事件
僕は小さな頃、誘拐されたことがある。
小さな小屋には、同じ年頃の青や水色の髪をした子供が何人かいて、僕達は檻に入れられ、馬車に乗せられて、どこかに連れ去られようとしていた。
「ねえ、逃げよう!」
「どうやって」
「オレはいいんだ」
「シクシク……」
僕は檻の錠前を、持っていたスライムジェルで型取った。まだ粘土ぐらいの柔らかさのジェルに石墨を振りかけて魔力を流すと固まる。応急の鍵が出来た。
何度かそっと動かすと「カチャ」と音がして檻の鍵が外れた。一緒に居た子供たちの目が光る。泣いていた子も泣き止んだ。
馬車が道の轍の跡に嵌まって動けなくなった時、皆を引っ張って逃げた。
走って、走って、馬車の轍の跡を辿って走った。
「おい、待て!」
「ガキども!」
途中で攫った男たちが気付いて追いかけて来る。
怖い。逃げなきゃ。走って、もっと早く! 皆で懸命に走った。
その時、道の向こうから何人かの騎馬兵が走って来たんだ。
「わっ、国境警備隊の兵士だ!」
「逃げろ!」
僕達を攫った男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
そして僕達は無事に警備兵に保護された。
その日から、僕の首には魔道具がぶら下がっている。水色の瞳も髪の色も淡いグレーになったんだ。
* * *
「ねえ、お父さん。僕、王都の魔術学院に行きたい」
僕は十五歳になったある日、お父さんにお願いしてみた。
僕の名前はエリク・ルーセル。三人兄弟の末っ子で、家は武具屋をしていた。皮の鎧や鎖帷子、それにブロードソード。田舎なのでついでに日用品や食料品も売っていて店は繁盛とはいかないが、それなりに親子五人が暮らしていけた。
町から少し離れた所に森があって、そこにはいろんな魔物が棲んでいる。
お父さんは時々伯父さんやお友達と一緒に森に入って、魔物を狩ったり森にある素材を採って来る。伯父さんがこの辺りの地方地主なので一応名字があるんだ。だから魔法学校の試験に受かれば、入れるんじゃないかなと思っている。
「まあ、エリク。確かにお前は魔力が多いけれど」
お母さんは反対のようだ。僕は末っ子で、魔道具を外せば髪は水色で、見た目も細くて中背で甘ったれそのものに見えるからなあ。
「ねえ、ジョン兄ちゃん。僕、行ってもいいよね」
長男のジョン兄ちゃんは僕より五歳年上の二十歳。お父さんとお母さんを支えてお店を切り盛りしてきたんだ。そろそろお嫁さんを貰うと言っている。
僕が魔法学校に行っても、学費なんかは国から出るから大丈夫な筈だ。
「ああ、エリクは魔道具を作らせたらすごいからな。一度王都に行ってみたらいいんじゃないかな」
ジョン兄ちゃんは賛成してくれた。
「まあダメ元だよね。無理しないで、いつでも戻って来たらいいよ」
「アベル兄ちゃん、ありがとう!」
僕より三つ上の十八歳のアベル兄ちゃんは物静かな優しい人で、近所の薬師に師事して様々な薬の製法を学んでいる。
「仕方ないなエリク。私は魔力が多かったら、もっとすごい物が作れるといつも思っていたんだ。王都で勉強してお前の腕を試しておいで」
やった、お父さんの許可が出た。
お父さんは武器や防具を整備しながら細々と魔道具を作っている。僕はいつもお父さんの側で、飽きもせずにお父さんの作るものを眺めていた。
「さあエリク、どんなものが作りたいんだ?」
「僕ね、僕、ピカピカ光るの!」
「そうかそうか」
お父さんの大きな手が、僕の頭をポフポフと撫でるのが好きだった。
魔道具には色々なものがあって、例えば灯りやコンロやオーブン、お風呂などの魔道具とか、箱や部屋を低温に保つ魔道具とか、ほとんどは魔石で動かされ、魔力の少ない人の為の生活便利道具だ。
魔道具はそういうものだとみんな考えている。そしてそういうものは大きな商会が作っていて、庶民には手の出ない高額商品が多い。
魔石は魔物を倒すかダンジョンの中にあって、わりかし高価だ。冒険者のいい稼ぎになる。
だけど、ピカピカ光ればきれいで飾りつけにもなるけど、山や森で遭難した時に使えるだろう? もっと光れば目晦ましになるだろう? 僕の魔法じゃ大した威力の攻撃の魔道具は作れないけれど、小技を生かしたものなら作れるんじゃないか?
そう思っていた時もあったんだけど──。
「「頑張れよ」」
「辛くなったらいつでも帰って来るんだぞ」
「無理しないでね」
家族にそう言われて送り出されて、喜び勇んで田舎を出てきたはいいけれど、王都の魔術学院は僕にとって甘い所じゃなかった。
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