第30話 すべては寝取られた後で 2 ―アイナ視点―
<獅子の月 3日 続き>
「―――そうですか。では、あらためてご挨拶を。私はクラエア・ベーゼルグスト。カズト様の従者です」
余裕を感じさせる微笑みを浮かべながら、クラエアは言う。
「カズトの従者……」
シラソバだけじゃなかったの?
しかも、もう既に契約をしている。
つまりカズトとそういうことをしている。
私の知らない人と、知らない内に……。
「ここにアイナ様がいる、とシラソバから聞きました」
「そう……。私に何か用があるの?」
「そうですね―――宣戦布告、とでも言っておきましょうか。アイナ様がカズト様の恋人だと知っています。以前ならそれを邪魔するつもりもありませんでした。私はただ従者にして頂けるだけで十分でしたから。でも、カズト様から『愛している』と言われて、そして身も心も捧げた今、私はアイナ様に負けたくないと思っています」
「愛している……? カズトが言ったの?」
嘘だ! そんなはずは無い! カズトが他の女性を愛しているなんて……。
「ええ。私も女です。敬愛する
「そんな……、でも恋人は私よ!」
「今はそうですね。でも、この先はどうでしょう」
「うっ……。クラエアはわざわざそんなことを言いに来たの?」
「ええ、それが本題です。他には―――、今日はシラソバがカズト様のお相手をするから暇だったので、アイナ様がどんな方か知りたかったからです。……とてもお綺麗ですね、アイナ様って」
こちらを
でも、余裕のある態度は崩れない。その態度が
「あなただって綺麗よ。悔しいけど……。でも、私とカズトは小さい頃から―――」
「知ってますよ。幼馴染ですよね。でも、幼馴染がいつでも勝つとは限らない。違いますか?」
「そ、そんなことは―――」
無い、とは言えなかった。
前世の私は、幼馴染の
「今、カズト様の近くにいるのは私です。あの御方の
ん? 私とカズトが何度も身体を重ねている?
たしかに前世はそうだったけど、この世界ではまだなのに……。
なんでクラエアはそんなこと言い出すの?
「どういうこと? 私とカズトは、まだ―――」
「やめてください。正直言って嫉妬しているんです。だって、ベッドではあんなに
「えっ!?」
カズトのエッチが
そうだったかなぁ?
恋人になってから召集される前までは、村でいろいろとエッチなことをした。
最後まではしなかったけど、それ以外のことは大体した。
その時のカズトは
けして上手では無かった気がする……。
本当にエッチが上手で
あれはとんでもなかった。
一瞬で溶かされる感覚。冷めることなく、ずっと
前世の記憶が戻ってから身体が
「でも今は私にして下さっています。私に夢中なんです。これからは、シラソバも、他の従者にも……。だから、もうアイナ様だけのものではないのですよ」
「違う! カズトは私のよ! 私だけを見ているの! 他の人とはただ契約のために仕方なく―――」
「いい加減、現実を見て下さい。アイナ様だってフェイクトがいるじゃないですか? 貴方は貴方で他の従者もどんどん増やしてくださいね」
「そ、それは……。違うの! あなたには関係ない」
「そうでしょうか? だって、アイナ様……。失礼ですが、貴方の神核は弱いです。それも想像以上に……。勇者としてしっかりと実力を見せないと、カズト様の横に居る権利も無いですよ」
「勇者では無いクラエアなんかに言われたくない!」
誰も好きで勇者になった訳じゃない!
そうよ! 私が勇者じゃなかったら、カズトの従者にだってなれたのに!
「たしかに私は勇者ではありません。でも―――アイナ様より遥かに強いですよ」
クラエアはそう言うと、疑似神核の力を解放した。
圧倒的なまでの力の奔流。濃密なオーラがクラエアを取り巻いている。
そして、不思議な変化が私の目の前で起こった。
それは―――クラエアの紫色の髪が、真っ赤に変化していた。
「えっ……。なんなの、その髪……」
夜を照らす
その輝きと濃い赤色は、まるでカズトへの愛情を示しているようだった。
狂おしいほどの激情として。
「これがカズト様から与えられた力です。カズト様に選ばれた
「そんな……。髪色が変化するなんて―――まるでハルローゼみたい」
クラエアの髪色の変化を見て、私はハルローゼを思い出していた。
色は少し違うけど、ハルローゼも神核の力を解放すると、髪色が紫から薄紅色に変化していたから。
「ハルローゼ!? あの
ハルローゼの名前を出した
常に余裕を見せていた彼女にしては珍しい。
「ハルローゼは同じ勇者よ。名前くらいは知っているでしょう」
「ええ、もちろんです。ハルローゼ……様は、私にとって妹みたいな存在。あの子の母親は当家のメイドをしていました。父親も当家に仕えています。歳が近く、小さい頃はよく遊んでいました。最近は身分の差もあってあまり会っていませんし、ハルローゼ様は勇者になったので……。それよりも、ハルローゼ様も髪色が変化するというのは、本当ですか?」
「本当よ。あなたほど真っ赤ではないけどね」
「そうですか。そういうことでしたか……。相手はおそらく父でしょう……父の専属のメイドでしたから。妹のように可愛がっていたけど、本当にそうだったとは……」
「どういうこと?」
「いえ、なんでもありません」
クラエアは苦々しい顔をして口を閉ざした。
そんな時、誰かが近づいて来る気配がした。
複数人の足音。その先頭にいたのは―――カコだった。
カコは、連れていた従者に離れるよう指示し、こちらに話しかけてきた。
「アイナ? それに、もうひとりは従者かな。あなた誰?」
クラエアが一礼して答える。
「私はクラエア・ベーゼルグスト。カズト様の従者です」
「カズトの従者!? そう……カズトに従者かぁ……。それで、アイナと何をしていたの?」
「アイナ様とは偶然出会ったので、少しお話をしていただけです」
「そう? じゃあ、どうして疑似神核を解放しているの?」
カコが
その様子は、少しだけクラエアを警戒しているようだった。
「あっ、失礼しました。これはただの話の成り行きでして……、おかしな意味ではありません」
クラエアは慌てて疑似神核の力を抑える。
すると、さっきまでのことが嘘のように、髪が紫色に戻った。
「その髪……。まあ、いいわ。とにかく気をつけて。こんな場所でいきなりそんな気配を出されると警戒してしまうから」
「本当に申し訳ありませんでした。それでは、私はこれで失礼します」
そう言って、私とカコに改めてお辞儀をすると、クラエアは立ち去ろうとする。
私は慌ててクラエアを呼び止めた。
「待って! カズトに会わせて! ねぇ、お願い」
クラエアは立ち止まると、後ろを向いたまま言う。
「―――カズト様に伝えます。ですが、今は会いたくないみたいです」
「どうして?」
「わかりません。ですが、
最後にそう言い残してクラエアは去っていった。
「
そんな私の独り言にカコが反応する。
「ねぇアイナ。カズトに何かあった?」
「―――わからない。会う約束をしてたんだけど、会いに来ないの」
「何か変化は? 北の樹海で直接会ったんだよね?」
「なんでそれを知っているの?」
「いいから! アイナから見て、カズトに変化はあった? どんな
カコにしては珍しく真剣な
前世の記憶が戻った後も、カコはカズトに執着を見せる様子は無かったはず。
なのに、今更なんでだろう……?
「うーん、普通だった気がするけど……。でも、最初は従者を得る気が無い感じだったのに、最後の方は前向きになっていたかな」
それで私の知らない内にクラエアが従者に。そして今頃、シラソバが……。
「アイナがいるのに心変わりした……。もしかして―――」
「カコ?」
「ねぇアイナ。もしさ……、もし、カズトに前世の記憶が戻ったら、アイナはどうする?」
「どうするって……。それは嬉しいわ」
前世でも恋人だったんだから、その時の記憶も思い出してほしい。
「嬉しい、か……」
「カコだってそうでしょ? この世界ではあまり関わりが無いけど、前世ではそっちが幼馴染だったんだから」
その関係が
でも、ここでは私がカズトの幼馴染よ!
「―――わたしは嬉しくない。むしろ不安で仕方ない」
「えっ?」
どういうこと?
「アイナ。もしカズトに何か変化があったら今後も教えて。特に、前世の記憶が蘇ったかもしれないと感じたら、必ず言って」
「う、うん……。でも、どうして? 何かあるの?」
「―――今は言えない。アイナがどっちにつくか分からないから」
「なにそれ? 私は常にカズトの味方よ」
「…………」
「なによ、はっきり言ってよ! 友達だったじゃない」
前世ではね。
「―――ごめんなさい」
前世の記憶が戻ってからは、カコは私に対していつもこんな調子だった。
そりゃあ前世の時と同じ様に、といかないのは分かるけど。それでも、ここまで距離を置かれるとは思っていなかった。
そして私に会うたびに済まなそうな態度をとってくる。
まるで、私に対して罪悪感を感じているみたいに。
「とにかく、カズトに何かおかしいところがあったら教えて。じゃあ」
そう言って、カコも去っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<獅子の月 7日>
あれからも毎晩カズトを待っていた。でも、現れない。
だけど、もう以前とは違って、私もあまり待たずに帰るようにした。
何か事情があって、今は会えないだけ。
それが片付いたら会いに来てくれると信じていたから。
そんなある晩、久しぶりにフェイクトが部屋にやってきた。
ユーメィを連れ帰ってきてからは、フェイクトはずっと彼女の
私も毎日のようにユーメィのお見舞いに行っていたが、そこでも挨拶程度の会話しかしていない。
まるで心が壊れたよう。
それほどまでに、フェイクトは意気消沈していた。
―――だけど、この日のフェイクトは違った。
「アイナ! 無事かっ!」
「…………」
「ああ、よかった……」
「―――フェイクト?」
「あっ、いや……。そ、そうだ」
「はい? それより出てってよ! 今、着替え中なの!」
「あっ、ああ、すまん! すぐ出るっ」
ノックもせずに扉が勢いよく開き、フェイクトが入ってきた。
私は着替え中で、突然の出来事に驚いて固まってしまう。
すぐに我に返って、フェイクトを部屋から追い出した。
―――フェイクトがおかしい。
ノックしないのもおかしいし、アイナと呼び捨てなのもおかしい。
話し方や態度もそう。いつもの冷静なフェイクトじゃない。
そもそも最近は落ち込んでいて、物事に関心が無い様子だった。
何があったんだろう?
とりあえず着替えを終わらせて、フェイクトを部屋に入れた。
「それでフェイクト。そんなに慌てて、何か用なの?」
「え、えっと……。そうだ! ユーメィが襲われたんだ!」
「えっ、ユーメィが!? それでユーメィは?」
「無事だ」
「そっか、よかった……。それで、犯人は?」
「わからない」
「フェイクトはどうしていたの? だって、ずっとユーメィの側に居たじゃない」
「―――それが、よく分からないんだ」
「えっ、どういうこと?」
「―――前後の記憶が無いんだ。意識が戻った時には、療養所のベッドの上だった。療養所の人の話だと、ユーメィが何者かに襲撃されて、病室は破壊の跡が残されていたらしい。それで人が駆け付けた時には、俺はユーメィの近くで倒れていたようだ。そして俺もユーメィも無事だった、と」
「そうなの……。じゃあ、とにかくユーメィの所へ行きましょう」
「ああ……そうだな、戻った方がいいか」
「…………」
この短いやり取りをしていても、疑念が深まるばかり。
明らかにフェイクトがおかしい。
何があったの……? まるで、別人みたい。
でも、今はユーメィが心配。早く行かなきゃ。
そうして、私はフェイクトの件を
それが間違いだったかもしれない、と気づいたのは、その数日後のことだった。
なぜなら―――、
その数日後、フェイクトはハルローゼの従者になっていたから。
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