第31話 愛する人を守るため、愛する人を裏切って、他人と体を重ねる 1


 <獅子の月 5日>



 早朝、勇者地区にある男勇者が利用する訓練場。


 流れるような剣劇けんげき

 ぶつかり合う2つの音。まるで2人がかなでるデュオハーモニー。

 惜しむべきは、観客が居ないことか。

 もしこの場に立ち寄る者がいれば、間違いなく魅了されたことだろう。

 それだけカズトとシラソバの織り成す模擬戦は、芸術とも言えるものだった。



 訓練を終えて、一息つく2人。

 時間にすれば1時間も経っていない。

 だが、強大な神核と疑似神核を持っている2人であっても、軽い疲労感を感じるほどに濃密で激しい訓練だった。


 勇者地区に来てから初めて充実した訓練ができたのか、シラソバが満足げに言う。


「カズト様、改めて礼を言う。本当にありがとう。ここまで強くなれるものなんだな……」


 対するカズトは満面の笑みで返答する。


「シラソバだから、だよ。予想通りだったけど、素晴らしい疑似神核だね」


 カズトとシラソバが従者契約を行ってから2日。シラソバの世界は一転していた。

 クラエアに勝るとも劣らない圧倒的な疑似神核。

 もはや従者という域を逸脱した力を示していた。

 シラソバの力は、他の有象無象たる勇者のそれをも上回っている。

 今まで誰の従者にも定着できず、身体目的のキープ扱いしかされていなかった美しき剣士は、その評価を180度逆転させていた。


「まだまだ伸ばせるよ。この身体能力にまだ感覚が追いついていないからな」


「まったく、シラソバは熱心だね」


「ああ、だってこんなにも凄いとは……。今までの疑似神核がなんだったんだ」


「それだけ僕たちの相性が良いからかな」


 ふいにカズトがシラソバを抱きしめる。

 シラソバはうるんだ瞳で受け入れた。


「そうだな……。あ、愛してる」


「僕もだよシラソバ」


 カズトが抱きしめた腕に力を入れると、シラソバもより密着しようとカズトの腕の中でモゾモゾと動く。

 シラソバの大きな胸が押し潰され、互いの心臓の鼓動だけが静かに響いた。


「そ、その……カズト様」


「ん、どうしたの?」


「今日の夜は―――だ?」


 直接見なくてもカズトには分かる。シラソバの顔が真っ赤にで上がっていると。

 カズトはわざと勿体もったいぶった様に言う。


「そうだなぁ。クラエアにはここ数日我慢させていたし―――」


「あっ……」


 シラソバが急にしゅんとする。

 さっきまでの凛々しい姿からは想像できないほどに弱々しくなっていた。


「今日もして欲しい、シラソバ?」


「―――欲しい」


「ん? なんだって?」


「―――して欲しい」


「よく聞こえないよ」


「して欲しい! いや、して下さい! お願いだ‼」


 静寂を保っていた訓練場にシラソバの声が響き渡る。

 言った途端とたん、シラソバが恥ずかしさのあまりカズトの胸に顔をうずめていた。


「ははっ、ごめんごめん。シラソバが可愛いからつい、ね」


「ぅぅ……いじわるな奴だ」


「本当にごめんって。そういえば、この前ベッドでしてる最中にシラソバが突然言ってたよね。『ほら、ママだよ~。おっぱいあげまちゅよ~』って……。あれ、なんだったの?」


 カズトが追い打ちを掛けるように言う。

 シラソバはその時の光景を思い出し、さらに慌てた。


「あああ、あれは忘れてくれって言っただろ!」


「だ~め、忘れられないよ。それで、あれはどうして?」


「…………」


「ママ~?」


「やめろ! い、いや、男はみんなああいうのが好きかと思ったんだ」


「へぇ。シラソバなりに僕を喜ばそうとしたのか」


 シラソバがカズトの胸の中でブンブンと首を振る。

 そんなシラソバに、カズトは優しく頭を撫で続けた。

 しばらくの間そのまま頭を撫でられていたシラソバが、おずおずと顔を上げる。


「うむ、ありがとう。落ち着いたよ」


「そうか、よかった。頭を撫でられて嫌じゃなかった?」


「悪くなかったぞ。むしろ、もっとしてくれ」


 そもそも誰のせいで取り乱すことになったのか。シラソバの頭からはその事がすっぱりと抜け落ちていた。

 心を落ち着かせて恥ずかしがるように身を任せるシラソバ。

 話題を変えようとして、先ほどの訓練の時に気になっていたことを言う。


「そういえば、カズト様の剣だが―――少し変わったな」


「変わったって、なにが? かまえ方とかかな?」


「いや、そういうのは変わっていない。相変わらずいい動きだったぞ。でも、なんというか、みたいなのが全然違っていた」


「ふーん、どういう風に?」


「以前はとにかくがむしゃらだった。真っ直ぐ一直線な剣だ。でも今日は違ってた。冷静で慎重な剣筋けんすじだった。まるで教科書通りのような」


「…………。悪くなったと?」


「どうだろうな。神核の強さ自体が以前とは比べものにならないくらいに凄くなっているから、今の方が強いのは間違いない。でも、私は以前のカズト様の剣の方が好きだったぞ。誰かを守るために強くなろう、ってひしひしと感じられたからな。あれはきっと―――アイナ様を守りたかったんだろ? 少しうらやましかったんだ」


 アイナの名前が出た瞬間、カズトがビクリと跳ねる。

 苦虫にがむしを噛み潰したような表情を浮かべたカズトが、苦しそうに言う。


「ぐっ……。やめろ。あ、いや、やめてくれ。アイナの話題はやめてくれ」


「す、すまない。そうか……罪悪感を感じているのか? 私とクラエアを抱いたせいで」


「そんなことはない」


「無理しなくていいんだぞ。それだけアイナ様を想う気持ちが強かったということだ」


「まあ、想像以上だったのは事実か。ここまで執着しているとは……」


「ん? う、む。こんな状況で言うのは卑怯ひきょうかもしれないが、私が忘れさせてやるさ。もっと私を求めてくれ。2番目でも3番目でも構わない。だが、私ならなんでも好きにしていいからな」


 耳元でささやくシラソバに、カズトも同様にして返す。


「ありがとうシラソバ。君が1番だよ」





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 シラソバと別れたカズトが、勇者サロンに足を運ぶ。


 日中のこの時間は、カズトが独りになることが多い。

 シラソバは訓練場にこもりっきり。

 クラエアはカズトの命に従って情報収集にいそしんでいるから。


 そんなカズトにも目的があった。それは―――。



「なぁ、そろそろオレの従者になってよ!」

「いやいや、拙者せっしゃの従者に!」

「何言ってんだ! ボクの従者だよ? エルフちゃんは」


 勇者サロン内のテーブル席に、4人が座っていた。

 正確にはエルフの少女に3人の勇者がむらがっていた。

 言い寄られているエルフの少女は、毎度のようにニコニコしている。

 拒絶されないことから、群がる勇者たちも手応えを感じているのだろうか。

 たしかにエルフの少女の表情を伺うと、まんざらでもない様子に見える。

 だが、女慣れしているカズト(和徒)の目には、完全にであることがはっきりと見て取れていた。


 カズトが内心呆れながらも、それを一切表に出さずに近づく。

 すると、エルフの少女がカズトを見つけ、目を輝かせて手を振った。


「カズト様~。こっち、こっち~」


 その様子に他の3人の勇者が顔をしかめる。そして口々に文句を言った。


「チッ、またアイツかよ」

「許せんでござる」

「カズトかよ! エルフちゃんはボクの従者だよ? こっち来んな」


 カズトは3人を視界に収めると、一人ずつ対処していく。


「勇者バッハ。お前の従者のビーチコちゃんさ、カフェで勇者ネトオと一緒にランチデートしているの知ってる? いつもこれくらいの時間に居るぞ」

「はっ? えっ? オレのビーチコが⁉」

「ああ、もう従者じゃないのか?」

「いや、オレの従者だけど……」

「そうか……。悪い、忘れてくれ。気のせいかもな」

「う、う、う、嘘だああああああああああああああああ。ビーチコォオオオオ」

 勇者バッハは駆け出した。



「勇者マグロ。お前の従者のヤバヨちゃんさ、都市にある高級娼館で働いてるの知ってる? あれってお前の指示で?」

「はっ? えっ? 聞いて無いでござる⁉」

「あっ、そうなのか……。なんでも、『勇者もメロメロ、媚び媚び従者コース』ってプレイが人気らしいぞ。まあでも、僕の気のせいかもな」

「―――それって、どんなプレイでござるか?」

「たしかラストスパートの時に『イクでござる~勇者様のクナイでイクでござる~』って言うらしいぞ」

「いやああああああああああああ。拙者せっしゃのはクナイじゃないでござるううううう」

 勇者マグロは逃げ出した。



「勇者クズオ。あのさぁ―――」

「ひぃぃいい、やめろっ! やめてくれっ!」

「えっ、いいの?」

「…………」

「言わなくて、いいの?」

「…………」

「そっか。じゃあ、なんでもない」

「―――なにか、あるのか?」

「イヤ、ナンデモナイヨ」

「…………」

「…………」

「頼む、教えてくれ」

「でも―――」

「いいから言えよ! 気になるだろっ」

「実は、従者ネネがさ―――」

「ネネが⁉ まさか、ありえん! ネネに限ってそんなぁ」

「都市の洋服屋でクラエアが見かけたらしいんだが、ネネが赤ちゃん用の服を選んでいたってさ」

「ああ、それか。それは問題無い。それはボクのめかけが妊娠したからだ」

「お前、マジでクズだな」

「うるさいうるさい」

「じゃあ、ネネが妊娠した訳じゃないんだな? クラエアが言うには、服を選ぶ時、ネネが嬉しそうにしてたって」

「それは無いね。そもそも従者契約中は妊娠しないでしょ」

「そうだったな。でもさ……、ずっと契約したままなのか? どうせ複数人とヤル時とか、一時的に契約を破棄とかしてないの?」

「…………」

「その間、他の人とネネがしてたら―――いや、何でもない」

「あのクソ親父! ネネえええええええええええええええええええええええええ」

 クズオが泣きながら去っていった。




 他の勇者が居なくなり、サロン内にはカズトとエルフの少女だけが残る。


 腹を抱えて笑っていたエルフの少女。

 透き通るような白い肌に、まぶしいほどに輝く金髪。その金髪を後ろで纏め、ポニーテールにしていた髪がゆさゆさと揺れる。

 身体つきは少女のような幼さが残っているにもかかわらず、手足の細長さが大人びて見えるせいか、年齢を読みづらくしていた。

 エルフだと示す長い耳に、ルビーのように光を反射する赤い瞳。

 天真爛漫という表現がピッタリの笑顔を浮かべながらも、目元のホクロとつやのある唇は妖艶な色気をかもし出していた。



「あははっ、みんな必死すぎ~。でも、これで二人っきりだね、カズト様」


「ようやく、な。よかったら少し話さないか?」


「うん、いいよー。カズト様なら歓迎~♪」


 隣の席に座るカズト。お互いに見つめ合いながら会話が始まった。


「相変わらず人気だね。言い寄られて困ってない?」


「んー、大丈夫。人気なのは最近のカズト様もでしょ」


「どうだろう。そんなでもないよ」


「またまた、ご謙遜けんそんを~。カズト様の神核のヤバさって、隠してても分かる人にはバレてるよ。それにクラエアとシラソバ! ちょっと引いちゃうくらいに凄いじゃん」


「まあ、あの2人には感謝しているよ。でもね―――まだ枠が空いているんだ」


「へぇ~。ちなみに、後いくつ枠が空いてるの?」


 ニッコリと笑顔を浮かべながらも、目はカズトをひと時も離さないで言う。


「―――いくつだと思う?」


「んーとぉ、従者枠は4人! どうだっ?」


「そうかもね」


「え~正解は? 教えてよ~」


「内緒」


「いいじゃん、いいじゃん、ケチぃ~」


 駄々っ子のように手足をバタバタさせながら言う。


「じゃあ、教える代わりに、君の名前教えてよ」


「ん~。なら、いいや」


「残念」


 一瞬静まり返った後、噴出ふきだしたように2人で笑う。

 この手のやり取りは、いつもの事だった。


「名前は教えられないけど、カズト様には期待してるんだぁ~」


「本当かい? 3人目の従者になってくれる?」


「おおう、ストレートに言うねぇ」


「いつもかわされてばかりだからね」


「それはごめんなさいっ。やっぱり慎重になっちゃって」


「気持ちは分かるよ。でも、お試しで従者になってみるってのもいいんじゃないかな。嫌だったら破棄すればいいし」


「それねー、よく言われるよ。でも、いーやっ。だって処女だもん」


 恥ずかしがりながら、顔を赤らめて言う。

 そのあざとい仕草しぐさが天然なのかわざとなのか、カズトには見破れなかった。


「そっか。一人の勇者に尽くしたいんだね」


「うんうん。でね、カズト様だから言うけど、実はまでにしぼってます!」


「勘違いじゃなければ、その中に僕は入っているよね?」


「うん、せいか~い」


「後は誰だろう? 君と何度もこうして会っているけど、さっぱり分からない」


「あー、そうだよね~。もうひとりはショウ様です! 知ってるでしょ?」


 ショウはカズトと一緒に捜索活動に出て以来、一度も都市に帰還していなかった。

 そのショウの名前が出て、カズトは純粋に驚いた。


「ショウ……か。まあ、あいつは従者枠4人だしな。31人の勇者の中でも評価が高い。順当じゅんとうと言えばその通りか」


「だねっ。実は、調、って約束もしてるんだぁ」


「―――どういうこと?」


「言葉の通りだよっ。だからカズト様も樹海の捜索に行ってくれたんだよね?」


「―――そうだね。そういえばそうだった」


「あははっ、嘘付き~」


「バレたか。でも、僕も条件は満たしているよね?」


「うーん、まあユーメィ様を救出したしね~。結果は一応出したかな」


「ならまだチャンスはある、と?」


「うんっ。そろそろショウ様が戻ってくるから、そしたら決めますね!」


「そうなの? いつ戻ってくるの?」


「たぶん明日かな」


「―――なぜそれが分かるのかな?」


「なんでだろうねっ。じゃあ、また今度お話しましょう」


 そう言って、ピョンと立ち上がり、去って行こうとするエルフの少女。

 その背中にカズトは声を掛ける。


「待って。3人目は誰?」


 その問い掛けに対して、エルフの少女は振り返らずに告げる。


「カズト様、だよっ♪」




 エルフの少女が立ち去った後、残ったカズトは懐にしまっていたモノを取り出す。


 それはクラエアからたくされた聖遺物。とある宝珠。


 その宝珠を手の中で転がしながら、カズトは決断をする。


「アイナはどうでもいいが、話題が出るだけで身体に激痛が走るのはきついな……。それに、あのエルフの最後のセリフ……。仕方ない、もったいないが使うか。いい加減、邪魔なんだよ!」



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