第32話 シャルメル様へのご相談


円形の広い部屋に、テーブルと椅子が用意される。

書類の束を押しのけ、中央へティーポットとお菓子の入った皿が置かれた。


それまでセカセカと働いていたシャルメルは、榮太郎とノワールがちゃんと座ったことを確認してから、飛び乗るように椅子へ腰掛ける。


「――よいしょっと。たしか、エータローじゃったの?」


「あ、はい」


「いくつじゃ?」


「25です」


「そうかそうか。若くて可愛いの。遠慮せず好きなだけ食え? いっぱい食わんと背が伸びんからな!」


まるでおばあちゃんのような事を言い、榮太郎に微笑みかけるシャルメルだが、

その見た目は――、せいぜい10歳くらいにしか見えない。


銀色の長い髪に、白い肌、小さい手足。青く大きな目。頭の上にとんがりの髪飾りが2つ。

ロッキングチェアに深々と座って足を伸ばしているが、座面からは足首より先しか出ていなかった。


エーレンベルク家と古い付き合いのある、長らくこの塔に1人で暮らしていて、魔術に精通している、

10歳くらいの少女……?


情報との齟齬に混乱する榮太郎を見て、ノワールが期待通りのリアクションという風に笑う。


「驚くのも無理はない。エータロー君達の世界には、人間と近しい種族がいないようだからね。改めて紹介しよう、こちらシャルメル様はオーガ――、鬼人族でいらっしゃる」


「オ、オーガ!?」


「御年421歳。我々など赤子も同然の大先輩だ」


「421……!?」


榮太郎が思わず驚きの声を上げると、シャルメルは照れるように頬を押さえた。


「これ、あまり大きな声でレディの年齢を言うもんではないわい。恥ずかしいじゃろうが」


「すみません。ええと、つまりその頭の飾りは……」


「おお、これな」


シャルメルが頭の上に両手を伸ばして、髪飾りだと思っていた円錐状の突起を外す。すると、白く濁った蝋燭のような質感の、小さな角が現れた。

シャルメル自身が小さいので、その角も比例して小さく、とんがりコーンくらいしかない。


しかし、確かにそれは、頭骨から直に生えていた。


「初々しい反応で嬉しいのう。オーガに会うのは初めてか?」


「は、初めてです。握手してもらってもいいですか」


「よいよい。角も触るか?」


「いいんですか……!!」


榮太郎はシャルメルと握手をしながら、興奮で鼻息を荒くする。


この世界には人間の10分の1ほどの割合で、亜人というものが存在する。獣人族、エルフ族、ドワーフ族、小人族、巨人族、リザードマン……。

その中で、数こそ少ないが、寿命の長さと身体の強靭さで多種族を圧倒するのが『鬼神族オーガ』だ。

頭から角を生やし、破壊的な身体能力と、底知れない魔力を有する。その能力の高さから多種族を見下ろしがちで、争いに発展したという事件も過去にはあったそうだが、現在は住み場所を分けることで穏便にやっているそう。

――というのはまあ、この世界における位置付けで。


榮太郎が感動しているのは、漫画やラノベなどに出てくるオーガという存在を目の当たりにしたからに他ならない。ロップイヤーの兎耳にも驚きはしたが、『鬼』というのはなんかこう特別で、むしょうに少年心をくすぐるものがある。


それが、見た目は幼い少女であったとしても。


「怖いイメージをもたれることもあるが、ワシは見た目通りのキューティで売っとる無害なババアじゃ。人間大好き、若い子大好き。親しみを込めて、シャル婆と呼んでくれてもいいぞい」


「シャルば――、いや、それはさすがに恐れ多いのでは」


「ハッハ! まあ、初対面じゃしな! とはいえ、お主のことはノワールから伝え聞いとるよ。ドロテア湖の騒動の件はでかしたのう。エーレンベルクに多少なり活気が戻ったことは喜ばしい。この領主にはもう少ししっかりしてもらわねばならんがのう」


シャルメルがノワールを指差して、いたずらっぽく笑う。

ノワールは申し訳なさそうに頭を下げた。


「面目次第もございません。今日もまた、シャルメル様のご意見を伺いたく参った次第で」


「まったくお主らは、ワシがおらんとダメじゃからなあ」


シャルメルはまんざらでもなさそうに頷きながら、茶菓子を小さな手でつまむ。

それをパクリと頬張ってから、榮太郎へ視線を向けた。


「つまりそれは、この小僧に関することなんじゃな?」


「…………」


場に少しの沈黙が流れる。

ノワールは難しげに答えた。


「そうです。あるいは、エーレンベルクの民全員に関わる話とも言えます。5年前の事件と繋がりがあると、私は踏んでいるのですが」


「ここを訪ねたということは、魔術の関わることに違いはなかろう?」


「そこがよく分からない点でして」


「なにやら曖昧な話じゃのう」


シャルメルは要領を得ない説明に眉を顰める。

そんな彼女の膝下へ、ピョンと、先ほど榮太郎たちを出迎えた手乗りサイズのキツネがやってきた。


「どうした。お前も腹が減ったか?」


『キュ』


キツネはテーブルの上の茶菓子に鼻先を向け、スンスンと鳴らした。


「こらこら、お主はダメじゃ。腹を壊すからな」


『キュウン』


手乗りキツネは拗ねるように鳴いた後、膝の上で丸くなる。

シャルメルはその小さな背中を愛おしそうに撫でてから、ノワールへ向き直った。


「すまんの。それで?」


「ええ、前置きは抜きにして、本題から申し上げます」


ノワールはひとつ咳払いをした。


「エータロー君、そしてウィスタリアの世界――、向こう側とこちら側を繋げている謎の現象に、我が妻マリアが関係している可能性があります」


「――――」


椅子が、ギシリと音を鳴らした。

シャルメルは青い瞳をしばたかせ、しばらくノワールを見つめた後、短く問う。


「根拠は」


「今ここに提示できるものはありませんが、マリアらしき人影を映したエイゾウというものがあるのだそうです。エータロー君とウィスタリアが確認しています」


「エイゾウ?」


「榮太郎君、もう一度説明してくれるかい」


ノワールがそう言ったので、シャルメルの視線が榮太郎へ向けられた。


「ええっと、動く絵のようなものです。目にしている風景をそのまま記録するという技術が、僕たちの世界にはあるので」


「ああ、カメラというやつか? ウィスタリアから教えてもろうたことがある」


「それです。それに見覚えのない映像が記録されていて、彼女にも見てもらったところ、その……」


「映っておったのはマリアじゃった、と? しかし、お主らはマリアに会ったことはないじゃろうが」


「は、はい。俺もウィスタリアも、肖像画を何度か目にしたことがあるだけなので、どこまで信憑性があるか……。映った人影も一瞬で不鮮明でしたから…」


榮太郎の声は尻すぼみに小さくなる。

それをフォローするようにノワールが言った。


「しかし、二人の意見は合致したのだそうです。他ならぬ私も、話を聞いて思いました。だとすれば、辻褄が合うと」


シャルメルは自身の円錐型の髪飾りを握り、「ううむ」と唸る。


「確かに、あの扉の存在は色々と都合よく出来とる。場所といい、時間の流れといい、タイミングといいな。それが何者かの意思が介在しておると仮定するのは、荒唐無稽どころか、むしろ理に適っておるじゃろう。しかし――、マリアは死んだはずではなかったのか?」


「そこが、シャルメル様に伺いたいところなのです」


「…………なるほどのう。相わかった。あとで過去の記録も漁ってみよう。それで、今夜は泊まっていくのじゃろう? の?」


シャルメルがそう問うと、ノワールは確認をするように榮太郎を見る。


まだ全ての事情がわかった訳ではないが、榮太郎が今ここにいる理由につながる重大な話であることは理解した。エーレンベルク邸に急いで帰ったからといって、すぐにあちらに渡れるとも限らない。


榮太郎は無言で頷いた。

シャルメルは嬉しそうに手を叩く。


「そうか、そうか! いや、それがいい! 夜の馬車は危険じゃし、すでに疲れておろうしな。よし、今日はご馳走を作らせよう! エータローは何が好きじゃ?」


「ええと、お任せします」


そう答えつつ、ご馳走を『作らせる』という部分に引っかかる榮太郎。

シャルメルはニヤリと笑い、天井の方向を指差した。


「ふっふ、うちには優秀なコックがおってのう」





結局、ろくに眠れないまま朝が来てしまった。

佐々木双葉は唸るような吐息を漏らしてから、身を起こす。ベッドには一晩中身を捩った跡が残っており、部屋を明るくする日差しが恨めしい。

このまま開き直って、二度寝を決めてしまえればどれだけよいか。


しかし面倒なことに、こういった学校行事に参加したかどうかは進級に関わるのだ。


部屋の扉がノックされ、声がかけられる。


「ふたちゃん、起きた?」


「うん、起きたよ」


「そう。お弁当は今日はいらなかったんよね? 朝ごはんは?」


「お弁当はいらない。朝ごはんもいいや」


「本当。何か手伝うことがあれば言いんさいね。台所におるけえね」


「ありがとう、おばあちゃん」


パタパタと、スリッパの音が遠ざかっていくのを聞いてから、双葉は立ち上がった。

祖母の心配するような声を聞いたおかげで、少しだけ行く決心がついたらしい。シャツを着替え、ジャージに腕を通す。


机の上に置かれた林間学校のしおりが目に入る。

ハイキングをする男女のフリーイラストが真ん中に配置され、【藤見岳 林間学習のこころえ】と安っぽいフォントで書かれただけの雑な冊子だ。

ページをめくると、一泊二日のタイムスケジュールが載っている。


学校からバスで『藤見岳』に向かい、昼食にカレーを作り、野山の散策をして、キャンプファイヤーをしてから就寝。翌日、班別の発表を終えたら帰宅。


こうしてみると大したイベントもない。

案外、拍子抜けするくらいあっさり終わるかもしれない――。



そう自分に言い聞かせるようにして、双葉はしおりを鞄へとしまった。

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