第17話 おつかいのお供


「外出が、禁止……?!」


榮太郎が目を丸くし、信じられないという顔をすると、呆れた溜息が返ってきた。


「何を驚いておられますの。ちょっと散歩のつもりで西の森に迷い込むような方を、不用意に出歩かせることはできません。もしお出かけになりたいのなら、必ず同行者を用意するようにして下さい。よろしいですわね?」


ロップイヤーはそう言って踵を返す。

その背中を見送りつつ、榮太郎は頭を掻いた。


手に持った、フログの教科書を見下ろす。


すでに3日以上借りパクしたことになっていることを考えれば、できる限り速やかに返却をしておきたいところだが、釘を刺されてしまったのでは仕方ない。


「まずは同行してくれる誰かを探さないと……、か」





「いいわよ、別に」


「そうだよな。ダメだよな………………。え? マジ?」


榮太郎は同行者を探していた。


ウィスタリアは昨日話した内容がヘビーだったので少し遠慮してしまう、レミンは畑仕事、ヘリベルトは料理の下処理があるとのことで忙しく、ロップイヤーを誘う度胸はさすがにない――、ということで最後に、半ばダメ元でロサに頼んでみたのだが、思いの外快諾だったので驚いた。


「頼まれた買い出しの量が多くて、ちょうど一人じゃ大変だと思ってたのよ。荷物持ちが付いて来てくれるならありがたいわ」


「成程、そういう理由か……。まあ、この際なんでもいいや。荷物でもなんでも持つからお願いするよ」


前庭に出る。

門の横にちいさなリヤカーがあり、いつもこれを引いて買い物に行くらしい。たしかに女性一人で坂を下って上るのは重労働だろうと、榮太郎も同感した。


浮遊術があるなら使えばいいではないかと思うが、魔法もそう便利ばかりではない。浮かせるものが重くて多いほど消費する魔力量は増大し、難しくなる。魔力とともに体力も消費する仕組み上、手で持った方がよほど楽な場合が多いらしい。


「じゃあ行くわよ。今度迷子になったらあたしの監督責任になっちゃうから、しっかりしてよね」


「分かってるよ。それで、街で何を買うんだ?」


「メモに書いてあるから持ってて」


そう言ってロサがポケットから紙切れを取り出す。しかし、受け取った榮太郎が裏表を眺めてみても何も書いていない。

貴族の家ともなると買い出しメモも機密情報だから、炙り出しなのか……? と思うが、そんな訳はない。


「あれ? ちょっと待ってそれチリ紙かも。じゃあ、こっちのポケットか。ん? 違うな。後で隠れて食べようと思ってたお菓子だわ。やば、メモどこかに置いて来たかも、探してくるわね」


「……誰が誰を監督するんだって?」


「うっさいわね! 忘れ物くらい誰でもあるでしょ?!」


そんなやり取りがありつつ、二人は街へ下る。


エーレンベルク邸から見下ろすと、湖周辺の景色が一望できる。

正面から見て湖の右側にある黒々とした森が、榮太郎が出てきた場所らしい。こうして見るとエーレンベルクの街並みよりはるかに広く、レミンが見つけてくれなければ本当に数日迷ってもおかしくないサイズだった。

はたして榮太郎は運が悪かったのか、良かったのか分からない。


その視線に気付いたロサが、眼下を指さして言った。


「今更だけど、あの湖が『ドロテア湖』。その隣が『ヴェルドワールンの森』ね」


「へえ、かっこいい名前だな」


「どっちもエーレンベルクが誇る大自然だけど、あの中で独自の生態系が作られてたりして、地元の住民も不用意には近づかないの。ちゃんと注意しなかったのは悪かったって、ロップイヤーさんが言ってたわ。まあ、近づいたら危ない場所くらい普通分かりますよ、ガキじゃないんだからってフォローしといたけど」


「俺へのフォローが足りてない件については?」


「せいぜい反省して、次回気を付けなさい」


ロサがふんと鼻を鳴らす。

榮太郎は「へいへい」と頷きながら、改めてドロテア湖とヴェルドワールンの森を眺めた。あの真っただ中に転移させられて、どう気を付ければよかったのかは分からないが、少なくとも自分から近づくのはやめようと思った。

と――、そこでロサの言った「独自の生態系」という言葉に思い出すものがある。


「そう言えば、あの森の辺りにはミミズクみたいな生き物がいるだろ?」


「ミミズク?」


「ああ、こっちでは伝わらないのかな。耳の生えた梟という言い方ならどうだ? このくらいの大きさで鳥っぽいんだけど、羽はなくて、かぎ爪が大きいやつ。あれに助けてもらったんだよ」


「なにそれキモ。見たことも聞いたこともないわね」


「キモくないんだけどな……」


あの友好的なミミズクたちにはもう一度会って礼がしたい。

森というよりは、その下の洞窟に生息している風だったが、あの人懐っこさならペットでも需要がありそうだ。ロサが付け足す。


「ノワール様なら御存知かもしれないわよ。エーレンベルクの自然や生物にはお詳しいし、昔学校で生物学を勉強していたって聞いたことがあるから」


こちらの世界にも生物学があるのか、と榮太郎は感心する。

地球の生態系とは違う未知の動物たちは、まさに異世界ロマンだ。

図鑑とかあったらいいな。


「また聞いてみるよ。ありがとう」


「もうすぐ着くわよ」


気付けば、雑談をしている間にエーレンベルクの街へ下りて来ていた。

慣れればそんなに距離を感じなくなるものだと、街を眺めて、違和感を覚える。

どうも、この前来た時よりも出歩いている人の数が多いらしい。やはり、こちらにも平日や休日という概念があったのだろうか――。そう思ったところで、ロサが眉間にしわを寄せていることに気が付いた。


「どうした?」


「……いや、何でもないわ。ちょっと嫌なものを見ちゃっただけ」


「なんか気になる言い方だな」


「いいわ、さっさと行きましょう」


「?」


ロサはそう言って、大通りからは少しそれた道を選ぶ。

榮太郎はロサが睨んでいた方向をもう一度見た。


確かに人の数は多い。しかし、どうも浮浪者チックというか、ずたぶくろを着たような恰好の男たちが増えたような気がする。

見た目で人を判断するなという格言は、昔から教師が生徒に繰り返し言ってきたことだが、反対に人は外見が9割という言葉もある。行き違う人々もどこか距離をとっていて、表情も曇っているように見えた。


不在の3日の間に、何かあったのだろうか。


妙な予感を感じつつ、フログがいないか探しながら、榮太郎はロサの後ろを追いかけた。


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