エピローグ:二年後
『さぁ始まりました、二百メートル最速女王を決めるこの戦い。日本の高橋美恵は黒い帽子、現在三位の位置、良い滑り出しだ。この二年間で各種の大会を制してきた高橋、このオリンピックという舞台でも是非とも結果を出したいと語っておりました。第一ターンは綺麗に決まった。順位に変動はなし、タイムは二十三秒、世界記録に匹敵する速度だ』
『高橋選手はここからが強いんですよね。若さでのありあまる体力は疲れを知らず、伸びのあるフォームに無駄のない綺麗な泳ぎ。十八歳とは思えない程のメンタルは、さすがとしか言えません』
『そして第二ターンも綺麗に決まった、タイムは五十二秒二三、かなり早いペースだ! 日本の高橋、ここで二位に踊りでる! 並んだ、並んだ、どこまで食いつけるのか、踊る姿は人魚姫かぁ!』
『高校総体で彼女は人魚姫と呼ばれていたらしいですね』
『そして運命の第三ターン! あああぁ!!! アウェイモア選手ここで失速! ターンミスか!? 一位のアウェイモア選手が大幅に遅れ、日本の高橋が一位に踊り出た! 世界新も狙える、狙える、いけ、いけ、高橋、高橋、日本の高橋が――――今、一着でタアアアアアアアアアアアアアアアアアァッッチ!!! 金メダル! 若干十八歳の女王! 世界中がお前の虜だ! さぁ謳うがいい! 私こそが人魚姫だと! 日本の高橋、金ッッメダルです!』
――――猛烈な熱狂は、離れた場所にいる僕までしっかと響き渡る。
胸が熱く燃え滾るって、こういう事を言うんだな。
「それじゃ相棒、代わりに行ってくるからね!」
「煤原さん、宜しくお願いします」
「あいよ! 何もかも全部私に任せておきな! そんじゃ、
「ひっ、ひぃぃぃ! 宜しくお願いしますぅぅぅ!」
本当なら僕が行きたかった。
その為に出来ることは何でもしてきたのに。
女子のインタビューには極力同性を……と言われちゃうと、諦めるしかない。
試合直後の水着姿でもあるからね、それに僕が出ちゃうと多分、好きが止まらないと思う。
全世界のカメラの前でキスとかしたら、それだけで色々と問題ありあそうだし。
個人的には全然問題ないんだけど、
「高橋選手、おめでとうございます!」
「煤原さん……ありがとうございます」
「ふふっ、ちゃんと見てたよ、本当に頑張ったね」
「はい、この二年間、ずっと我慢に我慢を重ねて……ようやく、ようやくです」
「ほら、涙を拭いて……では、定番ですが、この喜びを誰に伝えたいですか?」
二年前、同じ質問を体育館でされた時には、寂し気な表情で「両親に」と言葉にしていた。
寂し気と言っては両親に失礼かもしれないけど、僕にはそう見えたんだ。
でも、今は違う。
会場にいる僕を見つけ出して、美恵は全力の、世界一の笑みを浮かべながらこう叫ぶんだ。
「そんなの決まってます。世界で一番大好きな、愛する空渡奏音君に伝えたいです! 奏音君! 私、金メダル獲ったよ! だから、だから……私と結婚して下さい!」
こんな美恵の発言でもどよめかない程に、オリンピックの会場は賑わったまま。
でも、少なくともお茶の間には激震が走ったに違いない。
少なからず僕は国内で知らない人はいない、超アイドル級のモデルとして活躍しているんだ。
発狂させちゃったファンや、卒倒してるファンが少なくないと思う。
……公言はしてたんだけどね、婚約者がいるってさ。
でも、これで伏せていた具体名が出てしまった以上、公明正大に美恵の側にいる事が出来る。
「おおっと、喜び勇んでの発言でしょうか!」
「あ、もちろん、私を育ててくれた家族と恩師、チームメイトの皆にも伝えたいです!」
「あはは、遅いって! でも、良かったね」
言いながら、煤原さんが「おいでおいで」ってしてる。
大丈夫なのか? あ、でも、周囲の関係者たちも行けってサイン出してるな。
なるほど、名前が出た以上、側にいった方が喜ばれるってことか。
何もかも数字が命のこの世界で、スキャンダルよりも【ご報告】の方が強いもんな。
「美恵」
「奏音君……奏音君!」
幸せな所を、ただひたすらに見せつけてやればいい。
おすそ分け出来るのが、幸せって奴なんだろ?
お茶の間に、全世界に届けてしまえばいいんだ。
「……愛してる、美恵」
「私も、ずっと、ずっと」
「結婚しよう、もう、我慢できないよ」
「うん、うんうん! 今すぐしたい!」
全身びしょ濡れのまま、僕と美恵はカメラの前でキスをした。
これからの予定とか、色々とあったはずなんだけど。
今は、全部忘れて二年ぶりの美恵の唇を堪能したい。
長かった……ずっと我慢してた。
でも、これでようやく。
――――
金メダリストの結婚という事で、国民総出でのお祝いモードはすさまじかった。
どこに行ってもインタビューされ、聞かれる内容は美恵との美談ばかり。
…………でもね、僕達まだ高校生なんだよね。
多分、全国民が忘れてると思うんだけど。
「なんかよ」
「うん」
「奏音がいると、違和感があるんだよな」
「そんなこと言わないでよ、ここが僕の唯一落ち着ける場所なんだからさ」
三年二組、僕の教室。
さすが学校、マスコミの出入りは一切禁止。
目の前に座るは、一年からの親友である園田健斗君だ。
「んにしてもすげぇよな、国見さんはオリンピック主題歌歌ってるしよ、高橋さんは金メダルだろ? 卒業こそしちゃったけど、煤原先輩は奏音と一緒にオリンピックに取材まで行けちゃうくらい人気者だもんな。あと同級生の青葉ちゃん、あんなのどこで見つけたのよ?」
「どこで見つけたって……普通にいたんだよ」
「誰も気づかなかっただけで、だもんな」
青葉雫、彼女のことをマネージャーの田中さんへと紹介したところ、秒で仕事が決まってしまう【即決ガール】として、一躍時の人となってしまう程の人気ぶりだった。
国見さんと煤原さん、そして超新星の青葉さん。
世は正にアイドル戦国時代といった所か。
その三人全員がこの高校にいたのだから、僕達以降の生徒数は激増も納得だ。
来年から芸能科を増設するとか? 校長先生からも「講師としてたまに足を運んで欲しい」とまで言われているし……色々とこの学校にはお世話になっているからね、断らないけどさ。
「えー、朝のSHRの前に、皆さんに転校生のお知らせです」
転校生? 三年生の二学期に?
進路とか試験とかで忙しいこの時期に、一体誰が?
「誰もが知る元生徒さんです。特に空渡君」
「……え、僕ですか?」
「あまり教室内でイチャつかない様に。では、転校生を紹介します――――」
全部が終わったから何がなんでも帰るって、わがままを言ったんだとか。
でも、そんなワガママだって、可愛くて、大好きなんだ。
一から十まで全部好き、愛が止まらない。
そんな僕達が離れているなんて、出来る訳ないよね。
全く、予め教えてくれればいいのに。
本当、サプライズが好きなんだな。
「転校生にして金メダリスト、高橋美恵さんです!」
――うわああああああああああああああぁ!!!
――きゃあああああああああああぁ! 美恵ちゃんお帰りー!!!!
――うおおおおおおおおぉ!!! マジか、ずげぇ!!!
――金メダリストが教室に、同級生にぃいいいいいいぃ!?
何を言う、元々同級生だったじゃないか。
そして、僕の最愛の人じゃないか。
「……隣、空いてるの?」
「二年前から、ずっと空いてるよ」
「そか、じゃあ、そこに座ろうかな」
僕の横に座れる人は、君しかいないから。
「おかえりなさい」
「……うん、ただいま」
残り少ない高校生活を、大好きな人と過ごせる喜び。
夏が終わって秋になろうとしてるけど、まだまだ僕達には時間が沢山あるから。
……でも。
「美恵」
「うん」
「今日の学校帰りにさ、出せてなかった婚姻届け、出しに行こっか」
「うん!」
やりたい事は、山ほどあるんだ。
「はぁ⁉ なに放課後デートのノリで結婚しようとしてんの!?」
「あ、健斗君も一緒に出す?」
「出す訳ねぇだろうが! 俺たちまだ高校生だぞ⁉」
「でも、十八歳は超えたよ?」
「まだろくに働いてねぇし!」
「僕達、日本一モデルに金メダリスト」
「そ、そうだけどよ! いやいや、はぁ⁉」
最後まで健斗君は面白い奴だな。
でも、もう僕達を止める事は出来ないから。
愛してるよ、美恵。
もう二度と、離さないからね。
――
fin
この後、あとがきを投稿します。
良かったら見てやって下さい(o_ _)o
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