十二月

追加EP:一週目

『私も知らなかったんだけどね、部屋でスマートフォン触るの禁止なんだって』

「……え、そう、なんだ」

『うん、スポーツマンなんだから、寝不足とか絶対厳禁だって。それにほら、オリンピックの選手村ってネット環境禁止でしょ? それに慣れる為にも、普段から使わせないみたいなんだ』


 言われてみれば、納得なんだけど。 

 もっと早く知りたかった。


『学校が始まったらもっと触れないみたい。持ち込み禁止、一日に触れるのは就寝時間までの一時間程度かな……だから、奏音君との連絡も難しくなっちゃうかも』

「……いや、いいよ、ムリしないで。言ってることは正しいんだろうし」

『私は嫌だな。寂しいよ』


 僕だって嫌だ、でも、僕のそれは単なる我儘だから。


『あ、もう終わりの時間だ……じゃあ、電話切るね』

「うん……愛してるよ、美恵」

『私も、愛してる、奏音』 


 通話終了……土曜日は引っ越しと移動、それと挨拶で疲れて寝てしまって。

 日曜日の今日やっと掛かってきたかと思えば、ほんの数十分で強制的に会話が終了とか。


「足りないなぁ……もっとお喋りしたいし、一緒にいたい」


 キスもしたいし抱き締めたいし、二人で一緒にいられないってこんなにも苦痛なんだ。

 前から一人だったはずのこの部屋も、あの日美恵が来てくれた思い出でいっぱいなんだよな。


「美恵……」


 腕枕した日がもう懐かしいと思ってしまう。

 何をしてても寂しいの感情で埋まってしまう。

 ウサギが死ぬ理由も、なんとなく理解できるよ。


――


「お、死んでるな奏音」

「……ん」

「奏音君、完全にみえぽんロスだね」

「……ん」

「今日テストだったけど、大丈夫だったのかい?」

「……ん」

「もう、あんな立派な結婚式挙げたのに、そんなのじゃみえぽん悲しむよ!」

「……ん」


 園田君も、桜さんも、千次郎も、ひよりさんも、全員が僕を心配してくれてる。 

 でもね、今もまだ隣の席に美恵がいるような気がして、なんとなく見ちゃうんだよね。


 スマホを眺めてもメッセージの一つも送られてこない。

 送れるはずがない、寮に預けちゃってるんだから、物理的に不可能だ。

 かといって、僕からひたすらに送るのもどうかと思う。

 以前からストーカー気質とか言われてたんだから、ガチで本物のストーカーになっちゃうよ。


 会いたいなぁ……。

 美恵に会いたい。

 

 写真をいくら見ても、何にもならないんだ。

 死別とか、僕じゃ耐えられそうにないね。

 思い出の中だけじゃ、どうにもならないよ。



――――



 期末テスト期間中は撮影もない。

 無駄に午前中に学校が終わってしまい、空いている時間は何もすることがないとか。


 二人がいた時は、あんなにも忙しい毎日だったのにな。

 こんなにも何もないなんて、信じられないよ。


「……ラブレター、まだ入ってるんだ」


 下駄箱に入っていたラブレター……だと、思う。

 あんな派手な結婚式を挙げたんだから、もう来ないと思ってたのに。


 とはいえ、一枚のみか。

 中を見ると『放課後、講堂裏で待ってます』の文章のみ。

 名前は……ないな、無記名か。


 無記名なら、相手にする必要はない。

 そのままゴミ箱に入れて、サヨナラだ。

 


――――翌朝



「また入ってる」


 無記名のラブレター。

 そういえば、結構昔から入ってるような気がする。

 毎回同じ字のような気がするし、いつも朝入ってるような。

 ……え、何時に入れてるの? 相当早くに学校来てるのかな。


「お、まだ奏音諦めてない女子がいるのか?」

「健斗……いや、どうなんだろうね。無記名なんだよね、これ」

「無記名って、捨ててんだろ?」

「うん。でも、この手紙、思い返せば結構前から入ってる気がするんだよね」

「ずっと無記名で入ってるって事か? 毎回捨てられてるのに? なんか、気味悪いな」


 一瞬、背筋がゾッとした。

 一体誰がこのラブレターを入れ続けてるんだろう。

 いや、ラブレターじゃない、文面からすると待ってますだけだ。

 告白とか、好きとか、そんな言葉は何一つ入ってないぞ。


「……え、もしかして、呪われてる?」

「いや、俺には移すなよ? 俺に何かあったら桜が悲しむからな」


 人差し指と中指絡めてバリアーってしてる……健斗君、小学生かな?

 でもこの手紙、どうしよう。

 気になり始めたら、なんか止まらなくなってきた。


「……健斗君、お願いごと頼まれてもいい?」

「呪い以外なら、なんでもいいぞ」

「カメラ貸してくれない? 出来たら監視カメラに使えそうな、長時間稼働の」

「お、おーおーおー、理解した。OK、ご希望に応えられそうなの、あるぜ」


 さすが写真部、こういう時に頼りになるね。



――――放課後



「ほれ、サイコロ型カメラ」

「うわ、小さいね。こんなのでも録画できるんだ」

「恐ろしいことに出来るんだわ。しかも動作センサー付きでよ、動く物がない時は停止してて、何かに反応して録画開始する省エネタイプ。だから、今から設置すれば、明日の朝までくらいなら余裕で電池もつと思うぜ」


 へぇ、こんなに小さいのに随分と多機能なんだな。

 

「こういうのって、悪用しようとしたらいくらでも使えそうだね」

「そうだな、だからむしろ教訓として持つようにしてる。同じ写真部の連中で盗撮なんかしてる奴がいたら洒落になれねぇからな。最近のだと壁に貼り付けるフック型とか、何のために使うんだよってカメラ、めっちゃあるんだぜ? 他にもよ? ゴミ箱とか、そこら辺にあってもおかしくない小道具にカメラが仕込まれたりだとか、さらには――――」


 あ、これウンチク止まらない奴だ。

 カメラオタクの健斗に感謝しつつ、下駄箱の奥底にカメラをセット。

 これで明日の朝には誰が入れてるのか分かるって事だよね。


 美恵がいなくて寂しかったけど……なんか、ちょっとだけ寂しさが薄らいできた。

 きっと彼女も金メダルに向けて必死に頑張ってるんだよね。

 国見さんも、今以上の自分になるために切磋琢磨しているんだ。


 ……負けないようにしないとな。

 存外、寂しがってる場合じゃないのかも。



――――夜



『えへへ、掛けちゃった』

「美恵? スマホ触れないんじゃ」

『一時間くらいはあるって言ったでしょ? だから、この一時間全部、奏音に使おうかなって思ったの』  

 

 しばらく声が聞けないと思ってたから……結構マジで嬉しい。


『あ、そだ、本当は禁止なんだけど……カメラ通話にしよっか』

「え、うん、して欲しい」

『一回切るから、ちょっと待っててね』 


 ぷつっと切れて、すぐさま着信。

 通話ボタンを押すと、画面にはTシャツ姿の美恵が映し出されていた。

 

『あ、奏音見れた、ふひひ、嬉し』

「美恵も、相変わらず可愛い」

『えへへ、そう言ってくれるの奏音だけだよ』

「そんなことないよ……それにしても、どこかのホテルみたいだね」


 美恵の後ろに見える景色、大型モニターにはニュースが流れてて、ゆったり出来そうなソファーに腰掛ける何人かの女子生徒が見える。


 多分みんなスマートフォンが目的なんだろうな、全員の手に握られてて一心不乱に画面を注視してるから、美恵がカメラにしてるのに気づかなそうだ。


『うん、これでも学生専用の寮なんだよ』

「広いし、他の生徒さんたちも沢山……男子とは別なんだ?」

『当然、私がいるの女子寮だからね。奏音君なら来てもいいけど』

「行ける訳ないでしょ……あ、そうそう、そういえばなんだけど」

『うん、なになに?』

「僕の下駄箱に、まだ手紙が入ってたんだよね」


 あ、美恵の表情が曇ったぞ。


『……なんか、側にいられないから、不安になるかも』

「大丈夫だよ、愛してるのは美恵だけだから。それでね、その手紙なんだけど、ずっと無記名なんだよね。内容もどこそこで待ってます……みたいなのでさ」

『その場所に行ったの?』

「行ってない。無記名だと男がからかってる事が多いから。でも、流石に美恵との結婚式を挙げた後なのにまだ入ってるって、結構おかしいと思わない?」

『んー、まぁ、確かにそうかも』

「それで、健斗に借りて、監視カメラ仕込んだんだ」

『え、健斗君ってそんなのまで持ってるんだ』

「驚きだよね。写真部による盗撮を防ぐために、知識として持ってるとか? フック型があるとか、ひたすらウンチク語られちゃったよ」

『ふふっ、健斗君らしいなぁ……あ、呼ばれちゃった。掃除しないとかも』

「掃除とかするんだ?」

『うん、グループごとに割り振られてる役割とかあるんだ。……またね、その手紙が誰だったのか、また明日教えてね。おやすみ、奏音、愛してる』


 カメラに向けてチュッてキスをすると、美恵は手を振りながら通話をオフにした。

 はぁ、可愛いなぁ、こんな可愛い子と両想いとか、人生幸せしかないよ。


 でも、相手は金メダル獲るって言ってるんだからな。 

 僕も肉体造り頑張らないと。


 結婚式の写真を前に置いてっと。

 うし、まずは腹筋からだ。


――

昼頃『追加EP:二週目』を投稿します。

夜、『エピローグ』を投稿して最終話となります。

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