視力0.01のぼやけた恋。
書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!
五月
一週目
視力0.01、別名計測不能。
これが僕、
特にゲームをやり続けた訳でも、スマホをいじり続けた訳でもない。
そもそも視力って遺伝が八割ってネットに書いてあったのだから、僕の生活どうこうで何とかなる訳じゃないんだ。
人の輪郭すらも歪む世界で、誰だかも朧気な中で、僕の耳に女の子の声が響く。
「メガネ、付けないで」
その日は一限目の体育の授業中に突然フレームが折れてしまい、何も見ることが出来ない一日になってしまっていたんだ。
だから、黒板に書かれた文字も何も分からない僕に対して、放課後ノート写させてあげると言ってくれた女の子の申し出は、ただ単に嬉しかったし、助かったと思った。
でもね、見えないんだよ。
たとえノートを渡されたとしても、内容が見えない。
だからメガネを掛けようとしたのに、その子はメガネを掛けるなと僕に言う。
そもそも、この子って、誰?
視力0.01であっても、男と女の区別くらいはつく。
でも、それは制服であったり、身長であったりで判別する程度で、このクラスの誰かは分からない。
僕と仲の良い女友達なんて一人もいない。
極端な事を言うと、話しかけられたのだって生まれて初めてなくらいだ。
「でも、メガネ掛けないと何も見えないし、君が誰かも分からないよ」
「……いいの、別に私が誰かなんて」
声だけじゃ誰だか分からない。
女の子の声なんて意識して聞いたこともないし、皆可愛らしい声だから、だいたい同じに聞こえてしまう。
必死になって視線をノートを貸してくれた彼女へと向けるけど、やっぱり分からないんだ。
「いいよね、それ」
「……なにが?」
「その、どこを見てるか分からない瞳。私、男の子と会話するとか、ちょっと怖くて出来ないんだ。でも、空渡君の瞳なら、私でも目を合わせながら会話できるよ」
僕には何も見えていないんですけどね。
「気づかなかったんでしょ? 今日君がメガネを付けなくなってから、何回も視線を送ってたんだよ?」
気づく訳ないでしょ、こっちは何も見えないんだよ。
「私を見てるのに手を振っても無反応だったし……だから、なんか安心しちゃったんだ。ねぇ、空渡君、今日のノート写させてあげる代わりに、一個だけお願い聞いて貰えないかな?」
僕の男友達にまともにノート取ってる人はいないだろうし、声を聞く限りでは真面目そうな彼女のノートを写させて貰えるのなら、一個ぐらいどうってことない。
沈黙のまま首を縦に動かすと、彼女は「やった」と弾む声を上げた。
「じゃあ約束、私の会話の練習相手になってください」
「会話の、練習相手?」
「うん、私、好きな子がいてね……でも、私、昔から男の子苦手で。目を合わせながら会話とか、怖くて出来ないんだ。空渡君なら安心して話が出来るから、今日から週一回でいい、メガネを外した状態で、私と会話の練習に付き合って欲しいです」
なるほど、何となくの風体しか見えないけど、彼女可愛らしいし、好きな男くらいいそうだよね。
ちょっと残念なのが本音だけど。
仕方ない。
「わかった、でも、僕も普段は女の子と会話しないから、あまり役に立たないかもよ?」
「それはほら、一緒に練習していけばいいと思わない?」
まぁ、確かにそうかも。
でも、僕には彼女が誰かも分からないんだけどね。
「じゃあ私行くから。メガネかけるのは、私が教室を出てから三分経過してからにしてね。ノートは次の会話練習の時でいいから」
思った以上にしっかりしてる子だった。
彼女が教室を去った後、壊れたメガネをかけてノートを見るけど、名前も痕跡も何一つ残していない。新品だし、筆跡だけで誰かなんて分かるわけがないし。教室に残るのは、どこかフルーティーな彼女の残り香だけだ。
「でも、綺麗な字だ……誰なのかな」
こうして、毎週金曜日の放課後、僕は彼女と会話練習をすることになった。
顔も名前も分からない彼女。
分かるのはクラスメイトってだけ。
淡い恋心は抱かない様にしないと。
彼女には好きな男がいるんだから。
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