第8話

「なぜこちら側に来たのですか?」


 影雪は口元に残った米粒を、尖った爪がついた指先で綺麗に食べ尽くしていた。


「別に来ようとして来たわけではない」


 影雪はあぐらをかいたまま、腰の帯に差している漆黒の太刀を指先で叩いた。

 鞘の末端に下緒さげおと呼ばれる、白い布のような紐が巻かれている。


氷天丸ひてんまるを振っていたら開いた。突然、空間に亀裂が走って」


 影雪の台詞に、業華が一瞬動きを止める。

 しかし何事もなかったかのように、また話を続けた。


「ということは、あなたに神託が降りたわけではないのですね?」

「なんだそれは?」

「次の行動を指示されるような、神のお告げのことですよ」

「知らん、何も聞こえん」


 業華は顎に手をやると「うーむ」と少し唸りながら頭を巡らせた。


「通紋の出現と神託はセットだと思うのですがね……それがないということは、神以外の何か強い力が働いたのか……理由はどうであれ、あまり勝手な行動をしては、あなたの世界の遣い人に叱られるのではありませんか?」


 影雪は涼しげな眉を顰めると、そっぽを向いた。どうやら気に障ることを言われたらしい。


「あちらの遣い人は、影雪じゃなくて他のあやかしってこと?」

「そうですね」


 業華はお猪口を口に運ぶと、一息に飲み干した。とはいえ中身は酒ではない。この辺りで取れるみそぎなどにも使われている清流水だ。


「しかし、いくら影雪が刀を振ったところで、道ができるなど通常ではあり得ません。となれば、どちらかの世界、もしくは両方で、空間が不安定になるような事態が起きている、か」


 夢穂は真剣な面持ちで業華を見ていた。

 その心配そうな顔を見た業華は、安心させるように微笑んだ。


「後で私が出入り口になっている鳥居の様子を見て来ましょう、あなたが心配するようなことは何もありませんから大丈夫ですよ」


 それを聞くと、夢穂は幾分か肩の力を抜いた。

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