第6話

「しかしこちら……人の食事など口にしたことがないでしょう? 腹を壊しても知りませんよ」


 割烹着を脱いで法衣だけになった業華は、すでに正座していた夢穂と対面する形で腰を下ろした。

 それから夢穂と業華は、命に感謝を示すように目を閉じて手を合わせた。


「……ねえお兄ちゃん、あやかしって普段何を食べてるの?」

「気になるなら本人に聞いてみればいいですよ、影雪は大丈夫です、悪いあやかしではありませんので」


 業華を通してあやかしの生態を聞こうとした夢穂だったが、軽く受け流され口をへの字に曲げた。

 ちらりと視線を横にずらすと、よだれを垂らさんばかりの勢いで食事を食い入るように見る影雪がいる。開いた口からは獣らしく尖った牙が覗いている。

 黙って真顔でいれば美形なのに。だからこそ残念だと夢穂は思った。


「……えぇと、えい、せつ……は、いつも何を食べてるの?」


 問いかけると影雪は急に冷静な表情になり、夢穂を見た。

 ぴこぴこ動く銀色の耳と尻尾はなんとも愛嬌があるが、やはりその顔は腹が立つほど綺麗に整っている。


「肉と魚と、野菜だ」

「あれ、そうなの? なら私たちと変わらないのね、お兄ちゃんは肉と魚は食べないけど」

「これはなんだ?」


 影雪が指差したのは、自分の前に用意された先ほどの煮込み料理だ。


「こんな匂いは初めてだ」

「そっか、調味料とかがないのかな? 野菜と肉しか入ってないからたぶん食べられそう」


 ね。と夢穂が言い終わる前に、お椀に思いきり顔面をつけた影雪が熱さに悶絶した。

 食べ方を知らないのに気持ちが先走って口をつけてしまったらしい。


「ちょっと、大丈夫!?」

「……あつい」

「当たり前でしょ、ほら水で冷やして、ちゃんと使える手があるんだからお椀を持って」


 「ふうふうしてから箸で食べるのよ」と教える夢穂だが、そもそも箸の使い方がわからないので困り果てた。

 

「じゃあとりあえずおにぎりだけ食べる?」


 あきれたように息をつきながら海苔がついた三角おにぎりを手にする。

 それを渡そうとした瞬間、影雪は夢穂の指ごとおにぎりにかぶりついた。

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