深夜の公園に現れるアイドルの幽霊の話

華川とうふ

深夜の散歩をしていたらアイドルの幽霊がいた話

 眠れなくなった。

 いつからかは分からないけれど、気が付くと夜眠ることができなくなっていたのだ。こういうとき、普通の社会人であれば明日の仕事のために、病院にいって睡眠薬でも処方してもらうのだろう。

 だけれど、ニートである自分は病院に行くのは億劫だ。

 いや、本当は病名がつくのが怖い。病名がつかないのも怖い。

 どちらにしても眠るという普通のことができなくなっていることについて、周りから「やっぱりね」とか「じゃあなんで」とか、とにかく何か思われるのが嫌だった。


 頼むから余計なことに口を出さないでほしい。

 心に荒波を立てずに、静かなところに行きたかった。


 夜眠れないんじゃない。

 夜、散歩をしたいから起きているんだ。

 無理やりそんな言い訳をつくった。


 本当は外に出るのも怖かったけれど、マスクをしてコートを着てしまえば誰だか分からない。

 そうやって、夜の散歩を始めた。

 夜の散歩は思っていたものとは違った。


 ただ、静かで人気がない街に幻想的な感動を抱くことを期待していたのだが、夜は曜日によって大きく違った。


 想像どおりの星が瞬く音が聞こえそうな静かな夜もあれば、酔っ払いにうんざりする夜、そして人じゃないだろうなという影とそっとお互いの領域を崩さないように会釈をしてすれ違う夜。


 同じ夜のはずなのに、その日によってずいぶん違うのは昔の仕事を思い出した。


 そして、そんな不思議な夜をいくつか重ねていくなかで一番奇妙だったのが、今夜である。


 とても静かな夜だと思っていた。

 誰ともすれ違うことがない。

 逆に人恋しくなったのでコンビニによろうと思った。コンビニでアイスかピザまんを買って公園で食べよう。そう思っていたのに、買うことができたのはミネラルウォーターと茎わかめの梅味だけだった。習慣というのは怖いものだ。


 だけれど、その夜の公園だけはうるさいくらいきらきらと光っていた。

 誰もいないはずの公園に一人の女の子がいた。

 ノースリーブの真っ白なワンピースをきていて、髪はポニーテール。水色のリボンがきゅっと縛られていた。

 幽霊?

 その白さと透明感から思いついた言葉だった。

 でも、とても楽しそうでキラキラとしていた。

 そして、彼女は踊っていた。

 ちょっと前に解散したアイドルグループのただ一つのオリジナル曲。

 地下アイドルに毛がはえた程度だけれど、一生懸命踊っていたあの曲。


 その真っ白な女の子はとても楽しそうに踊っていた。


 いつも同じステップのところで間違えてしまうけれど、何度も何度も練習する。

 決してあきらめない。

 何度繰り返したあとだろう?

 彼女はやっとすべてを完璧に踊りきった。


 思わずこちらまで嬉しくなって拍手する。


 その子は驚いたようにこちらを向く。


「ごめん、あんまり楽しそうだったものだから。とっても上手だね」

「ありがとう……この曲、ううん、この曲を歌って踊っているグループ大好きだったんだ。今はもうないけれど」


 そうやって、会話が始まった。

 ダンスの話、好きな曲の話などいろいろな話をした。

 初めて会ったというのが信じられないくらい話をしていて楽しかった。


 夜が明けるころ、白い女の子は聞いた。


「ねえ、貴方ってもしかして……?」


 そう聞く彼女の指先は震えていた。


「そう……気づいちゃったか。アイドルの幽霊ってやつ」


 私はちょっと困ったように笑って見せた。

 そう、グループのリーダーが死んで解散したアイドルグループ。

 その死んだリーダーというのが私だ。

 だから、人じゃない存在とであっても会釈をするくらいで済む。


 夜、眠れなくなったんじゃない。

 夜しか存在できなくなったのだ。


「ダンス見せてくれてありがとね。きっと、君もアイドルになれるよ」


 私は彼女にそう言い残して、夜明けとともに消えた。

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深夜の公園に現れるアイドルの幽霊の話 華川とうふ @hayakawa5

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