踏み絵

Jack Torrance

踏み絵

「あなた、私とあのクソババア、どっちの味方なのよ」


妻の史恵が夜叉のような鬼面で私に迫って来る。


「も、勿論、君だよ。僕は何時だって君を擁護してるじゃないか」


私の母と妻とは反りが合わない。


俗に言う嫁姑問題という奴だ。


私は妻に体裁を繕う為に口では妻の味方だと公言しているが本音を言うと勿論、母の味方に決まっている。


何故(なにゆえ)ならば母と私は血を分けた肉親であり、今、目の前にいるこの阿魔(あま)は他人なのだからだ。


そして、この阿魔は、飯は作らない、食器は洗わない、洗濯、掃除なんて家事は以ての外だ。


全部、私が熟している。


私が仕事から帰宅するとソファーで寝そべってポテチを齧りながらコーラで飲み下している、この阿魔。


夕食の支度をしている時もキッチンのテーブルでスーパードライを片手に認知症の老人のようにぼーっとテレビに見入っている、この阿魔。


さながら養豚場の豚が餌桶の前でじっと餌を与えてもらえるのを待っているようだ。


母が、この阿魔、いや、スベタと言っても過言ではない、この牝豚を非難するのは至極、真っ当な事なのだからである。


豚のようにブクブクと太っている、この牝豚。


スベタと私が内心で罵倒しているのも、それなりの証拠があるからである。


この前、スベタのスマフォを調査したところ、出会い系サイトで男を漁り、私の不在時に行きずりの男とこの家でファックしているという確証を得ているからである。


探偵に13万支払って調べさせた。


私が、このスベタと別れないのは此奴から慰謝料は大して取れないからだ。


だから、私は、このスベタに多額の保険金を掛けている。


勿論、受取人は、この私だ。


私は毎日、揚げ物や糖質過多な餌を、この雌豚に与えている。


私は勿論、夕食はサラダと味噌汁、納豆に野菜の煮物などだ。


ポテチとコーラのストックは、ここ数年切らした事はない。


心筋梗塞、、心不全、大動脈解離、脳梗塞、脳出血、何でもいいから早く死ね、このスベタめがッ!


大体、私は何故にこのスベタと結婚したのであろうか?


顔は、おかちめんこだが昔は気の良い女だった。


あれは、3個入りのプッチンプリンのラスト1個を、どちらが食べるかという些細な事が引き金となった。


ヒートアップしエスカレートしていく口論の様相は、やがて殴り合いへと発展した。


私は、その殴り合いに敗北し、その日以来スベタの下僕と成り下がった。


あの時、スベタの本性は表面化し、その日を境に豹変した。


あれから5年…


スベタが攻勢を強める。


「じゃあ、あなた、私に忠誠を誓えるって言うの」


私は保険金の事もあるので事を荒立てまいと言い逃れた。


「も、勿論さ」


すると、スベタがしたり顔で一枚の写真を私の足下に投げ放った。


その写真は、この前、母の還暦祝いで熱海に温泉旅行に行った時の物であった。


春の陽光が降り注ぐ桜の木の下で一張羅に身を包んだ母が満面の笑みを湛えて写っている物であった。


「踏みなさいよ、その写真。私に忠誠を誓えるんでしょ」


はっ?


な、何を言ってるんだ、このスベタは。


で、出来る筈がない。


31年間、私を愛し続けてくれ育ててくれた母の写真を踏むなんて。


沸騰する湯の気泡のように腹の底から怒りが込み上げて来る。


私は、次の瞬間、スベタを押し倒し首を全力の力を込めて無我夢中で締め上げていた…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

踏み絵 Jack Torrance @John-D

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ