春、深夜のコンビニにて

オビレ

第1話

 大学進学を機に、僕は一人暮らしを始めた。

 まだこの生活にも、土地にも慣れていないが、夜に眠れないことはなかった。

 ところが、今日は寝付きが悪く、深夜一時になっても眠りに着けなかった。


 僕は部屋の電気を点け、本棚を見ていると、一つの本に目がとまった。

 その本は、小学六年生の夏休みに友だちから借りた本だ。

 彼は夏休みの間に転校してしまった。

 僕は知らされておらず、二学期が始まった時にそのことを知った。


 彼のことを考えているうちに、なんだか歩きたくなった僕は、近所を散歩することにした。


 五分程歩くと、コンビニに着いた。

 こちらに来てからよく利用している店舗だ。

 中に入ると、僕はレジにいる店員の顔を二度見した。

 その人の顔が、例の夏休みに転校した彼にとても似ていたのだ。


 驚いたのは彼も同じだったようで、僕と目が合うなり、彼の目が大きく開いたように見えた。


「もしかして……啓助けいすけ?」


 僕がそう言うと、


直翔なおと?」


 そう言われ、僕は笑顔で頷いた。


 啓助も進学を機に一人暮らしを始めたらしく、まさかの二人とも同じ大学に入学していたことが判明した。


「夏休みに、せめて連絡先だけでも教えておいてほしかったな……」

「ごめんな……。俺も言いたかったけどさ、実は色々あったんだ……」


 そう言った彼の胸元にある名札を見ると、そこに書かれている文字は、僕の知る苗字ではなかった。


「そっか……。大変だったんだね……。何も知らなくてごめん」

「何言ってんだよ! 直翔はなんも悪くねぇよ」


「あ、そうだ! 覚えてる?」


 僕は、例の借りたままの本のタイトルを口に出した。


「覚えてる覚えてる! 懐かしいなぁ! まだ持ってくれてるのか?」

「もちろん!」


 僕は彼と、明日大学で本を返すという約束を交わし、コンビニを後にした。

 ヒューッと、少し強めの風が吹いた。

 春らしい風を感じながら、僕の心は、大学生活が鮮やかなものになることを確信していた。

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