夜と紅茶と私
小夜樹
第1話
午前二時、寝静まった家族を起こさないよう細心の注意を払いながら、私は自室から玄関までの遠い道のりをなんとか乗り越えることに成功した。私は同じように、出来る限り音を立てないように気をつけながら玄関のドアの鍵を回し、ドアを開け、外に出ると同時にまたドアを閉める作業を慎重に行った。鍵の設計上ドアの開閉には必ず音が伴ってしまうが、暗い室内を記憶と気配を頼りに移動することに比べれば単純な操作をゆっくりすればいいのに加え、玄関まで来れば両親の寝室からの距離が離れていることもあって大分気が楽だった。
なんの変哲もない住宅街だが、深夜に、それも一人でとなると、気分は昼間とは全く違ってくる。私の性格もあるのだろうが、昼間は気にも留めない物陰に誰かが潜んでいるのではないかという嫌な想像が脳裏をよぎる。街灯の光は思ったよりも頼りなくて、私は十歩も歩かない内に、さっきまでいた温かくて安全な布団に思いを馳せていた。大体、深夜に出歩くなんて危険なことをしようと思えたのもここが日本だからだろう。そこまで考えると、私はほんの数分前に中々寝付けない中、ふと散歩でもしてみようかと思い立ったことを本格的に後悔し始めた。夜の冷たい空気は私が知っているより遥かに重く、肺の中にずっしりと溜まっているように感じた。でもここまで来るのに苦労したわけで、ここで引き返すのも何だか物足りないと思った私は、せめて自販機で何か買ってから帰ろうと目標を立てた。
翌朝、けたたましく鳴り始めた目覚ましを脅威的な反射神経で止めた私は机の上に置いてある空の容器を見た。それは何だか実感が湧かないものの、昨夜家を出たことは現実だと言っていて、私はどういうわけかその日からぐっすり寝られるようになった。
そんなことが、あれから何年も経った今でも、こうしてペットボトルの温かい紅茶を飲んでいると思い出されてくる。
夜と紅茶と私 小夜樹 @sayo_itsuki
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