第1話 ヒロインさんの日常


 お母さんが死んでから。

 私はお母さんの友達だったという女魔術師に引き取られた。


 最初の頃はぎこちなかった私と『おかーさん』だったけど、七年ほど一緒に暮らしていればそれなりに仲良くなるというか、遠慮もなくなってくるというものだ。


「……おかーさん。朝だよ。起きて」


「ん~………」


 ベッドの中。全裸で眠りこけているのは私のおかーさん。エルフであり、森の大賢者と称えられ、勇者パーティーとして魔王討伐にも参加したことがあるという凄い魔導師なのだけど……昨日の酒が残っているのか起きる気配はない。


「…………」


 七年も一緒に暮らしていれば、遠慮もなくなるし、容赦もなくなる。


 私は風魔法を応用して空気中の魔力を圧縮し、圧縮し、圧縮し――最後の最後に強い衝撃を与えた。


 部屋の中に爆発音が響き渡る。前世的に言えば銃声というか、ダイナマイトの爆発って感じだ。


「みぎゃあ!?」


 爆発音に驚いて飛び起き、ベッドから落ちるおかーさん。このエルフひとはこのくらいじゃケガもしないので安心だ。


 しかし、黙ってさえいれば超美人な銀髪お姉さん系エルフだというのに、『みぎゃあ』って……。


「おかーさん。今日は王城に呼び出されているんでしょう? 早く起きてご飯食べて。着替えと荷物は準備してあるから」


「……うぅ……、ねむい。だるい。めんどうくさい……。王城が謎の攻撃魔法で半壊すればサボれるかしら……?」


「永遠にサボれるね。首と胴体がサヨナラして」


「その程度でギロチンなんて世も末ねぇ……」


 もそもそと起き出して、シーツを被ったまま居間に向かうおかーさん。これが『国一番の魔導師』なのだから世も末である。







 朝食を食べ。顔を洗い。礼服に身を包んだおかーさんが部屋から出てきた。


 キリッとしている。

 めっちゃキリッとしている。


 白と緑を基調としたエルフ特有の礼服は異国情緒エキゾチックな雰囲気を醸し出しているし、莫大な保有魔力の証とされる『銀髪』はおかーさんの神秘的な美しさをさらに際立たせている。


 その姿はまさしく大自然の守護者・エルフのイメージそのものである。


 普段からこうしていればいいのに……と思うのだけど、おかーさんによれば『普段がだらしないからこそキチンとしたときの破壊力が増加するのよ!』らしい。一体何を破壊するつもりなのか。一体誰を攻撃するつもりだというのか。


 玄関先でおかーさんが私を軽く抱きしめてくる。お出かけ前の挨拶みたいなものだ。


「じゃあ、行ってくるわね。定例の会議だけだからそんなに遅くならないと思うわ。というか遅くなるようなら帰ってくるから。日が暮れる前に帰ってくるから」


「……私は平気だから、必要ならお泊まりしてもいいんだからね?」


 おかーさんに引き取られたばかりの頃。お母さん・・・・のことを思い出して一人泣いていたところを見られていたらしく、なるべく日帰りしようとしてくれるのだ。


 でもおかーさんにも仕事はあるのだし、付き合いもあるだろうし、もしかしたら恋のアレコレもあるかもしれない。私ももう15歳。独立してもおかしくない歳なのだから、もうちょっと自分優先に生きてもらいたくも思う。


「……うぅ、嫌……。娘をダシにしないと付き合いで飲まされる……友達でもない人との酒ほど不味いものはないのよ……」


 先ほどまでの『キリッ』とした様子はどこへやら。娘を飲み会回避の口実にするつもり満々のおかーさんであった。


 いや、これは私に気を遣わせないためだ。

 私が罪悪感を感じないよう、演技しているのだ。

 全力全開でおかーさんを信じる私であった。


 信じて裏切られた回数? 何のことか分からないわね。


「アリスちゃんは、今日はどうするの?」


「心配しなくても、今日は一日引きこもってるよ」


 私も一応は冒険者として長いので一人で依頼をこなすことができる。

 でも、おかーさんが心配するので必ず日帰りだし、魔物などの討伐依頼は受けないし、おかーさんが出かけるときはお留守番をするというのが暗黙のルールだった。


 こういう日は一日『研究』に費やす。それが最近の私のパターンだ。


「アリスちゃん。研究中でもときどきは立ち上がって身体を動かすのよ? ご飯を忘れちゃダメよ? ちゃんと水分も取るように。呼び鈴が鳴っても変な人だったら応対しなくていいから。何かあったらすぐに魔法で知らせてね? 勝手に冒険者ギルドに行っちゃダメよ? それから――」


「はいはい、分かりました。そろそろ出ないと遅刻するよ?」


「う~、お外行きたくない……ダラダラして一日過ごしたい……」


「はいはい明日は一日寝てていいから。頑張ってきてね。お仕事頑張るおかーさんは格好いいなぁ素敵だなぁ」


「……よし! ちょっと気張っていきましょうかね!」


 シャキッとして玄関を出て行くおかーさんであった。娘ながらに心配になるチョロさである。


 おかーさんは転移魔法陣を起動させたところで振り返り、


「――いってきます」


 どこか気恥ずかしそうに笑いながら口にして。


「はい、いってらっしゃい」


 私も、ちょっと照れながらそう口にした。



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