ヒロインさんは読書がしたい

九條葉月

プロローグ 転生ヒロインになりました?


 ――五歳の時、前世の記憶を思い出した。


 転生先は、乙女ゲームのヒロインだった。

 それに気づくことができたのは『前世』で私が製作に関わったゲームだったから。


 高位貴族の隠し子であるヒロインが高い魔法適正を認められ、魔法学園に入学し、王太子や宰相の息子といった攻略対象と恋に落ちる物語。


 我ながらテンプレのかき集めだし、正直言って陳腐な内容だったと思う。


 でも、残業の繰り返しで作り上げたあの作品は間違いなく私の『子供』であり、たとえ売り上げが振るわなくとも忘れることなんてできなかった。


 そんなえんがあったからかどうかは分からないけれど。

 私は、そんなゲームのヒロインに転生したみたいだった。


 普通なら。

 イケメンたちと恋に落ちる未来を待ち遠しく思うものなのかもしれない。王子様と大恋愛をして、お姫様になることを夢見て、自分磨きに精を出すものなのかもしれない。


 普通なら。

 決められた『運命』を変えるため、幼い頃から行動するものなのかもしれない。攻略対象たちとのフラグを折ったり、トラウマを未然に防いだりして、『ゲーム』が始まらないようにするものなのかもしれない。


 でも、私は何もしなかった。

 そんな余裕はなかったのだ。


 前世と比べて明らかに低い生活水準。しかも、母子家庭。お母さんは二人分の生活費を稼ぐのに忙しかったから、自然と家事は私の担当になった。


 王子様との恋?

 夢見ている暇があったら生活魔法の一つでも覚えた方がいい。火の魔法が上達すれば火起こしをしなくていいし、水の魔法を極めれば井戸で重い桶を上げ下げする必要もなくなる。


 そうして私は生活魔法ばかりが上達していって……。攻撃魔法なんてほとんど使えなかったけど、家事だけというのは申し訳なかったので少しずつお母さんの手伝いで『冒険者』として活動するようになった。


 まぁ、お母さんが心配するので魔物退治なんてやらずに、素材採集が主な活動だったけれど。


 そうして前世の記憶を思い出してから三年が経ち。私も一人分の生活費くらいなら何とか稼げるくらいになった頃。



 ――お母さんは、死んでしまった。



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