変人陰陽師と揶揄された部下が弟子をとったらしい

アレが来てから、頭が痛い。

腕利うでききの陰陽師だというのに問題事が多くなった。

頭と眉間みけんを押さえることが増えて、周囲の人間からも心配そうに声をかけられる。

同じくらいアレへの不平不満や苦情も訴えられる。

アレはなんと称したらいいのか、風変わりで掴みどころのない若者といったところか。

宮中に足を運ばない。

仕事に対しても率先的そっせんてきに動かない。

貴族や御上おかみに対しても敬意のある態度をとらない。

怠惰たいだで、怠慢たいまんで、人を不愉快ふゆかいにさせるような発言もどこ吹く風で言ってのけたりする。

それでいて、仕事ができる腕利きの陰陽師。

アレは腕利きということが裏目に出ている人物でもある。

腕利きだからねたそねみ、やっかみも受ける。

性格はどうあれ、仕事の腕はあるので貴族たちの信任しんにんも厚い。

特に、御上に近しい貴族の方々などは性格も含めてアレを気に入っているふしがある。

その事実がなおさら、アレへの不平不満を助長させてしまっている。

アレの下では働けない。

アレの態度をどうにかしろ。

アレを辞めさせてしまえ。

言うのは簡単だが、現実はそうはいかない。

アレは腕利きであるし、御上に近しい方々の信任も厚い。

正直、アレがいなくなったら困る者は多い。

態度は悪いが、仕事はできる。

目の上のたんこぶのような存在だ。

アレがなにか粗相そそうをするたびに、私が呼び出されて最終的にアレの皺寄しわよせが全て責任者である私のもとへ来る。

頭が痛くなるのも無理はない。


いつか、アレに声をかけた時があった。

まだアレを彼と呼んでいた頃だ。

あまりにも評判が悪いものだから、きちんとするように苦言をあえてていした。

「そなた、如何程いかほどの事情を持っているかは知らぬがもう少し足繁あししげく宮に来たらどうだ?そなたもこのままでは、動きにくかろう?」

「いいえ?私はべつに」

あまりにもさらりと返ってきた答えは私の予想と違ったものだった。

驚いて言葉を失っている私を尻目に彼は言葉を続ける。

「他者が私をなんと言おうとも私はなんとも思いません。故に私が動きにくくなることもありませんしご心配には及びません」

そう言い放った彼の瞳は真っすぐで、そして何も映していないようだった。

宮中の装飾そうしょくも、季節のいろどりも、世界の色彩も。

建前も、肩書も、立場も、権威も、目の前に座る私のことすらも。

その事実にまた言葉を失った。

「話は以上でしょうか。ならば、私は帰ります」

私が是非を答える前に彼は立ち去ってしまった。

私以外誰もいない、なんとも言えない空気が漂った室内。

なんとも複雑で難解な立場になったものだ。

部屋に一人取り残された私は、眉間にしわを寄せ、頭を押さえた。

あの日から私は彼をアレと称するようになった。


それからも何度か、アレと関わるようになった。

なるべく関わりたくないと感じる者ほど関わることになってしまうのは世のつねか。

仕事であれば仕様がない。

私は御上のため、宮のため、仕事と割り切って彼と関わっていった。

幾度もアレと仕事で関わってきた私が導き出した答えはひとつ。

アレはもうどうしようもない。

私が手を出してどうにかなるものじゃない。

他者と同じように取り扱ってはいけない。

とりあえず、好きにやらせるしかない。

腕利きではあるのだから、態度などはひとまず大目に見ることにする。

陰陽頭としてアレのことを上手く取り扱っていくしかない。

私がため息を漏らした時、ある噂を耳にした。

アレが弟子を取ったという話だ。

そして足繁く、とまではいかないが宮の方にも出向いているらしい。

良い心がけだが、どういう風の吹き回しだろうか。

私はその噂の真相を、その話の詳細を確認するべく彼の自室に訪れた。

襖を開くとそこには見知らぬ人物が驚いたようにこちらをみつめていた。

私も驚いて一瞬言葉を失ってからアレがいないかと辺りを見回した。

聞けばこの人物がアレの弟子だという。

全くアレは何を考えているのか、と頭をまた悩ませる。

けれど、宮にはやはり来ているらしい。

私は驚かせてしまったことを謝罪した。

その後じっとみつめられて困った私が詫びでは足りないのかと思い声をかけたところで、目の前の人物が私の言葉をさえぎるように声を上げ謝罪をしてきた。

目の前の人物は何も悪いことをしていない。

謝ってもらうのは私の恥にもなる。

だが、謝罪を退しりぞけるというのも失礼になるだろう。

私は苦肉の策として妥協案だきょうあんを提示した。

それで良しとなったが、その後、目の前の人物が困ったような、緊張しているような面差しになったのが気にかかり声をかけた。

すると、間髪入れずになんとも気持ちの良い返事を返された。

突然のあまりにも良い返事に驚いた私だったが、何やら笑いが込み上げてきた。

笑っては失礼だとこらえようとすればするほど、笑いが込み上げて抑えられない。

漏れ出た笑い声を気づかれ、私は素直に謝罪した。

その時、私をみつめる目の前の人物の表情は柔らかく、それはまるで、あたたかいひだまりのような淡く優しい色を纏っているようだった。


「おや、浮気ですか?愛弟子」


アレの声がして振り向いた。

やっと現れたか。

私は厳しい瞳を向けた。


その後アレが来て、少し話してみて、ようやくアレの弟子の人となりがわかった。

とても良い人間なのだろう。

とても好感の持てる話し方や声音、表情を持つ。

それは少々、感じたことのない不思議な気を纏った素敵な人。

このように思ったことが知れればまた、アレになんと言われるかわかったものじゃない。

心のなかに留めておくことにしよう。

しかし、驚いた。

アレの態度が軟化している。

馬鹿者ではあるし、不愉快になるような発言を涼しい顔で言うが、今までとは違う。

きちんと感情のある声で感情のある言葉で会話している。

特に、弟子殿に対しては柔らかい表情と声音を向けている。

あんなにも真っすぐで、何も映していない瞳だったというのに。

こんなにも人は変われるものなのか。

まるで寒い冬の日に訪れた木漏れ日のように。

まるで待ちわびた春を喜ぶ雪の下の花のように。

弟子殿に微笑みかける。

アレはしっかりと映している瞳で微笑っていた。

宮中の装飾も、季節の彩りも、世界の色彩も。

建前や肩書、立場や権威はわからないが、きっと目の前に立つ私のことはしっかり映しているように思えた。

やっと、アレが生きていることを、アレの中で私が存在していることを実感できた気がする。

少しこれで私の悩みも解消されるかもしれない。


「そういえば、仕事は終わったのか?」

「え?途中ですけど。忘れ物して取りに来たって言ったじゃないですか」

さらっと涼しい顔で言われて嫌な予感が私の頭を過ぎる。

「……奥の方との話は終わったのか?」

「いえ、途中で抜け出してきました」

「……お待たせしているのか?」

「そういうことになりますね」

いけしゃあしゃあと言ってのける男を私はじろりと睨む。

前言撤回。

私の考えは甘かった。

コレはそう簡単には変わらない。

私は涼しい表情の男に雷を落とす。

「そういうことになりますね、じゃないっ!!お待たせしては失礼だろう!!早く戻れっ!!」

私の言葉に大仰に驚いてみせて自身の口元に扇をあてた。

「おやおや。行儀悪いですよ?大きな声を出しては、嗜みがないです」

「やかましいっ!!おまえに行儀や嗜みについてどうこう言われたくはないっ!!忘れ物取って早く行け!!」

「はいはい、では行きますよ。愛弟子」

何も取っていかないアレに弟子殿は不思議そうな表情でたずねる。

「え?忘れ物って何だったんですか?」

「あなたですよ?愛弟子。お留守番してもらおうと思ってたんですけど案外話は長そうでしたし」

「話が長いとか間違っても本人の前で言うなよ」

「他者の自室に勝手に入ってきて人の弟子を誑かそうとする悪い虫はいるし」

「それは私のことか?」

じろりと私が睨むと咎めるような目で言葉を返す。

「あなた以外誰がいるんですか」

「だから何度も違うと言っているだろうがっ!!」

「さぁ、お仕事にいきましょうね、愛弟子」

私の言葉を無視して、弟子殿を連れてアレは立ち去ってしまった。

私以外誰もいない、なんとも言えない空気が漂った室内。

まるであの日の再来のようだ。

部屋に一人取り残された私は、眉間にしわを寄せ、頭を押さえた。

次はアレをなんと称しようか。


取り残されてから思い出す。

そうだった、アレに尋ねなければならないことがあったのだ。

アレの部屋に来てからずっと感じていた疑問。

まぁ、今は仕事を優先させるべきか。

あとで問いただせばよいだろう。

ある程度はアレの好きにさせると決めたのだ。

決して、保身や面倒そうだからではない。


何故、姫君を弟子にとったかなど、今までのアレの所業に比べたら小さな問題なだけだ。







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