第7話 宮で微笑む強き人

諸用しょようは済みまして?」

コロコロと鈴の音が聞こえてきそうな美しい声に弾かれるようにそちらに顔を向ける。

その楽しげな声は少し降ろされた御簾みすの奥から聞こえたようだった。

御簾の隙間から見える着物の質も柄も華美かび過ぎず、とても落ち着いた美しさをもっていた。

鈴の音のような声音も愛らしさの中に凛とした強さが垣間かいま見える。

顔こそ見ていないけれど、彼女の取り巻く雰囲気でわかる。

上級の女性だ。

最上級かもしれない。

身分や立場もおそらくは内面も。

私なんかじゃ敵わない、いや、戦いにもならない。

思わず気が引けてしまう。

圧倒的な女性の中の女性。

たった一言だけ聞こえてきた声音だけで、その身、その身にまとう着物からかもし出される雰囲気だけで、私にそう感じさせてしまう、そんな女性。

そんな女性の前に師匠は、いつもと変わらぬ仕草で座った。

柔和な笑みを私に向けて浮かべ、少し後ろに座るように促す。

慌てて座った私は、御簾の方に目を向けて居住いずまいを正す。

私が座ったことをしっかりと見てから御簾の奥の女性と師匠が話し始めた。

少しの話し合いが行われたが、途中から加わった私にはちんぷんかんぷんだった。

師匠が説明をしないところから察するに私は座っていればよさそうだ。

予想通り、私なしでも話し合いはとどこおりなく進められたようだった。

それにしても、なんとも絵になる二人だ。

師匠は言わずもがなだが、女性は顔こそ見えないが声音、口調、話し方など所作しょさが本当に美しい。

二人がただ話をしているだけで、すごく絵になる。

お似合いの二人を前になんだか気後れしてしまう。

綺羅きらびやかであでやかな装飾と美しい着物姿の女性、その前に座る陰陽師の装束しょうぞくを着た端整な男性。

理由はわからないがモヤモヤとした気分になる。

それと同時になんだか和風の映画を見てるみたいで嬉しくもある。

自分でもあまし気味の複雑な心地で二人の姿をみつめていると女性が楽しげに師匠に声をかける。

「諸用とは後ろの殿方のことでしょうか?」

視線を感じて、ふと、御簾の方に目を向ける。

「なんとも愛らしい殿方ですね。あと少し若かったら私もお相手になれたかもしれませんのに」

若かったら、というが声音はかなり若そうだ。

楽しげに笑いながら話す女性に師匠は困ったような声で返す。

「御冗談でもおやめください。私の愛弟子を咎人とがびとにでもするおつもりですか?女御にょうご様」

「あらあら、それは残念です。あの晴明に怒られてしまいました」

女性は女房にょうぼうさんたちを混じえて可笑おかしそうに笑う。

「それにしても珍しい。晴明が誰かを一途に想うだなんて」

楽しそうに笑う女性を師匠は静かに諫めるように呼びかける。

「女御様」

私の視線は師匠と御簾を行ったり来たりしていた。

「女御様は腹の中の御子みこを第一にお考えください」

師匠がそう言うと、女性はわざと不機嫌そうな声をあげてみせた。

「考えてますとも。だから、晴明に無事に生まれるように祈祷きとうをお願いしているのでしょう?」

そう言ってから私に向けてふわりと笑いかけた、気がした。

御簾でよく見えないけれど。

「あぁ、愛弟子。こちらは女御様。帝の奥方おくがたです」

私に向けて御簾の奥でおそらくニコニコしているであろう女性の方に視線を止める。

帝の奥方で、妊娠なさっている。

高貴な身の上と、宮中で生きる女性の強さ、母になる胆力たんりょく

鈴の音のような声音も愛らしさの中に凛とした強さが垣間見えた理由がわかった気がした。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る