その怪異は科学です!

うめもも さくら

令和から召喚された私は稀代の陰陽師の弟子になった

「頼む、陰陽師おんみょうじ!このままじゃ、あの月が無くなってしまう!!」

情けない声をあげながら私にすがりついてくるのはこの国の貴族だ。

貴族の中でもかなり上位の立場のこの男は、宮中きゅうちゅうでは絶対に見せられない表情で頭を抱えている。

「先日の歌合わせで我が家のことをあの月に例えたんだ!そうしたら何故だかわからんがふくらんでいくはずの月が突然、しぼんでいってしまった!」

目の前の貴族はひどく動揺している。

怒鳴るようにうったえる貴族のつばがかかりそうで、私は持っていたおうぎを自身の顔の前に軽く広げた。

「前は大きくなっていったというのに、今じゃあんなにも細くなってしまった。これではこの家の栄華が終わってしまうようじゃないか!!今すぐあの月を膨らませてくれ!」

あんた、タイミング悪すぎだろ。

なんでこれから新月に向かうって時に例えちゃうかなぁ。

月には上弦と下弦っていうものがあってね、と説明しても聞いてはくれないだろうな。

貴族のやってくれ、頼む、は命令と同じ。

やらなきゃ、貴族の望みを叶えなければ罰されるのは私の方だ。

はぁ、この世界でもお役所仕事ってのは面倒なものだ。

ぼやいていても仕方ないと思えども、下弦の月を今すぐ満月になんて到底できない。

月が満ちては欠けて、欠けては満ちるなんて令和じゃ常識。

当然の自然の摂理せつりってやつだ。

しかし、この国の人たちにとっては全てが怪異かいい、神の怒り、物の怪や鬼の仕業になってしまう。

つまり、月が消えてしまう怪異を解決しろと言われてるわけだけれど。

その怪異、科学です!!

科学っていうか理科のレベル、小学生で習うやつ!

どうしたものか。

いくら科学の発達した令和でも、月を膨らませるなんて無理だし、そもそも令和の人たちはやろうとも思わない。

なら、私にできることは一つだ。

どうやってこの貴族を言いくるめようか。

「ほら!早くしてくれ!!我が家に何かあれば果てはこの国の損出になるのだぞ!」

「……御館様おやかたさま貴方様あなたさまの歌は正しくその通りなのでございます」

「……どういう意味だ?」

「あの月は細り、そして、明日には見えなくなります。けれど月は、また時間をかけてゆっくりと膨らんでいくのです。それは変わることのない流れなのでございます」

私の言葉に貴族は静かに耳を傾けている。

「たとえ、細くなり見えなくなろうとも、消えることなく、ついえることなく、そしてまた光り輝くその月は決して無くなることはない。そう、まさにこの家のように」

貴族は私の答えに目をキラキラさせていく。


「月は変化していく、不変なもの。まさに貴方様の詠んだ歌そのものなのですよ」


このように私は令和の知識を使って陰陽師として働いている。

結果この後、気を良くした貴族からたくさんのお持たせをもらって私は家路につくことになった。

それにしても今日の仕事はなかなかに頭を使った。

早く帰って師匠の作ったお菓子が食べたい。

赤く美しい一条戻橋いちじょうもどりばしを抜けて、今、私が暮らしている師匠の家にたどり着く。


「おかえりなさい、愛弟子まなでし

「ただいま、晴明ししょう


令和から異世界に召喚されたらしい私は稀代きだいの陰陽師、安倍晴明あべのせいめいの愛弟子になったのです。


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