ヒーローになれる夜
朝霞まひろ
第1話
ヒーローになりたかった。
誰にも負けない、強くてカッコいいヒーローになりたかった。
子どもなら誰もが一度は思うことだろう。
そして、みんなが順番に現実を見て諦める夢だ。
みんなと同じように、自分も現実を見せられた。
そう。順番だ。
ただ、自分の番が一番早かっただけだ。
そう、私が女だったから。
和泉青。25歳。独身。彼氏なし。
大学を出てから、すぐに上京して、会社勤めのOLだ。憧れの東京暮らしとは全く違う灰色の日々を送っている。いや、独身貴族ということなら、金色の日々ということにしておこう。私は、そんなメッキの日々に不満があるわけではない。別にブラック企業勤めというわけではない。でも、私は深夜に家を抜け出す日が増えていった。
深夜の徘徊には、特に決まった目的地が無い。公園の方まで行くこともあれば、隣町まで行くこともあった。1時間くらいの散歩は、私にはルーティーンになっていた。散歩にどんな魅力があるのか、私にも分からない。ただ、気が付いたら歩き始めている。深夜に女一人の緊張感や、町の不思議な静けさ、そしてイヤホンから流れるお気に入りの音楽、それらが艶やかな魅力を醸し出している。そのカフェインのような緩やかな中毒性に私は囚われてしまっている。
3月の終わり。
まだ、肌寒さが残る夜に、私は「桜が見たい」と思いついた。少し遠くの大きな公園へと歩いて行った。
終電はすでに終わっていたが、花見で飲みすぎたであろう先客がぽつぽつといた。あたり一面のアルコールの匂いの中から、桜の香りの強い方へと進んでいった。気が付くと、目の前には大きな桜の木があった。
「おやおや。お客さんかい?」
桜の花に気を取られて、気づかなかった木の根元から声がした。目をやると、そこには一人で酒盛りをしている老人がいた。夜は冷えるというのに、老人は浴衣のような薄手の着物を着ていた。真っ赤な顔に、ぎろりと大きな眼、長く伸びた鼻はおよそ人間とは思えない様相だ。
「……こんばんは。」
「ほほう。ワシが怖くないのかい?」
「いえ、怖いですよ。」
「そうか、そうか。逃げ出さないとは気丈な娘よ。」
カッカッカと下品な笑い声をあげながら、私の方をじーっと見て来る。
「私に何かするんですか?」
足が震える。古風な話し方もあり、人間ではないことは明らかだ。
「そうだなぁ。綺麗な桜を肴にするのも飽きてきたからなぁ。どれ、踊り子にでもなってもらおうかのう。」
老人は、桜の花びらをつまむとフーっと息を吹きかけた。すると、桜の花びらは見る見るうちに、黒くなっていった。黒い花びらは、他の花びらたちも染めていき1つの大きな塊になった。
「今宵は何にしようか。人の子が恐れるものにしよう。なら、熊がよいの。」
老人はブツブツと呟きながら、黒い塊を粘土のようにこねていく。そして、老人が、パーっと手を広げると、先ほどの黒い塊は大きな獣の姿になっていた。
「ほれ、できた。さぁ人の子、逃げ惑う姿を見せておくれ。」
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