第7話 ひと時の友
あんこう鍋は想像をはるかに上回る美味さだった。孝史と美乃里夫妻は二人のなれそめや、二年前の今日の出来事などを面白おかしく話してくれた。
「お二人は何がきっかけでそんなに仲良しになったの?」
美乃里がアンコウの身を頬張りながら訊いてくる。凪沙がぼそっと答えた。
「実を言うと最初は結構最悪でした」
「あら、どんな風に?」
「
「うん、そう…… 怖かった」
「それはひどい……」
美乃里は慄いた。凪沙は俯いた。
「面目ない」
「えっ、えっと、でもですね……」
「中二の劇で王子様とお姫様をしたんです」
「まあっ」
美乃里は驚いた顔をしながらも興味津々だ。
「本当にキスをしたんじゃないかって大騒ぎになって、先生からも事情聴取を受けたんです」
実はちょっとだけ唇が触れていた。
「まあ……」
美乃里は少女歌劇の女優でも見みる様な憧れの眼つきになる。
「で、でもいっとう最初の始まりは凪沙が私をかばってくれたことかな?」
「虐められてたの?」
「ちょっと名前をいじられることが多かった程度なんですけど。『あれな?』『ああやっぱあれな』みたいな感じで」
「ええ、それはいやねえ……」
「そうしたら、凪沙が『『アレナ』ってラテン語で砂って意味で、それを語源とするアレナリア・モンタナって花があってさ、白くて可愛らしい花が咲くの。花言葉は『可憐』『愛らしい』『気が利く』だって。ぴったりじゃん。すごいじゃんラテン語で花の名前だよ』。って言ってくれて。そうしたらもう名前いじりはピタッとなくなったんです」
「すごい、ちゃんと色々調べてかばってあげたのね。ステキ」
なぜかとても嬉しそうな笑顔を見せる美乃里に、凪沙は照れて頭をかくしかなかった。まさかこんなところで六年前の話をされるとは思わなかった。
「凪沙ちゃんにはないの? そんな話」
孝史があんこう鍋をせっせと取り分けている間、美乃里は夢中になって訊いてくる。心なしか上体も前のめりだ。
「学年でコーラスをした時、わたしと
仲がよくなった、のではなく二人の想いが深まったというのが正しかった。
「それだけ仲のいいお友達がいるなんてうらやましいなあ」
美乃里の羨望の眼差しに、つい得意気になって吐いた
「ですからよく私たち中学高校の頃は学校で『夫婦』って呼ばれてたんです」
「まあっ、本当に仲がよかったのねえ」
凪沙は座卓の下から指で愛玲奈のお尻を突く。凪沙の方を向いた愛玲奈を軽くにらむ。ちょうどその仕草に孝史は気付いたようだが特に何も言わなかった。
美乃里がトイレに立った時、孝史が少し寂しそうに言った。
「今日は本当にありがとうございました。こんなに楽しそうな美乃里は久しぶりに見ました。皆さんのおかげです」
「いや、わたしらはただお二人の車に乗せていただいただけで、本当に何も」
そう凪沙が答えると美乃里が戻ってきたので会話はそこで途切れた。美乃里は明るい声で孝史に訊く。
「あら何のお話してたの?」
「いや、ここのあんこう鍋はどう? ってね」
「すごくおいしいです。濃厚でコクがあって」
「アンコウの身ってとっても美味しいんですね。ふわふわで淡泊なのにしっかり味があって。あんな見た眼なのに」
四人は気さくに歓談をしながら最後の雑炊までしっかり食べ、あんこう鍋を満喫した。凪沙と
凪沙と
車が発車しようとする直前、助手席のウィンドウが開き美乃里が手と顔を出してきた。近寄る凪沙と
「あなた達にはあなた達なりの事情があるんでしょうけれど、きっと幸せになってね。約束よ」
眼を潤ませる美乃里につられて眼を潤ませないよう凪沙は努力しながら答えた。
「はい。お二人ともお幸せに」
末永く、とは言えなかった。それは余りに残酷な言葉のようだったから。
「お幸せに」
と
車が走り去り、夜のとばりに二人が包まれると、
「こんなことって…… こんなことって……っ」
泣きじゃくる
「知ってたの?」
「海岸で教えてもらったの…… でも今ここでは泣かないでって。だから……」
「そか……」
凪沙はしがみ付いてくる
涙ぐむ凪沙は泣きじゃくる
◆次回 第8話 死に勝るもの
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