第8話 死に勝るもの
フェリーは個室にするか雑魚寝にするか
何もない床の上に間仕切りのカーテンを引いて、人心地着いたところで早速
ふわりふわりとうねる波のせいで凪沙の足元もふわりふわりと頼りなく揺れる。それが面白くもあり気持ち悪くもあった。黒くて細くて長い煙草に火をつける。紫煙の向こうの更に向こうのガラス戸の更に向こうは小ぬか雨だった。風が強い。だけどなんでこんな中に薄着でデッキに出ている奴がいるんだ? 酔いでも覚ましているのか。黒いシャツを着たその若い男は手すりに手をかけ何かをじっと見つめている。それを見ているうち凪沙の中に黒い不安がもくもくと浮かび上がる。こいつもしかして。
男が海に向かって身を乗り出すと凪沙は確信した。こいつ死ぬ気だ。咥え煙草のまま喫煙室のドアを開けデッキのドアを開け男に向かって長い髪を振り乱しながら一直線に突き進み、男の腹に両腕を回すと思い切り引っ張る。二人は濡れたデッキにその身体をしたたかに打ちつけられた。
遠くから「
「目の前で死なれちゃ寝覚めがわりいんだよ」
「死ぬ……?」
男は呟いた。
「晃こいつは一体どういうことだ。あの、どうしたんですか? こいつが何かしましたか?」
太くていかにも筋肉質な声をした筋肉質な男が晃と呼ばれた若い男と凪沙に訊いてきた。凪沙は荒い息で答える。
「こ、いつ、が、海に飛び込もうとした……」
「そりゃ、この子の早とちりだ」
黒いシャツの荒い息で男も答える。
「ちっ、身を乗り出して……」
「何かいたからよく見ようと……」
「嘘だね、こんな暗がりで何が見えるってんだっ」
「でも見えたんだよっ」
細かい雨に濡れた二人は身体を起き上がらせて睨み合う。髪にも服にも小さな水滴が無数についている。
「判った。とにかくこいつの身を案じてくれてありがとう。それにはお礼を言う。服のクリーニング代も出そう」
「
その晃の言葉で凪沙は頭に血が上った。
「ああそうかい。確かにこれはわたしが勝手にしたことなんでお構いなく。あんたも今度は止めないから勝手に死んでくれ。な、ほら」
凪沙はさっきまで晃がいたフェンスを親指で指差し、濡れてフィルターだけになった咥え煙草をぷっと吐き捨てるとその場を立ち去ろうとする。
桐吾と呼ばれた男はそれでも凪沙の背中に声をかけた。
「あんた、どこに宿泊しているんだ? あとで礼にでも行かせてくれ」
「気遣い御無用ッ」
桐吾の気づかいの言葉に凪沙はそう力を入れて吐き捨てると展望デッキの扉を開いて出た。
シートに戻ると不貞腐れたのか
凪沙がふと目覚めると
「何やってんのここで」
男たちを無視してつっけんどんに
「あ、凪沙。これすっごく面白いの」
表情をぱっと明るくして凪沙に話しかける
「いやそうじゃなくて何やってんのあんた」
「何って、カードゲーム?」
確かに
「いや、済いません。彼女の方から興味津々に話しかけられたのでつい仲間に引き入れてしまいました。何だったらもうお開きにしましようか」
筋肉質で背の高い桐吾が低く、だが丁寧な口調で言った。もう一人の神経質そうで華奢な一見してコンピュータエンジニアに見える晃は凪沙に対してあからさまな警戒感を見せる。
「そんなのもったいないわ。ね、凪沙、一緒にやってみない? とっても面白いの。ね、お願い」
じぶんの手番に山からカードを引いてその手札の中から場にカードを出し最終的にカードの数値が一番小さかったものが勝者となる。中世風のおどろおどろしい絵が描かれたカードも雰囲気がたっぷりだ。
何度かプレイをするうちにコツを掴んだ。何度目かのプレイの終盤、凪沙はカードを引いてぎょっとする。そこにかかれていた数字は最強のゼロ。大きく禍々しいデザインで数字のゼロがが描かれた脇に二体の死神が大鎌を振り上げ
凪沙の手番が終わると
「ああもう惜しかったなあ」
悔しそうな
◆次回 第9話 決意
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます