第5話 無情
翌日。十一月の小春日和の中、
「えっ、そんな、私たちむしろお邪魔じゃないですかね」
凪沙は努めて明るく親しげに振る舞いながらも、二人の薬指にはまっているものを観るのは辛い。自分たちでは堂々とそんなことはできない。
「いいんだ、せっかくの記念日なんだしさ、賑やかな方がむしろ楽しいよ」
眼鏡をかけた誠実だけが取り柄そうな夫が楽し気にそう言うと、笑顔の明るい妻は幾度も強く頷いた。
凪沙と愛玲奈がこの車に乗り込んでからというもの四人はまるで旧知の仲であるかのように会話に花を咲かせた。引っ込み思案で臆病な
渋滞らしい渋滞にも巻き込まれず、四人を乗せた車は三時間強で大洗にたどり着いた。
「じゃあどこかそこら辺にでも下ろしていただければ結構ですので……」
と凪沙が切り出すと、夫婦はきょとんとした顔になる。
「下ろすって?」
「観光はしてかないの?」
今度は凪沙と愛玲奈がきょとんとする番だった。
「えっ観光って……」
「ご一緒に、ですか?」
妻がひと際明るく大きな声で言った。
「もちろん! だってもう私たちお友達でしょう?」
凪沙と
四人はまず水族館へ行った。イルカショーに歓声をあげたり、VRのサメに思わず逃げ惑ったり、様々なサメの標本をしげしげと眺めてまるで自分も研究家になった気分に浸ったり、水中を泳ぐ鳥に眼を剥いたり、水中でのんびり浮いているマンボウを眺めて自分までのんびりした気分になったり。中でも
水族館を出ると海水浴場に向かう。もっとも今は閉鎖されているので眺めるだけだ。
海岸に着くと妻の美乃里はすぐに駆け出して行って波と追いかけっこを始めた。それを追って
砂浜の上に座って
「これ、どうぞ」
孝史が差し出してきたのはブラックの缶コーヒーだった。なぜ孝史は自分のコーヒーの好みまで知っているんだろうか。
「おごりです。貸し借りなしで。おいやですか」
こういうことにすぐむきになる自分が少し恥ずかしくなった。凪沙は目礼だけして缶コーヒーを受け取ると封を開けた。孝史は凪沙のパーソナルスペースから遥かに離れた場所に座る。こういう時の男ってすぐ隣に座りたがるものだと思っていたので凪沙は少し驚いた。
しばらく沈黙が続く。さっきまでのはしゃぎようとは雲泥の差だ。向こうでは午後の陽光に照らされた美乃里と
「ステージ4なんだ」
「は?」
孝史の聞こえるか聞こえないかの呟きが凪沙には理解できなかった。言っている意味が全く判らない。ステージ4って何の? そして誰が? 誰か二人の家族か何かが?
「あいつ、肝臓がんの、ステージ4なんだ……」
「えっ、えっだって、だってあんなに、あんなに元気なのにっ?」
「あと五ヶ月だって」
「五ヶ月って……」
もう次の夏まで持たないのか。
小春日和の陽の光を浴びて元気そのものに駆けまわる美乃里、そして
「美乃里が…… 美乃里が一体何をしたっ!」
両手を握り締め俯き、絞り出すように
◆次回 第6話 笑顔の裏側
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