深夜の散歩で運命が変わった

うた

第1話 深夜の散歩で運命が変わった

 時刻は深夜0時を回った所。


 街灯の明かりがぼんやりと道を照らすだけの、静かな空間だ。


 コンビニは少し離れた場所にある。民家の窓から漏れる光はまばらで、歩行者には何の影響も与えていない。

「はぁ……、さむ」

 両手に息を吹きかける。昼間は暖かくなってきたが、春先でもまだ夜は冷える。どこにでもいるサラリーマンの俺が、どうしてこんな夜遅くに人気のない道をふらふら歩いているのかと言うと、ただ、歩きたかったからだ。


 そう。ただの散歩。


 ベッドに何度も潜り込んで寝ようとした。だが、何度も同じ事を思い出してしまい、眠れないのだ。だから気分転換に、少し家の周りを歩こうと外に出たのだ。



 ガコン。



 自動販売機でコーヒーを買う。カフェインなんて摂取したら、よけいに眠れないだろうがとツッコミを入れたくなるが、そこは見て見ぬフリ。俺はコーヒーが好きなのだ。うん。

「あったかいのが、染みるねぇ」

 ズズ……。ホットコーヒーをすすりながら、また歩く。空を見上げると、星が点々と光っていた。星座なんて、分からない。キレイなのに、やはり昼間の会社での事を思い出して、胸がギリギリと痛みだした。


「自分のミスを部下に押し付ける奴があるかよ」


 一人愚痴る。自分の計算ミスを俺のせいにしてくれたおかげで、下げなくても良い頭を下げる事になった。納得がいかなくて、噛み締めた奥歯がまだ痛い。しかもこの上司、ミスが今回だけではない。同じような犠牲者が何人もいる。仕事が出来ない人間が、何故、上のポジションにいるのか。ミステリーだ。


「あんな会社、さっさと辞めた方が楽かもな」


 口に出してみた。


「そうそう。辞めなよ。そんな会社」


「!?」

 俺の呟きに声でリツイート。突然の事に驚いて辺りを見回した。すると、すぐ側の街灯の下に犬が一匹、お座りの状態でこちらを見ていた。大きすぎず、小さくもない。耳が垂れている中型の茶色い犬だった。犬種はよく知らない。

(こいつが喋った?)

「ははっ、まさかな」

「俺をこいつ呼ばわりとは、失礼な奴だな」

「ひいっ! ホントに喋ったぁ!!」

 不思議と恐怖は感じないが、びっくりしすぎて動けない。

「お、俺を喰ってもうまくねぇぞ!」

「食うには困ってねぇよ。お前がしけたつらしてるから、気持ちを後押ししてやってんだろうが」

「後押しって……。何で俺の思ってる事、分かってんだよ」

 この犬は、俺の心を読んでいる。そう確信した瞬間、ゾッとした。背中が冷たくなって、体中の毛が逆立った。

「この世には、不思議な事なんて、あちこちに転がってんだ。気にすんな。言いたい事言ったら消えてやるよ」

「はぁ……」



城之内良樹じょうのうちよしき、自分の価値を下げるような場所には、いるだけ無駄だ。さっさと見切りを付けろ。そんで、さっさと自分をちゃんと認めてくれる所へ行け」



「! ……なんだよ。全部知ってるみたいに」

「知ってるよ。全部見てるからな」

 その犬は、にっと笑うと、あっという間に消えてしまった。

「うおっ、消えた!!」

 しばらく立ち尽くしていたが、しんと静まり返り、何も起こらないのでとりあえず帰る事に。自分の部屋を目指して歩いている間、あの犬が言った言葉が、頭から離れない。そして、気持ちが不思議と楽になっていた。ずっと体の奥がずっしりと重かった、あの感覚がなくなっているのだ。



「自分を認めてくれる所へ――か」


 口の端が緩む。もう心は決まった。




 あの後、さっさと会社を辞めた俺は、タイミング良く募集をしていた会社に入る事が出来た。そこは人間関係も良くて、仕事もちゃんと評価してくれる。本当に辞めて正解だったと実感した。


 そしてあの犬が、昔飼っていた犬だったと気付いた時は柄にもなく涙が溢れた。天寿を全うしても、ずっと俺の側にいてくれたのだ。俺の運命を、良い方向へと変えてくれた。感謝だ。



「もうしけた面、しねぇからな」


 写真の前で、にっと笑う。すると、笑い返してくれたように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜の散歩で運命が変わった うた @aozora-sakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説