星が降る夜に

マフユフミ

星が降る夜に



星が降ってくるのを見たことがある。




そう、あれは僕がまだまだ小さかった頃。

家族でおじいちゃんの家がある田舎へと向かったときだった。

父さんの仕事が終わるのを待ち、車に乗り込んで出発する。

まだ幼かった僕は、夜の高速を使っての移動が珍しかったのだろう。わくわくしながら窓の外を飽きることなく眺めていたのを、今でもはっきりと覚えている。


それでも眠気に勝てなかったのだろう、いつの間にか寝入っていた僕は、気がつけば父さんに抱かれ、夜の道を歩いていた。

一度は目覚めてみたものの、抱きついている父さんの体温があたたかくて、伝わる揺れが心地よくて、また微睡み始めた頃。



目の前に星が降ってきた。



目か眩むほど眩しく輝くたくさんの星が、はらはらと落ちてくる。それはそれは美しく、儚く、手を伸ばしたら溶けるように消えてしまう。

流れ星とか彗星とか、そういうものとは違う。言うならば雪のように舞い落ちてくる星のその様子は、何年経っても忘れられないほど鮮烈な印象を僕に焼き付けた。


次に目覚めたときはもうおじいちゃんの家に着いていて、ふかふかの布団に寝かされていた。あの夜のことはなんとなく父には聞けないまま、それでも忘れることなどできず今に至るのだ。


夢でも構わない、そう思う。

今となれば現実に起こったことであると説明する方が難しいだろう、と冷静に思う。

あの美しい景色が現実であってもそうでなくても、この際それはどうでもよくて。

とにかく、もう一度見てみたい。

降り注ぐ光の欠片にそっと触れてみたい。

それだけが、今の僕の願いなのだ。





そしてそれは、突然訪れた。



その日僕は、一人暮らしの部屋に彼女を招いていた。一緒に質素なごはんを食べ、スーパーで買ったような安物のケーキを一口ずつ交換し、ゆっくりお風呂に入って抱き合って眠る。


静かな夜だ。

秒針が時を刻む音と、冷蔵庫の唸り声しか聞こえないそんな空間。

隣の彼女はすっかり眠ってしまっている。

僕だって一緒にぐっすり眠っていたはずなのに、真夜中に突然目が覚めた。

そして、確信したのだ。 


今日、きっと、星が降る。


それは何でもないただの勘のようなもの。

なのになぜか、確実だと思った。

眠る彼女を起こさないよう細心の注意を払いながら、それでもできるだけ急いで手近にあったパーカーを羽織り家を出る。


なんの根拠もないのに、何かに導かれるようただ歩く。こんな真夜中に歩いている人などなく、遠くで車の音が響いているだけだ。

それでも寂しさは感じなかった。

きっと、もうすぐ会えるから。


だんだん辺りが暗くなってくる。

ぽつぽつと立っていた建物も遠ざかり、灯りも消え、周囲は静けさに包まれる。

そして。



静かに静かに、星が降ってきた。



キラキラと優しく輝く光の欠片は、あのときと変わらず儚くも美しい。

両手を差し出して掬おうとするけれど、やっぱり何一つ掴めなくて、ほんの少し哀しい気持ちにもなる。

それでも、心の中にまで光が溶け込んでくるように、降ってくる星たちはあたたかく僕を包んでくれる。


時間も忘れて星の中に立っていると、突然右手を掴まれた。

振り返ると、家で眠っていたはずの彼女がそっと僕の手を握っていた。

「キレイだね」

「そうだね」

そんな当たり前の、どうでもいいような会話をして、二人で黙り混む。

それでも彼女の目はとても嬉しそうに星を見ているし、それが思った以上に嬉しくて、僕はなんだか泣きそうになる。



あとからあとから星は降ってくる。

キラキラキラキラ、優しい輝きを放って。

誰もいない街の片隅で二人手を繋ぎながら、黙ってそれを見ていた。


飽きることなく、それを見ていた。

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