真夜中のお嬢様はわがままで。

神凪

天使なお嬢様と真夜中の散歩

「ええ。わたしがしておきますから」


 また、そんな声が聞こえてきた。

 そう言ってクラスメイトからノートを回収し始めたのは、クラスメイトの雪見詩奈ゆきみしいな。天使のような笑顔を貼り付けたまま、クラスのみんなからノートを回収していく。もちろん、俺のその対象の一人だ。


「矢沢さん、ノートを回収しても?」

「ん、さんきゅ。つか、俺が運んどこうか?」

「いえいえ、お気になさらず」


 立ち振る舞いは完璧、まさにお嬢様。そのうえこうして周囲に気を回せる雪見は、俺は少しだけ苦手だった。

 この学校はそこそこの進学校で、俺にはちょうど良いレベルだった。実家からも少し離れているので一人で暮らすことにはなったが、とりあえずは生きていけている。

 学校が終わって家に帰り、家事をして授業の復習をして。特別なことをする時間はないけど、毎日そうして決まったことをするのは嫌いじゃない。

 そうして放課後のルーティンを終えてベッドに入る。いつもはすぐに眠れるのに、今日はなぜか眠れなかった。


「……はぁ」


 せっかくだし、少しこの辺りを見て回ってみようか。こんな時間に開いている店もないだろうしなにもないだろうけど、散歩すれば気分が変わって眠れるかもしれない。

 そんなことを思って外に出た。いつものイヤホンをつけて、静かな曲と一緒に外を歩く。


「えーっと……」


 そういえば、学校から帰るときにこっちの方になんかでかい家があった気がする。人の家なんて見ても面白くない気もするが、少し気になったので見に行ってみることにした。

 自宅から少し歩いたところにある豪邸。無駄に煌びやかなわけではなく、ただただ大きくて立派な建物だと思った。そういえば、雪見詩奈も豪邸に住んでいるとか言ってたっけ。彼女もこんなところに住んでいるのだろうか。

 大きな家の一室。三階の部屋の明かりがついている。こんな時間まで起きているのは、この家の使用人とかだろうか。この規模ならいてもおかしくない。


「……ん?」


 窓が開いているのが見えた。カーテンが外に揺らめいている。そのカーテンの隙間から覗かせた顔に、見覚えがあった。


「雪見……?」


 ほんの小さな声で、自分に確かめるように呟いた。その声に呼応するようにして、窓から外を眺めていた少女がこちらを向いた。


「……あー!」

「あ、やべ」


 人様の家をジロジロ見ていたなんて不審者以外の何物でもない。まずい。


「あー、うーん……」


 なにやら唸って、そして少女――雪見詩奈はこちらに向かって手を振った。警戒はされていないらしい。


「こっちにー来てーくださーい」


 微かな声だったが、口の動きでそう言っているのがわかった。これは、近づいたら捕まえられるとかそういうのじゃないだろうか。

 かといってここで逃げ出したらそれこそ不審者なので、雪見の指示に従うことにした。


「壁からここに来たりできませんか? ほら、その辺りの壁すごくごつごつしていますし!」

「無茶言うな!?」

「えー……」


 一体何が目的だろう。でも、確かにこの壁はギリいけそうな気がしないでもない。雪見がなにをしようとしているのかはわからないけど、やるだけやってみよう。

 壁に足をかけて、そのまま上に。意外といける。下は見ないようにして、雪見が手を伸ばしてる部屋に向かう。

 雪見のいる部屋の窓にたどり着くと、雪見は非力な腕で俺を引っ張りあげた。


「こんばんは、矢沢さん!」

「……うん、こんばんは。で、なに」

「えっと……なんでしたっけ」

「知らないよ」


 こんな時間に真面目な雪見が起きていることが意外だった。


「ああ、そうでした。矢沢さん、夜に散歩なんて悪いことをしてしまう人だったのですね?」

「悪いって……別にそんなことないだろ」

「だめですよーだめですよー? で、矢沢さんは何をしてたんですか?」

「散歩だよ今言ってたろ」


 もしかして、ただ世間話をするために呼ばれたのだろうか。こんな時間に、三階に。


「……暇なの?」

「えっ」

「退屈なのか?」

「た、退屈……退屈、ですね。はい」


 退屈でもなければ窓から外を見たりしてないだろう。しかも、雪見が見ていたのは住宅街の方。何かあるはずがない。


「正直、誰でもよかったんです。矢沢さんみたいにわたしのこと詮索してこない人ならベスト、だと思っていました。まさかこんな時間に誰か来るとは思ってませんでしたが」

「まあ普通来ないだろ。寝れないなら、なにかすればいいのに。勉強とか」

「なぜ授業で事足りるつまらないことを家でまでするのですか……?」

「おっ」


 そういうタイプか。家でもきっちり復習してるタイプだと勝手に思い込んでいた。俺も家で勉強とかしたくない。最低限良いと思える成績のために軽く復習はするけど。


「んじゃ、ゲームとか」

「げーむないです」

「小説とか、漫画とか」

「小説……漫画はないです」

「おぅ……おーけー、了解。そりゃ退屈だわ」


 なるほどお嬢様だ。そして、こんな環境なら当然暇だ。この部屋を見渡しても、ベッドが柔らかそうとか内装がおしゃれとか、そんな感想しか出てこない。

 少しだけ、寂しいなと思った。


「明日。学校で漫画とか渡すよ。それでどう?」

「なんと。でも、学校だと帰ってきたときに没収されてしまいます。というわけで……」

「……また三階に、来いと?」

「よろしくお願いします」


 意外と図々しいお嬢様だな、と思いながらも頷いてしまった。

 そしていつか俺にとって詩奈が大切な存在になって、詩奈にとって誰でもよかった暇つぶしの相手が好きな相手になるのだが、それはまた別の話だ。

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真夜中のお嬢様はわがままで。 神凪 @Hohoemi

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