真夜中の再会 【KAC20234】

はるにひかる

深夜の邂逅

「フフフフフ」


 スポットライトの様な街灯に照らされて、夕方の顔合わせで受け取ったフライヤーを眺めていると、自然に笑いが浮かんでくる。


 来月の舞台のフライヤー。

 何人もの出演者の名前が並ぶ中に、『深夜ふかや花凛かりん』の文字が輝いている。

 高校で始めたお芝居を大学でもサークルに入って続け、卒業後も就職はせずにアルバイトをしながら細々と続けて、漸く勝ち取った、大きめの舞台。

 ──端役だけどね。

 主演はテレビにも出ていて有名な俳優さん。本番は、業界関係者の方々も見に来るらしい。


 私、深夜花梨の物語に輝かしい1ページが!


 ……そう思うと何だか無性に体が動かしたくなって、顔合わせのあと、独り暮らしのアパートまで歩いて帰っている次第であります。


 街灯のピンスポの下でフライヤーを眺めてほくそ笑むのも、実に数十回目。

 顔合わせの会場からアパートまでは意外に遠く、既に深夜しんやを回って日付が替わってしまっている。


「ちょっと、喉乾いたな」


 役者にとって、喉は命。

 コンビニで飲み物と、替えのマスクを買うことにしよう──。


 そう決めてから最初に発見したコンビニに向かった私の目に飛び込んできたのは──。


紅茶ぐちゃ?!」

 

 ──久地屋ぐちや紅茶ぐちゃ

 小学校からの仲良しグループの1人。

 たまにアプリで近況報告なんかもしたりしているけど、実際に会うのは思えば大学の卒業式以来だ。

 紅茶はこんな時間なのに、ビシッとスーツを着ている。


「……あれ? 花凜?! 久し振り!!」


 疲れ切っている様に見えた紅茶の瞳に、一瞬にして生気が宿った。


「久し振り!! ……こんな時間に仕事の帰り? 大変だね」

「まあね。そう言う花凛は? アパートはこの辺じゃなかったよね?」

「うん。歩いて帰っている途中なの」


 私達は大学卒業を期にそれぞれ独り暮らしを始めることにし、実際には卒業2ヶ月くらい前から部屋を借りて実家を出た。

 当時話していた様には皆で近所に部屋を借りることは出来なかったけど。

 当時はそれも楽しみとしてしまい、よくお互いの部屋に泊まりに行って街の景色の違いを味わったものだ。

 因みに、一番綺麗に片付けられていたのは、目の前の紅茶の部屋だった。そう言えば、この辺だったっけ。


「あ、花凛。手に持っているのは、次の舞台の?」

「……あ、うん、そうだよ。予定が合ったら、観に来て欲しいな」

「花梨の舞台、私も久し振りに観に行きたいけど……」


 途端に表情を曇らせる紅茶。


「仕事、大変なんだっけ」

「うちの会社、真っ黒だからね。そうかと言って、仕事をやめちゃうと生活していけないし……」


 大学の時は、紅茶も皆と一緒に欠かさずに観に来てくれていたのに……。

 残念だとは思うけど、無理も言えない、か。


「ねえ!」


 一転、明るい声を上げる紅茶。


「なに?」

「公演の日もどうにかして行きたいけど、それとは別に、日程を合わせてまた皆で集まらない?!」


 それはなんとも渡りに船な提案だ。

 私も皆に会いたいとは思いながらも、自分だけが正社員ではなくアルバイトのみであることに引け目を感じて、誘うことが出来ずにいたから。


「それ良い! 私は舞台関連の日とバイトのシフトが入ってるとき以外なら、大丈夫だよ! なんなら、シフトもどうとでもなるし!」


 話を聞くに、グループで1番大変なのは間違いなく紅茶だし。


「コラコラ、バイト先に迷惑をかけちゃダメよ。でも、有り難う。後でアプリでグループメッセージを送るね。それで決めよう」

「うん!」


 私の返事に、紅茶は満足そうな笑みを浮かべた。


「花凛は今、何のバイトをしているの? レンタル彼女ってやつ?」

「……何でレンカノなの。大学の時から変わらず、喫茶店だよ」


 個人経営の小さなお店だけど、店長が好い人で、舞台があるときなんかに融通を効かせてもらっている。

 ……で、何でレンカノ?


「あれ? ヒロインが役者の勉強のためにレンカノをしている話があるって、前にが言ってなかった?」


 というのは、大高おおたかとわ。

 実家が本屋の女の子。

 可愛くて天真爛漫で憎めなくて。

 私達のグループの中心にいる子だ。

 とわとも、……もう全然会ってないんだな。


「言ってたね。それで私もちょっと考えたことはあったけど、喫茶店で充分勉強になるからさ。動作や話し方の癖だったり、人間観察には絶好の場なんだよ」


 レンタル彼女は演じているかも知れないけど、接客業はどれだって多かれ少なかれ演じている部分はあるのだし。


「ふーん、そうなんだ。花凛が言うなら、きっとそうなんだね。あっ、フライヤー頂戴ね!」


 私がバッグから真新しいフライヤーを1枚渡すと、紅茶は「ありがとう! もっと話していたいけど、明日も早いし今日はもう帰るよ。またね!」と、ヒラヒラと振りながら行ってしまった。

 毎日お仕事、早くから遅くまでお疲れさま。


 暫くして鳴った私のスマホに表示される、グループルームの紅茶からのメッセージ。

 そして集まる、旧友たちからの色好い返信……。


 ──深夜花凛、24才。

 今年も楽しくなりそうです!

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真夜中の再会 【KAC20234】 はるにひかる @Hika_Ru

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