灰降る世界が終わるまで

寺野深二

プロローグ





「なあ。こんな噂、知ってるか?」



 哨戒任務中の地上を行く戦艦、地航艦〔アルケミスト〕では現在灯火規制がしかれており、艦内は誘導灯の淡い緑色だけが頼りの状態だ。

 緊急会敵に備え、すし詰め状態の出撃待機室で、暇を持て余した一人の男が、向かいに座る男へ話題を振る。


「へえ、どんな噂だ?」

「伝え聞いた話なんだがな。実は《楽園》の外には、亡霊が出るらしいぜ」

「はぁ? なんだそりゃ」


 聞いていた男が怪訝そうな顔をしながらも、しかし退屈なのは彼も同じだったようで、与太話に付き合う姿勢を見せる。


「で、その亡霊とやらは一体どんなやつなんだよ」

「なんでもそいつは全身真っ黒で、ガイコツみたいにヒョロっとしてて、そいででっけえナイフを持ってるらしい」

「でっけえナイフ? そりゃまた物騒だな」

「銃よりかマシだろ。それで、そのナイフで通りかかったやつらをみんなグサッとやっちまうんだそうだ」

「船に乗っててもか?」

「乗っててもだ。なんなら船ごと真っ二つにしちまうらしいぜ」

「そりゃ恐ろしい」


 そう言いながら男は呵々と笑う。

 所詮は噂話。下らない作り話だと思ったのだろう。


「ところがどっこい。それがよ、あながち根も葉もない話ってわけでもないんだ」

「というと?」


 相手が食いついてきたところで、臨場感を呷るように、男は少し声を潜めて続ける。


「哨戒任務中の部隊が突然行方をくらましたなんて話、あんたも聞いたことないか?」

「まあ軍にいるんだから何回かはな。それが亡霊とやらの仕業だってのか?」

「そうだ。そしてしばらくしてから、ボロボロに大破した状態で艦が座礁してるのが見つかるんだ」

「……まじかよ」

「そんときに回収された戦闘記録の映像に、その亡霊の姿が映ってたらしいんだ。画像も見せてもらったんだが…………不気味なんてもんじゃなかったぜ、あれは」

「その画像は持ってないのか?」

「残念。見せてもらえるだけだったよ。それにその画像も、ブレブレで輪郭くらいしかわからなかったしな」


 亡霊の姿を見れなかった男ががっかりした顔をしたところで、艦がガタガタと不規則な振動を立て始めた。


「お、暗礁地帯に入ったか。となるともうすぐだな」

「なにがだ」

「亡霊が現れた場所」


 ゴフっと、それを聞いた男がボトルから飲み物を吹き出しかけた。


「お、おい! 俺たちの向かってる場所ってそこかよ!」

「ああ。俺もそれをさっき思い出してな」


 そう言って、後ろ頭をかきながら男は笑った。


「おいおい、大丈夫かよ。なんか俺は不安になってきたぜ……」

「お? まさか本気にしてたのか?」

「うるせえ。俺はそういうの信じちまう方なんだよ!」


 からかわれているとわかった男が、顔を真っ赤にしながら目をそらした。

 もう片方の男はニヤニヤしながらその様子を眺める。


「まあまあ。ここで艦が行方不明になったのは二年以上も前のことだし、そもそもこの辺りは事故が起きやすい暗礁地帯だ。気にすることはねえよ」

「くっそ、からかいやがって……――――」


 二人が談笑している間にも、艦は順調に規定の航路を進んでいく。

 そしてその数十分後、





 地航艦〔アルケミスト〕は、現れた亡霊によってその消息を絶った。





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